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(4)
知ってはいたけれど、サンチェス家で働く人たちはみんなエマに甘い。
またしても私は通常業務を免除され、エマのために薬を買いに町へと行くことになった。
「いらっしゃい。そろそろ来る頃だと思っていたよ」
魔女の薬屋に入店するなり、そう声をかけられた。
「じゃあ私が何の薬を求めているのかもお分かりですか?」
「まっすぐな髪をくせっ毛にする薬だろう?」
さすがは魔女の店主だ。この人は何でもお見通しなのだろう。
しかし、今回はその薬だけではない。
「今回は、エマの体調を回復させる薬も欲しいんです」
私の言葉を聞いた店主は、口元をニヤけさせた。
「それは親愛度次第だねえ」
「親愛度?」
「お前さんの渡した飲み薬を飲んでくれるくらい、お前さんはエマ・サンチェスの信頼を勝ち取っているのかい?」
……どうだろう。髪にかけるタイプの薬は問題無くかけてくれる気がするけれど、飲み薬となると話が変わってくる。
なぜなら飲み薬と偽って毒を飲まされる事件は少なくないのだ。
飲み薬は、かけるタイプの薬よりもさらに用心して服用する必要がある。
「もしかすると万が一飲んでくれる可能性もほんの少し無きにしもあらず、って感じでしょうか」
「なんだいそりゃあ。頼りない返事だねえ。でも、まあいいさ。ダメで元々の気持ちで渡すと良い」
そう言って店主が、液体の入った小瓶と、二錠の錠剤が入った小瓶を差し出した。
「くせっ毛に戻す薬は、まっすぐにする薬同様、髪にかけるだけだよ。そして体質を改善させる薬は飲むだけさ」
「薬が二錠入っているのは、また私が毒見代わりに飲む分ですよね?」
「その通りさ。お前さんはエマ・サンチェスに小瓶を渡し、彼女から錠剤を一錠受け取ると良い。自分が選んだ方の薬をお前さんが飲んで何ともなかったら、エマ・サンチェスも少しは信じるだろうからねえ」
確かにそうかもしれないけれど、この薬は髪質の変わる薬を髪にかけるのとはわけが違う。店主曰く体質の変わる薬なのだ。
「私が飲んでも何ともないんですか? エマの体調が良くなるということは、何かしらの魔法が掛かった薬なんでしょう?」
「薬草が調合された薬ではなく、魔法が掛かった薬と言ってもらえるのは、魔女として嬉しいねえ」
そういえば私は店主が魔女であることも、魔法の存在も、疑わないようになっていた。この店を訪れるまで魔法の存在を信じてなどいなかったのに。
しかし、それも仕方のないことだと思う。
いきなり店が現れ、性転換薬なんて魔法としか思えない代物を渡されたら、誰だって魔女と魔法の存在を信じてしまうはずだ。
「この薬は完成までに数年かかってねえ。完成するまでに何度も試作品を飲んでいたら、健康になりすぎて困ったよ。ヒッヒッヒッ」
そう言って店主が肩をぐるぐると回した。
「……これ、体調不良の人が飲んだら健康になるけれど、健康な人が飲んだら逆に体調不良になる薬だったり……はしませんよね?」
錠剤入りの小瓶を握りしめながら、再度尋ねた。
「安心すると良い。その体質改善薬は、必要な人にだけ効く魔法の掛かった薬だからねえ。同じ錠剤に体調不良にする魔法も掛けるとなると、そのサイズでは無理なのさ。錠剤を倍は大きくしないと」
ということは、健康な私が薬を飲んでも何ともないのだろう。それなら安心して服用することが出来る。
……我ながら、私はこの店主を信用し過ぎな気がする。いくら安全と言われたからといって、店主の言葉をまるっと鵜呑みにするなんて。
それでも何故かこの店主を疑うことが出来ない。目深にフードを被っていて顔の上半分が見えていないというのに。
これも何らかの魔法の効果なのだろうか。
「それで、薬の料金はいくらですか? 頼んでおいてアレですが、手持ちが足りなかったら出直しますので教えてください」
「どっちも無料だとも」
「……さすがにそれはダメですよ」
ありがたく受け取りたいところだけれど、理性がそれを拒否する。
髪質を変える薬はまだしも、もう一つの薬はとんでもない代物だ。
「医者でも治すことの出来ない体調不良を治す薬なんですよ!? 出す人は有り金すべてを差し出すような薬です。無料でなんて受け取れませんよ」
「前にも言っただろう。わしは贅沢に飽きたんだよ」
だとしても、あまりにも大盤振る舞いがすぎる。私が店主の知り合いならまだしも、赤の他人だというのに。
そう思ったとき、ふとサンチェス家の図書室で見た絵本が脳裏をよぎった。
「あなたは、絵本に描かれた魔女なんですか? だから愛ゆえに薬を無償で渡しているんですか?」
私の言葉を聞いた店主は、遠くを見るようにやや顔の角度を上に向けた。
「絵本ねえ。懐かしいものを見つけたものだ」
「教えてください。あなたは何故薬をくれるんですか? あなたは何者なんですか?」
店主は顔の角度を私の目線に合わせると、口角を上げてニヤリと笑った。
「わしは魔女だと言ったはずだけどねえ」
「それだけじゃないですよね? エマのことを知っていたし……いやそれに関しては魔女なら可能なのかもしれないけれど。でもサンチェス家にある絵本、あれは大量生産品ではありませんよね?」
私に問われた店主は、上がっていた口角をさらに吊り上げた。
「ヒッヒッヒッ。教えてやらないさ。魔女には秘密がつきものだからねえ」
そのとき店主が何かに気付いたように、自身のあごに手を当てた。
「……? なんですか?」
「お前さん、性転換薬の注意事項は忘れていないだろうね?」
性転換薬の注意事項。
あの薬を受け取ったときに、これだけは注意するようにと何度も念を押された事柄。
店主はあのときと同じように、ゆっくりはっきりと発音をした。
「恋をすると性転換の魔法は解ける。男のままでいたいなら、決して恋はしないように」
これが性転換薬の、たった一つの注意事項。
ジェフのままあの屋敷にいたいなら、絶対に守らなければならない掟。
「分かっています。私は男でいる必要があるので、恋なんてしません。でも、どうして今そんなことを聞くんですか?」
店主の返答は、私の望んでいたものではなかった。
「お前さんの魔法が解けかかっているからさ」
ぎくりとした私は、話を打ち切るために、深々と頭を下げた。
「貴重なお薬、ありがとうございました!」
「……分かっていないのは、注意事項ではなく、自分の心の方かねえ」
慌てて店を出る私の背中に、店主がやれやれと言わんばかりの言葉を投げた。
* * *
サンチェス伯爵邸に薬を持ち帰った私は、二種類の薬をエマに渡した。
しかし髪質を変える薬はすぐに使ってくれたものの、体質改善薬はなかなか飲んでくれなかった。
とはいえ私が毒見とばかりに錠剤を飲んでみせると、しばらくしてエマも薬を飲んでくれた。
その後の変化は劇的だった。
エマは翌日には出された食事を完食し、翌々日には屋敷の中を歩き回れるようになった。
ただ体調は回復したものの、ずっと寝たきりだったエマの筋肉は貧相で、歩き回るとすぐに疲れてしまうらしかった。
だけど顔色は非常に良くなった。エマが庭を自由に歩き回る日もそう遠くはないだろう。
ちなみに薬の件は、エマと私だけの秘密にしてもらった。あの薬は大変高価で、薬を入手できることが知られると誘拐される恐れがあるから、と。
前にも吐いた嘘のため、エマはすんなりと信じてくれた。




