●25
自室に戻った私は、自分が大変な事態に陥っていることに気付いた。
恥ずかしくてルーカス様から逃げてしまったけれど、あの選択はある意味では大正解だった。
「女に戻ってる……」
先程の一件で性転換薬の効果が切れてしまったのだ。
つまり今の私はジェフではなく、完全にジゼルだ。
「これ、隠せるかしら」
髪は結んで帽子の中に隠せば何とかなると思う。いや、いっそ切ってしまえばそれで解決だ。
だけど身体つきはどうにもならない。サラシで胸を潰せば隠し通せるだろうか。サラシなんてこの場には無いけれど。
「救急箱から包帯でももらってくる?」
しかし救急箱の在り処を私はまだ知らない。もしエマに怪我をさせられていたら、手当ての際に在り処を知ることになっていただろうけれど、私は無傷だった。
ルーカス様の上に落下した際も、二人とも怪我をしなかった。もちろんルーカス様は無傷の方が良いのだけれど、私は擦り傷くらい負うべきだったのかもしれない。
やっぱり人生は上手くいかないものだ。
「もしかして……私、詰んでる?」
私が顔を青褪めさせていると、部屋のドアノブが回った。急いで頭から布団を被って全身を隠す。
「おっ、ジェフ。戻ってたのか」
「リッキー先輩!?」
「どうしたんだよ、こんな時間から布団に潜りこんで」
「な、何でもありません」
そうだった。救急箱入手の前に、まずは同室のリッキー先輩をやり過ごさないといけないのだった。
「あー……他の使用人に聞いたんだけどよ。今日は災難だったな」
私が女になっていることなど知らないリッキー先輩は、ベッドに座りつつ布団の中の私に話しかけてきた。
「どっかの令嬢に紅茶をかけられたんだろ?」
「大丈夫です。すぐに着替えさせて頂いたので」
「もしかして風邪でも引いたか? だから布団に潜ってるのか?」
「いえ、風邪は引いていません。潜りたい気分だから布団に潜っているだけです」
今のはリッキー先輩に心配されないようにするために放った言葉だったけれど、これがマズかった。
リッキー先輩が私の被っている布団を引っぺがしたのだ。
「あのなあ。風邪引いて寝てるわけでもねえなら、話をするときは相手の顔を見ろ」
必死で布団を剥がされないように抵抗したけれど、リッキー先輩の力に敵うわけがなかった。
「偉ぶるつもりはねえが、事実俺はお前の先輩なんだから…………は?」
リッキー先輩が私の姿を見て固まった。
服は着ているけれど、どこからどう見ても今の私は女だからだ。
「おおおお前、女だったのか!? いや、でもそんなはずは!」
「声が大きいです!」
慌てて両手でリッキー先輩の口を塞ぐ。
廊下まで声が漏れたら、誰に聞かれるか分かったものではない。
「お前、ジェフだよな!? いや、ジェフの身代わり!? 布団から出たら声も姿も変わっちまった!?」
声はずっとジゼルだったけれど、布団に潜っていたせいでくぐもって聞こえただけだろう。
「話すと長くなるのですが、とりあえず身代わりではありません。私はジェフだった者です」
「なるほどそうか……って、ジェフだった者って何だよ!? 意味分かんねえよ。どういうことなんだよ!?」
リッキー先輩が声を潜めつつ叫んだ。リッキー先輩も混乱しているようで、目を白黒とさせている。
「白状しますと、実は僕は、いえ私は、本来女です。とある方法で性転換をしていました」
ここで嘘を吐くと収拾がつかなくなると感じた私は、リッキー先輩に真実を伝えることにした。
しかし私の言葉を、リッキー先輩はすぐには信じなかった。
「とある方法って、女を男にする方法がこの世にあるかよ! ちんこは取り外し出来ねえんだぞ!? それともお前だけはちんこを取り外して棚に仕舞っておけるのか!?」
女であるジゼルを前にして、ちんこちんこ言わないでほしい。
いやさっきまでジェフだった私にも付いていたけれども!
「どの棚にちんこ仕舞ったんだよ!? 早く付け直せ!」
リッキー先輩は完全に錯乱をしているようだ。
「ちん……男性器は取り外せませんし、棚にも仕舞いません。そうではなく、私は別の方法で男になったのです。信じがたいことかもしれませんが、性転換をする方法があるのです。実際に昨日までの私は男だったでしょう?」
「それは……そうだけどよお」
リッキー先輩は、信じられないという想いと、実際にジェフが男だったという事実を、自分の中で戦わせているらしい。困惑した様子で口をパクパクとさせている。
「ただ、性転換の効果が切れた結果、女に戻ってしまいました」
「……はあ。よく分からねえが、目の前に女のジェフがいるのも事実なんだよなあ」
「女のジェフ」という表現は気になるけれど、ジゼルを見たことのないリッキー先輩からしたら私はジェフでしかないわけだから、この呼び方になるのは当然の成り行きかもしれない。
「というか、本当のお前は女なんだよな? そもそもどうして男になってたんだよ?」
「私にものっぴきならない事情がありまして……男になるしかない事情が、いろいろと」
「のっぴきならない事情って言われてもなあ」
「お願いです。私は男のままこの屋敷で働きたいのです。このことは黙っていてもらえませんか?」
「俺が黙ってたとしても……」
リッキー先輩が私のことを見つめた。
長い髪に、女の身体。この状態で、男として働くことは難しいだろう。
「髪は切れば何とかなるだろうが、胸……も、ちょっと潰せば平気か」
失礼な!? ちょっとではなく、かなり胸を潰さないとマズいはずだ。
「ジェフは元々華奢だったから、案外バレねえかもな? 顔はむくんだことにすればいいし、お前胸が小さいし」
「リッキー先輩!? 失礼極まりないですよ!?」
そりゃあ他の令嬢たちと比べたら多少は小さいかもしれないけれど、それでもそこそこの大きさはある!
それに大事なのは大きさではなく形や弾力で……って、今争うべきは私の胸のサイズではなかった。
「リッキー先輩、女だということがバレないように町へ行く方法はないですか?」
「町へ行ってどうするんだよ。サラシでも買ってくるのか?」
「いいえ。町へ行けば、私は性転換できるのです。だからそれまで性別を隠し通せれば大丈夫です」
「急に町へ行くって言っても馬車がなあ。その姿で相乗りは無理だろ」
無理だ。廊下ですれ違うくらいなら誤魔化せるかもしれないけれど、狭い馬車の中で町まで性別を偽り続けることは難しい。どうしたものか。
「あっ、そうだ! 明日はフレッドが町へ行って花の苗を買うって言ってたな。その役目を代わるなら一人で馬車が使えるはずだ。フレッドは自分で買いに行きたがるだろうが、そこは俺が上手いこと交渉してやる」
「いいのですか!?」
「お前が女だってことが判明したら、面倒くせえことになる。同室の俺もあらぬ疑いをかけられそうだからな。町へ行くことですべてが解決するなら、その方が良い」
「ありがとうございます!」
リッキー先輩の手を両手で握ってお礼を言う。
町へ行けたら問題は解決だ。だって私は性転換薬を欲している。
欲する薬のある私は、きっとまた、魔女の薬屋へ行けるはずだ。
「あー……でも今日は女で過ごすってことか。身体を拭くときはどうするんだよ」
「リッキー先輩が見なければ済む話だと思います!」
身体を拭かない選択肢もあるけれど、町へ行くなら身体を拭いておきたい。
それならリッキー先輩が後ろを向いている間に拭いてしまえばいい。
「俺が見なければいいって、あのなあ」
「リッキー先輩は、困っている女性の裸を見るような下衆野郎だったのですか?」
「下衆野郎じゃねえよ! 分かったよ、見なければいいんだろ!」
「助かります」
一時はどうなることかと思ったけれど、明日にはすべてが解決しそうだ。
よかった。これで全部が元通りになる。




