●35
「惚れた相手と結婚したいと願うのは、おかしなことではないだろう?」
ルーカス様が私に向かってニコニコと微笑んだ。
「確かに結婚は惚れた相手と出来たら最高だとは思いますが……本当にジゼルに惚れたのですか? あのジゼルに?」
あのジゼル、つまりこの私に?
「そう。君とそっくりなあのジゼル嬢。そのせいで、私のことを憎んでいるアレクシス・ラミレスに嫌がらせでジゼル嬢を横取りされてしまったことは、悔やんでも悔やみきれないよ。私のせいでジゼル嬢を不幸にしてしまったのだから」
……そうだった。アレクシス様が私と結婚をしたことが、ルーカス様がジゼルに想いを寄せていた証拠だ。
そしてルーカス様への嫉妬で歪んでしまったアレクシス様が、ルーカス様への嫌がらせとして私と結婚をする程度には、ルーカス様の想いは表に出ていたのだろう。
当の私はまったく気付いていなかったけれど。
「……あれ。どうしてジェフにこんな話をしてしまったのだろうね。君がジゼル嬢と似ているからだろうか」
ふと我に返ったルーカス様が、使用人相手に恋バナをしていたことに気付いて首を傾げた。
「僕はそんなにジゼルと似ていますか?」
「とてもよく似ているよ。ふとした瞬間に、ジゼル嬢が屋敷に来たのではないかと思うくらい」
毎日鏡を見てチェックしているけれど、ジェフの骨格は明らかに男のものだ。顔立ちだってジゼルよりも骨ばっていて男らしい。だけど他人の目から見たら、ジゼルとジェフはそっくりに見えるのだろうか。
前にリッキー先輩がジゼルはジェフの顔がむくんでいるようだと言っていたから、その程度の違いなのかもしれない。
というか、今さらだけれど失礼な発言だな!? 誰がむくんだ顔だ!
私の表情をどう解釈したのか、ルーカス様が顔の前で手を横に振った。
「安心していいよ。いくら似ているからと言って、私は君に手を出すつもりはないから」
「あっ、いえ、そんな心配は……」
「似ていても別人では意味がないんだ。あくまでも私が愛しているのはジゼル嬢だからね」
ルーカス様、剛速球すぎます!
ルーカス様はジゼルに話しているつもりはないのだろうけれど、今の台詞は私の心臓ど真ん中にドスンと飛んできた。
嬉しさととてつもない照れでルーカス様の顔が見られなくなって俯いた。
胸が痛い。バクバクと暴れ回る心臓が、今にも喉から飛び出してしまいそうだ。
「…………ジゼル、嬢?」
ルーカス様が呟くように私の名前を口にした。
ビックリして自身の手のひらを見ると、ジェフのものよりも小さく細い手がそこにはあった。
「そんな、魔法が……」
ジゼルの名前を呼ばれた今、もう事実を隠すことは出来ないだろう。隠しようのない事実、ジェフがジゼルに変わるところをばっちり見られてしまったのだから。
「あ、あの、これは……」
恐る恐る顔を上げると、私のことを凝視しているルーカス様と目が合った。
「私は今、あり得ない光景を見ているはずだけれど……とてもしっくりきた気がする。そうか、君はジゼル嬢だったんだね」
性別が変わるなんて通常なら信じられないような話だけれど、自身の目で見た場合はすんなりと飲み込むことが出来るのだろう。ルーカス様は私のことをジゼルだと信じて疑っていないようだ。
「……黙っていてごめんなさい。ジェフは、私は、本当はジゼルだったのです。魔法の薬で性別を変えていました。変なうわさを立てられずにこのお屋敷で使用人として働けるように……」
もう誤魔化しようがないと悟った私は、ルーカス様に真実を伝えた。
先程はジゼルのことを愛していると言っていたルーカス様だけれど、そのジゼルが自身の屋敷に別人として潜り込んでいたと知ったら、さすがに嫌いになるのではないだろうか。
どこかの貴族のスパイなのではないかと疑われて摘まみ出されるのではないだろうか。
そんな私の不安を吹き飛ばしたのは、ルーカス様の笑い声だった。
「ふふっ」
「ど、どうしたのですか!?」
まさか目の前であり得ないことが起こったために気が触れてしまったのでは!?
焦る私の目に映ったのは、心底嬉しそうな様子のルーカス様だった。
「いや、ジゼル嬢が自ら私の元へ飛び込んで来ていたのかと思うと、嬉しくて、楽しくて」
「楽しいって……」
「だってこの状況って、飛んで火にいる夏の虫?」
「ルーカス様は危険でも災厄でもありませんよ!?」
「気になるのはそこなんだ。ふふっ」
私のツッコミがお気に召したのか、ルーカス様が口に手を当てながら、しかし先程よりも大きな声で笑った。
「どうして笑うのですか!?」
「だって、ジゼル嬢が可愛いから」
「かわっ!?」
今の「可愛い」は、ジェフの姿で言われた「小動物のようで可愛い」とは意味が違う……と思って良いのだろうか!?
「ジゼル嬢は可愛いね。前から知っていたけれど」
ルーカス様が可愛いを追加してきた。嬉しいけれど恥ずかしい。
「可愛いジゼル嬢が目の前に座っているなんて、私は幸せ者だね」
さらに可愛いが追加された。顔が熱を帯びてくる。
「ああ、ジゼル嬢は本当に可愛い。きっと可愛いという言葉はジゼル嬢のために生まれたんだね」
「もう、その辺で……私の心臓が持たないので……」
私は早くもギブアップ宣言をした。このままではドキドキしすぎて立ち上がることすら出来ない。
「おっと、それは大変だ。可愛いジゼル嬢の心臓が破裂したら、私は後悔してもしきれないよ」
「わざとやっていますよね!?」
なおも可愛いを繰り返すルーカス様を非難するような目で見つめてみたけれど、ルーカス様は笑顔のままだ。
「うん、わざとだよ。嫌だったかな? それなら、これからは可愛い以外の言葉で褒めることにしよう」
「やめてください……」
ダメだ、今のルーカス様には勝てる気がしない。
もう話を変えてしまおう。




