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【完結】捨てられ令嬢と魔女の薬屋  作者: 竹間単


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23/41

●23


(1)


 お茶会は、サンチェス伯爵邸の広い庭で行なわれた。

 お茶会が近くなってからは別の仕事を覚えるためにしなくなってしまったけれど、それまでの私の毎日の草むしりの甲斐もあって、サンチェス家の庭の美しさに誰もが息を飲んでいた。

 ……まあみんなが絶賛していたのは庭に雑草が無いことではなく、フレッドさんの整えた見事な木々と色とりどりの花についてだったけれど。


「お茶会って素敵ね! あたし、お茶会にずっと憧れてたの!」


「こういったお茶会は初めてですか?」


「ええ。誰かにあたしの部屋に来てもらって、一緒にお茶を飲んだことはあるけど、それだけ」


 ジゼルもエマの部屋で一緒にお茶を飲んだことがある。これまでのエマの体調を考えると、それが限界だったのだろう。

 自分が出来ないせいもあって、エマは昔から他の屋敷で開かれるお茶会に並々ならぬ憧れを持っていた。

 仲良しの令嬢以外を招く大規模なお茶会なんて、そんなに良いものでもないと思うのだけれど。


「本当はジゼルもいたら良かったんだけど……まだ連絡が付かないの」


 エマが残念そうな顔をした。

 ジゼルのフリをして――ジゼルは私本人なのだけれど――エマに手紙を書こうかとも思ったけれど、それをするとルーカス様に尻尾を掴まれる気がして出来なかった。エマに心配をさせたままなことは心苦しいけれど、今の私は動くことが出来ない状態なのだ。だから私はシラを切るしかない。


「大丈夫ですよ。ジゼルはタフな人間ですから。どこかで元気にやっていますよ」


「そうだと良いんだけど。連絡が付いたら、絶対にあたしの開いたお茶会に参加してほしいわ」


「元気になったエマお嬢様を見たら、きっとジゼルは喜びますよ」


 実際、元気にお茶会を開くエマを見ることが出来て、私は嬉しい。一日のほとんどをベッドの上で過ごしているなんて、あまりにも可哀想だったから。

 やはりその生活がエマに多大なストレスを与えていたらしく、外を歩き回れるようになってからのエマは、それまでのワガママが嘘のように穏やかになったと、人づてに聞いた。そのため最近は壊れて買い直す調度品が減ったのだとか。

 リッキー先輩もエマの侍女や使用人から愚痴をこぼされることが減って助かったと言っていた。

 エマの体調が回復したこと自体も素晴らしい出来事だけれど、それ以外も、すべてが良い方向へ向かっている気がする。

 魔女の薬屋の店主には、いくらお礼を言っても言い足りない。


「ふふっ。楽しみ過ぎて呼べるだけ令嬢を呼んでしまったわ。あたしには知り合いがほとんどいないから、お兄様の伝手で令嬢に声をかけて、さらにその令嬢にお友だちを連れて来てって頼んだの」


 庭にはたくさんの令嬢の色とりどりのドレスの華が咲いている。庭に植えられた花々とあわさって、どこを見ても目が楽しい。




「あら、あなた……ジゼル嬢の親戚か何か? 彼女にとてもよく似ているわ」


 ふと声をかけられて振り返ると、そこには二度と会いたくなかった人物がいた。

 ヴィヴィアン嬢。

 私がアレクシス様と離婚をするきっかけを作った人物。


「僕はこの屋敷の使用人です」


 今の自分はジゼルではなくジェフだから、気まずい思いを抱える必要はないと分かってはいるものの、私の心はジゼルなわけで。

 すすす、と身体が勝手にヴィヴィアン嬢から距離を取ってしまう。

 しかし距離を取った分、ヴィヴィアン嬢が私との距離を詰めてきた。


「質問にはきちんと答えてくれるかしら。わたくしは、あの女の親戚なのか、と聞いているのだけれど?」


「ジ、ジゼルは僕の遠縁です」


 ビクビクしながらヴィヴィアン嬢の質問に答える。

 アレクシス様とのことが無かったとしても、私はヴィヴィアン嬢のことが苦手かもしれない。


「ふーん? 遠縁の子が使用人ねえ。あの女の一族は苦労しているのね」


 ヴィヴィアン嬢は勝ち誇ったような笑みを浮かべると、それはそれは楽しそうにジゼルの話を始めた。


「ラミレス元伯爵夫人……ジゼル・オルコット嬢も憐れよね。アレクはもともとあの女が好きだったわけじゃないのよ。とある男への嫌がらせのために彼女と結婚したの。つまり最初から彼女を捨てて、わたくしと結婚することは決まっていたのよ」


「…………え?」


「だーかーらー、あの女とは嫌がらせのために結婚しただけ。彼女は最初から夫に愛されてなんかいなかったのよ。アレクが愛していたのは、最初からわたくしだけ。本当にみじめな女よね」


 アレクシス様に愛されていないことは、普段の態度で分かっていた。

 しかしそのことを他人の口から事実として語られるのはダメージが大きい。それはもう、目の前が真っ暗になるほどに。


「あなたも可哀想ねえ。夫に愛されず捨てられた令嬢が一族にいるなんて、恥ずかしいものねえ!」


「そんなことは……」


 自分の声があまりにも小さく、掠れていたことに驚いた。自分ですら聞き取ることの難しい、蚊の鳴くような声だ。


「言いたいことがあるなら、はっきりおっしゃい! 使用人風情がッ!」


 私がもごもごと小さな声で呟いていると、突如として頭から生温かいものが滴った。

 顔を上げると、ヴィヴィアン嬢が空になったティーカップを手にしている。

 ああ、私は紅茶をかけられたのだ。

 そう気付くまでに時間はかからなかった。せめてもの幸いは、ヴィヴィアン嬢のかけた紅茶が冷めていたことだろうか。

 逆に言うと、それ以外は最悪の状況だ。


「紅茶をかけられたのに無言ってどういうこと? 早く膝をついて謝りなさいよ!」


「あっ……」


 頭が上手く回らない。

 アレクシス様は誰かへの嫌がらせのために私と結婚をして、嫌がらせが済んだから愛していない妻を捨てて、愛する恋人と一緒になって、その恋人に私は紅茶をかけられて、膝をついて謝ることを指示されて……。


「早くしなさいよ、この出来損ない!」


「そこまで」


 最悪の状況に陥った私が硬直していると、よく通る声が響いてきた。

 ルーカス様だ。


「ジェフ、こちらへ」


 ルーカス様に腕を引かれ、私はルーカス様の後ろに隠された。

 ルーカス様の後ろにはエマも控えていた。どうやらルーカス様はエマが連れて来てくれたらしい。


「うちの使用人が何か粗相をしたのかな?」


「もごもごと聞き取れない声でお話しになっていたので、つい」


 ヴィヴィアン嬢が何でもないことのように述べた。


「そんなことで頭から紅茶を? ヴィヴィアン嬢、君はうちの使用人をいじめるためにお茶会へ来たのかな?」


「まさか。そんなはずはございませんわ、サンチェス伯爵」


 私が呆然としたまま黙っている間にも、ルーカス様とヴィヴィアン嬢の声が聞こえてくる。


「それならうちの使用人に酷いことをしないでもらえるかな」


「あら。今のは使用人に対するほんの躾のつもりでしたの。サンチェス伯爵の気分を害してしまったのなら、謝罪いたしますわ」


 ヴィヴィアン嬢が本当に躾のつもりだったのかは分からない。実際に、出来の悪い使用人に茶をかける令嬢は存在する。他所の屋敷の使用人に茶をかける令嬢は、かなり少なくはあるけれど。


「ヴィヴィアン嬢……今の君はラミレス伯爵の婚約者だったかな?」


「いいえ、もう結婚しましたわ。耳の早いサンチェス伯爵は、すでにご存知なのではなくて?」


「いくら私の耳が早いとは言っても、興味の無いことに脳の容量は割かないからね。君たちの話を聞いていたとしても、聞いた瞬間に忘れているんだと思うよ」


「まあ、なんて悲しいことを仰るの。わたくしはサンチェス伯爵とは良い関係を築きたいと思っておりますのよ」


「私はそうでもないかな。君たちのことなんて、どうでもいいからね」


 ルーカス様があまりにもバッサリとヴィヴィアン嬢を切り捨てた。

 ルーカス様は穏やかで優しい印象が強かったから、この態度は少し意外な気がした。しかし考えてみたら、穏やかで優しいだけの人間が当主としてやっていけるはずがなかった。


「ヴィヴィアン嬢ってラミレス伯爵と結婚してたのね。知ってたらヴィヴィアン嬢だけは誘わないでって他の令嬢に頼んだのに。失敗したわ」


 ルーカス様の後ろでエマが悔しそうに呟いた。そしてさらに私の耳元で囁く。


「お兄様はラミレス伯爵のことが嫌いなの。あたしも嫌いよ。だってジゼルを捨てたんだもの」


 知らなかった。ルーカス様が、アレクシス様のことを嫌いだったなんて。

 アレクシス様はルーカス様の悪口をよく言っていたから、相当嫌いだとは思っていたけれど。

 相思相嫌いだったのか。

 ……もしかして、ルーカス様はアレクシス様と結婚をしていたジゼルのことも嫌いだったりするのだろうか。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと言うから、アレクシス様の元妻である私のことを嫌っていてもおかしくはない。


「ジェフ、そんな恰好は茶会に相応しくない。一緒に来なさい」


「あ、えっと、僕は」


 私が顔を蒼くしていると、ルーカス様にまた腕を引っ張られた。私のことを屋敷の中へ連れて行こうとしているみたいだ。


「いってらっしゃい。早く着替えないと風邪を引くわ。メアリーがいるから、あたしのことは気にしなくていいわよ」


 困惑する私の背中を、エマが押して屋敷へと向かわせた。




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