●20
「……あたしの悩み、笑わないで聞いてくれる?」
そうしてしばらくエマのそばで立っていると、ついにエマが口を開いた。
「エマお嬢様の、いいえ相手がエマお嬢様でなくとも、他人の悩みを笑うわけがありません。僕はそこまで性格の悪い人間ではありませんよ」
「あんたの性格が悪いって意味じゃないの。あたしの悩みは、他人が笑っちゃうようなものかもしれないから……あたしはものすごく悩んでるんだけど」
「エマお嬢様が悩んでいるのでしたら、それは立派な悩みです。他人が何と言おうと、僕はそう思います」
私がなるべく穏やかな口調に聞こえるようにそう言うと、エマはゆっくりと悩みを告白した。
「……あたし、ずっとまっすぐな髪になりたかったの。お父様とお母様とお兄様と同じまっすぐな髪に」
「はい」
「だから髪がまっすぐになったときは、すっごく嬉しかった。あたしもみんなと一緒だって思ったの」
「とても喜んでおられましたね」
あのときのエマは表面上だけではなく心から自分の髪に喜んでいるように見えた。しかし今この話をするということは、エマの悩みは自身の髪に関することなのだろう。
「あのときは本当に嬉しかったの」
エマはここで目を伏せた。
「でもね、鏡を見るたびに、だんだん鏡に映った自分が自分じゃないみたいな気がしてきたの」
「…………」
「おかしいわよね、あんなにまっすぐな髪になりたがってたのに。いざなってみると、くせっ毛の自分が恋しいなんて」
私は口を挟まずに、ただ黙ってエマの言葉の続きを待った。
「きっとどんなにみっともなくても、元のあたしが、くせっ毛のあたしが、本当のあたしなの。今のあたしは、本当のあたしじゃないの」
どうやらエマはストレートヘアになったことで、自分を見失いかけているらしい。
髪くらいでと言ってしまうことは簡単だけれど、部屋にこもりきりのエマにとって、自分を象徴するものは少ない。
エマには、社交界の華であるあの女性、呉服屋の常連のあの女性、パン屋で働くあの女性、いつも男性を連れているあの女性……そういった自分を象徴するものが極端に少ないのだ。
エマが持っているものは、この部屋の中にあるものばかり。
だからこそ、自身のふわふわの髪は、エマにとって自分を象徴するものの比重が高かったのだろう。
「こんなの変よね? あたしは、みっともないあたしに戻りたいの」
「……エマお嬢様は、変でもみっともなくもありませんよ。自分についてよく考えていて、尊敬します。自分が何者なのかという問いは、思わず目を逸らしたくなる答えの無い問題ですから」
私自身も、自分が何者なのかは考えたことがあった。
しかし答えが分からないまま、その疑問はどこかに仕舞い込んでいた。
「それにエマお嬢様はくせっ毛でも可愛らしいです。ふわふわで、お姫様みたいで、羨ましいです」
「お姫様みたいで羨ましい? 男のあなたが?」
あっ。うっかりジゼルの気持ちが表に出てしまった。
「気にしないでください。言葉の綾です」
「言葉の綾? よく分からないけど、あたしを励ましてくれてるのよね。ありがとう」
エマは私の「お姫様みたいで羨ましい」発言は流すことにしたらしい。助かった。
「それでね、こんなことを頼むのは恥ずかしいんだけど……まっすぐなこの髪を、元のくせっ毛に戻す薬は無い?」
エマが自身の髪を一束握りながら質問した。
「その薬は、エマお嬢様にとって必要なものですか?」
「ええ、必要。あたしは元の自分に戻りたいの」
エマが力強い口調で言った。
エマは気の迷いではなく、心の底から、元のくせっ毛に戻りたいようだ。
「本当に必要な薬なら、きっと手に入ります。僕がまた、町まで薬を買いに行ってきます」
「ありがとう、ジェフ」
私は恭しくお辞儀をすると、エマの部屋を出た。
そして一人で考える。
男の姿になっている今の私は、本当の私なのだろうか。
……ううん、違う。
アレクシス様と結婚してからの私は、本当の私なのだろうか。




