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(1)
屋敷に戻った瞬間にリッキー先輩が駆け寄ってきた。リッキー先輩はいつも屋敷内で仕事をしているのに、なぜ外にいるのだろう。もしかして私の帰りを待つために、わざわざ仕事を庭の掃除に変えてもらったのだろうか。
リッキー先輩は難しそうな仕事を担当しているだろうに、急に仕事を変えて大丈夫なののだろうか。
……って、その原因を作った私が心配するのはおかしいのかもしれないけれど。
「ジェフが男だ!」
開口一番、リッキー先輩がそう言った。
ジゼルが男になってジェフを名乗っているわけだから、いろいろと間違っている発言なのだけれど、まあそんなことはどちらでもいい。リッキー先輩のおかげで再びジェフになることが出来たのだから。
リッキー先輩はある意味で命の恩人だ。女の状態でこの屋敷から追い出されたら、仕事と家を探すのに難航することが目に見えているのだから。
「おかげさまで。町へ行かせてくださってありがとうございました」
深々と頭を下げて礼を述べてから、町へ行く口実として買ってきた花の苗を差し出す。
「これが花の苗です。花の種類はこれで合っていますよね?」
「ああ。フレッドは苗の具合を見て文句を言ってくるかもしれねえが、無視していい。あいつは植物のことになると何でも文句を言うから」
なるほど。同じ花の苗でも、より状態が良いものを選んでこないと満足しないということか。出来るだけ綺麗な苗を選んで買ったつもりではあるけれど、植物に関する専門的な知識は無いから、フレッドさんは不満かもしれない。
「俺の目からすると結構状態の良い苗な気はするがな」
「僕もそう思ってこれを選んだのですが、フレッドさんの目にはどう映るのでしょう」
「…………」
「どうかしたんですか?」
いきなり難しい顔になったリッキー先輩を見て首を傾げる。
「お前が本当は女だと知っちまったから、無理して『僕』って言ってるんだろうなあ。って、しみじみしちまった」
「何にしみじみしているのですか!?」
確かに「私」と言わないように、気を張りながら喋ってはいるけれど。
「いや、頑張ってるんだなあ、って意味だよ。こんな小せえ身体のくせに、秘密がいっぱい詰まっててすげえなあ」
リッキー先輩が感心したように私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「これからはもう女のジェフになる心配はねえんだよな? 薬の予備は買ってきたか?」
だから女のジェフという言い方も……まあいいか。
「それが、性転換薬は今回使った分で在庫切れらしいのです」
「ふーん。次はいつ入荷するんだ? 入荷日にまた一人で町へ行けるようにしてやろうか?」
どうやらリッキー先輩は性転換薬が店にすぐ補充されると思っているようだ。そうなら良かったのだけれど、私はもう後がない状態なのだ。
「それが……性転換薬は簡単に作れる薬ではないらしく、店主も作ろうとは思っていない様子でした」
「もう入荷しねえの!?」
私の言葉を聞いたリッキー先輩が大袈裟なほどに驚いた。
「じゃあ次に女のジェフになったら終わりってことか!?」
驚きすぎてうっかり落としそうになった花の苗を、リッキー先輩が自分でキャッチした。
「やっべ。フレッドにぶん殴られるところだったぜ」
リッキー先輩は花の苗を抱え直すと、私のことを上から下まで眺めた。
「よく考えたら、性転換薬なんて夢みたいな薬は簡単に作れるわけがねえよな。男っぽいだけじゃなくて、本当に男だもんな」
「はい。お手洗いで苦労しました」
私が元気よく返事をすると、リッキー先輩が複雑そうな顔になった。
「お前本当は女なんだろ? 気軽にトイレの話をするなよ」
「女だってお手洗いの話はしますよ。人間なんですから、出るものは出ます」
「そりゃそうだけどさあ」
「リッキー先輩だって女の私に向かって男性器名を連呼していたじゃないですか」
私に指摘されたリッキー先輩は、バツの悪そうな顔になった。
「俺だって女相手にちんこの話はしねえが、ジェフは男だし……」
たった数言で矛盾が起こっている。
それほどまでに、リッキー先輩にとってのジェフはきちんと男だったのだろう。
そして私にとってもリッキー先輩は、異性に対するときのような距離を感じさせない存在だ。
「って、ジェフのトイレ事情はどうでもいいんだよ。次に薬が切れたらどうするつもりだ!?」
「……どうしましょう。薬屋の店主には、運命は藻掻いて自分の力で掴み取るものだって言われましたけど……」
「藻掻いても男にはなれねえだろ」
それはそうだ。
二人してしばらく唸った後、リッキー先輩ががばっと顔を上げた。
「そうだ! イイ案を思い付いた!」
「そのイイ案とは!?」
「耳の穴をかっぽじってよく聞けよ!」
リッキー先輩はもったいぶってそう言ってから、ふんぞり返りつつ思い付いたイイ案を告げた。
「女だからって追い出すことが惜しいほど、仕事が出来るようになればいいんだ!」
……あ、はい。
出来るものならそうなりたいけれど、現実的な案ではない。
「ん? なんだよ、反応が悪くねえ?」
リッキー先輩は私から思っていた反応が得られなかったため不満そうだ。
「やる気がないわけではないのですが、一朝一夕でそんな風になれますかね?」
「無理だろうな! お前はまだ草むしりしか出来ねえからな!」
そう言ってリッキー先輩がガハハと笑った。
「じゃあダメじゃないですか」
「いいや。三年で、俺がお前をデキる使用人に教育してやる!」
なるほど。リッキー先輩はすぐには薬の効果が切れないと思っているのだろう。
しかし実際はそうではない。きっと一年もしないうちに薬の効果は切れてしまうだろう。早ければ明日にでも……。
最近のルーカス様はすぐにドキドキさせてくるから。
「たぶん三年どころか一年も持たないです、薬の効果」
さすがに数日とは言わずにおいたけれど、それでもリッキー先輩は衝撃を受けていた。
「その薬、そんなに効果が短いのかよ!?」
「私の場合は、そうだと思います」
私の答えを聞いたリッキー先輩はまた唸りながら、次なるイイ案を思い付こうとしていたみたいだけれど、結局何も思い付くことはなかったようだ。
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