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「そういえば図書室で君を見たとき、私は君のことをジゼル嬢と見間違えたんだよね。まっすぐな髪の君が、やたらとジゼル嬢に似ていたから」
ルーカス様につられて私までほんわかとしていると、ふと思い出したようにルーカス様が告げた。
咄嗟に自身の髪を触る。触った髪は薬の効果が続いているため、さらさらとしていた。
「まっすぐな髪でジゼルと見間違えるというのは妙ですね」
ジェフがジゼルと似ていると思われるのは良くないと思い、ジゼルと似ていないことを強調するためにそう言ってみた。
「何が妙なのかな? ジゼル嬢は綺麗な髪をしていたと思うけれど」
「いいえ、ジゼルはもともとくせっ毛ですよ。髪が長いから多少落ち着いているのと、念入りに髪を束ねてうねりを隠しているだけで」
言ってから気付いたけれど、ジゼルがくせっ毛だったとして、それがジゼルとジェフが似ていないことには繋がらない。
我ながら意味の無い弁明をしてしまったようだ。
「うん? どうしてジェフがそんなことを知っているの?」
しかもルーカス様に不審がられてしまった。
「それは……親戚だから……」
苦しい言い訳だと思いつつ、こう言う他なかった。実際には、親戚の誰にもこんな話はしたことがない。エマにだけは、手紙でくせっ毛の相談をされた際に自分もくせっ毛だと伝えたけれど。
ただ実際に会ってみるとエマのくせっ毛はふんわりと可愛くて驚いた。ふんわりとはならない私の半端なくせっ毛とはわけが違ったのだ。
……と、私が思い出に浸っている間に、ルーカス様が椅子から身を乗り出していた。
「ジェフ。もしかして君は、ジゼル嬢の大切な人なのかな!?」
「え? まあ、大切ではありますかね」
だってジゼルは私自身なのだから。大切じゃないわけがない。
「そんな……ジゼル嬢が結婚をする前からそうだったの? それとも結婚してから? 二人の関係は今も続いているのかな!?」
ルーカス様がさらに身を乗り出して質問をしてきた。
いつもの穏やかなルーカス様とはまるで別人のようだ。
「ジェフ、答えてほしい!」
「ちょ、ちょっと、近すぎます!」
慌てて上体を引いてルーカス様から距離を取る。このままではお互いの鼻先がくっ付きそうだったから。
「ああ、ごめん。ジゼル嬢のことになると、ついね」
ルーカス様は今やっと自分が身を乗り出していることに気付いたのだろう。椅子に座り直して、私から距離を取った。
「どうしてルーカス様はそんなにジゼルのことを気にするのですか? 実はこれが二つ目の質問なのです」
深呼吸をしたルーカス様が、私の目を見つめて言った。
「彼女は……私の命の恩人だから」
「命の恩人?」
そんなことをした覚えはない。ルーカス様に限らず、私はこれまでの人生で誰かの命を助けたことなんてないのだ。
もしかしてルーカス様は、人違いをしているのではないだろうか。
本当はジゼルではなく他の人に助けられたのに、何かの手違いでジゼルが自分を助けた恩人だと思い込んでしまったのではないだろうか。
そうであるなら、本当に感謝されるべきだった恩人に悪いことをしてしまったかもしれない。すべては私のあずかり知らぬところで起こった手違いだけれど。
「これは昔、私の身に起こった出来事でね」
そんなことを考えて悶々としていると、ルーカス様が昔話を始めてくれた。
ありがたい。これで人違いかどうかがはっきりする。
「私は町で誘拐されかけたことがあってね。金銭目的の人さらいの犯行だったのだと思う。詳細は教えてもらえなかったけれど、その誘拐騒動の後に芋づる式にたくさんの人が捕縛されたそうだよ。だからと言って誘拐されたときの恐怖が消えるわけではないけれど。でも町は少し平和になっただろうね」
ルーカス様は当時のことを思い出しているのか、苦い顔をしながら話を続けた。
「誘拐されたときは本当に怖かった。相手は大人数人だったし、叫ぼうにもすぐに猿轡をかまされて、もう終わりだと思った」
ルーカス様がどういう状況で捕まったのかは分からないけれど、きっとルーカス様と一緒にいた従者がルーカス様から目を離してしまったのだろう。子どもは数秒目を離しただけでいなくなってしまうと聞くから、そういうこともあるだろう。
そして町を一人で歩いている身なりの良いルーカス様を見つけた誰かが、ルーカス様を利用して金を得ようと思ったに違いない。貴族の子どもは金になるから。
「このまま二度と屋敷に帰れないかもしれないと絶望していたとき、甲高い叫び声が聞こえてきたんだ。その声の主がジゼル嬢……彼女が誰だったのかは後から知ったのだけれど。彼女の叫び声のおかげで人が集まって、私は助け出されたんだ」
おぼろげな記憶でしかないものの、子どもの頃に誘拐事件を目撃したことがあるような気がする。
だけど私は、とても命の恩人と呼ばれるようなことはしていない。
実際にルーカス様を助けたのは町の警備兵だし、その警備兵を連れてきたのも私ではなかったはずだ。
私はただ誘拐事件の現場を見て叫んだだけ。ただの目撃者だ。
「差し出がましいことを申しますが、ジゼルの行動は、命の恩人と呼ぶようなものではないと思います。誰だって誘拐を目撃したら叫びます」
「そんなこともないよ。見て見ぬフリをする人の方が多いくらいだ。悪い連中に目を付けられたら困るからね」
「ジゼルは子どもだったから、その辺のことがよく分からなかっただけだと思います」
「それでも。ジゼル嬢のおかげで私が助かったことは事実なんだ。だから恩返しに、今度は私が彼女のことを助けたい。だから彼女のことを気にかけているんだ」
助けたいも何も、もう十分に助けてもらっている。
だってルーカス様の立派な屋敷で、使用人として働かせてもらっている。しかも無理をさせないようにと配慮までしてもらって。
しかし助けてもらっているのはジゼルではなくジェフのため、そんなことを言うわけにはいかない。
「ルーカス様は義理堅すぎると申しますか……別にジゼルを助けなくてもいいと思います。ジゼルだってあのとき、恩返しを望んで叫んだわけではないでしょうから」
ルーカス様の気持ちは嬉しいけれど、ジゼルはもう存在しないのだ。ジゼルとして助けてもらうことは出来ない。
「……というのは建前でね」
「へ?」
急にルーカス様が嬉しそうに頬を弛ませた。
「ジゼル嬢は誘拐犯から逃げずに叫び声を上げてくれたどころか、取り押さえられた誘拐犯に罵声を浴びせていたんだ。ふふっ、命知らずだよね。私はそんな勇気ある彼女に、一目惚れをしたんだ」
時が止まる。
今、ルーカス様は、ジゼルに一目惚れをしたと言っていただろうか。私の聞き間違いではなく?
誘拐犯に罵声を浴びせている姿を見て一目惚れをするルーカス様もどうかとは思うけれど、今重要なのはそこではなく。一目惚れの相手がジゼルだという点だ。
ジゼルということは、ルーカス様が一目惚れをした相手は、この私。
えっ、待って、本当に!?




