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必死の説明によって私がルーカス様を襲おうとしていたというのは冤罪だと判明してから、数日が経った。
「え? エマお嬢様の元気が無いのですか?」
そろそろ寝ようと思ってベッドに横になったところで、リッキー先輩にエマの話を切り出された。
「元気が無いというか、情緒不安定というか。泣いたり怒ったり人を遠ざけたりしてるらしい。お前が髪をまっすぐにする薬を渡してから数日間は機嫌が良かったんだけどな」
「また新たな悩みごとでしょうか」
リッキー先輩があからさまな溜息を吐いた。
「だとしても、悩むたびに侍女や使用人に当たり散らすのはやめてほしいぜ。俺が愚痴られるんだからな」
あの従順そうなエマの侍女が愚痴を言うということは、エマは相当情緒が不安定なのだろう。
もしかするとジェフとして最初に出会った頃のように、また怒鳴ったり物を投げたりして荒れているのかもしれない。
そういえばここ数日は、仕事をサボってルーカス様を襲った、という誤解を解くために行動で真面目さを示そうと仕事に明け暮れていて、エマのもとを訪れていなかった。
態度で示した甲斐あって、リッキー先輩もあれは勘違いだったと納得してくれたから、それに関しては良かったけれど。
「久しぶりにエマお嬢様と話をしてみても良いでしょうか?」
「良いどころかそうしてくれると助かる。エマお嬢様、薬を持ってきたことでジェフに対する好感度は高くなってるだろうからな」
前回、その感じは受けた。私のことをクビにしないようルーカス様に進言してくれるとも言っていたし。
……もしかすると、雇用主であるルーカス様の上に落下したのにまだ私がこの屋敷で働くことが出来ているのは、エマのおかげなのかもしれない。
「エマお嬢様は何に悩んでいるのでしょう」
「さあな。俺はエマお嬢様に近付けすらしないから分からねえ。侍女も特に何も言ってなかったな」
「念のため聞きますが、薬が原因で不機嫌……とかじゃないですよね? またくせっ毛に戻ってしまっているのでは……?」
同じことをリッキー先輩も一度思ったのだろう。
エマが不機嫌な理由は分からないと言ったのに、この質問には明確に否を唱えた。
「エマお嬢様の髪はまっすぐなままらしいから、それに関しては大丈夫だ。むしろ薬の効果が切れたせいで不機嫌なんだったら分かりやすいんだけどなあ」
そうか、エマはくせっ毛に戻ったから不機嫌なわけではないのか。
そうなると、エマが不機嫌な理由は想像もつかない。
「……ってことで、明日はエマお嬢様のご機嫌を取りに行ってこい」
「その間の庭の掃除は」
「そんなもん、俺がやっておく。エマお嬢様の相手をするよりも、雑草を相手にした方がずっと楽だからな!」
「でもリッキー先輩には別の仕事もあるのではないですか? 草むしりをしていたら他の仕事をする時間が無くなっちゃいませんか?」
そう私に問われたリッキー先輩は、何故か急に歯切れが悪くなった。
「いや、草むしりはお前のために作った仕事で、毎日長時間やる必要は無い……あー、それ以外の庭の掃除はすぐに終わる……うーん。まあとにかく、気にするなってことだ!」
私のために作った仕事? 新人用の仕事ということだろうか。
よく分からないけれど、連日の草むしりの成果が出ている今、一日くらい草むしりをしなくても問題が無いのだろう。
それなら明日は一旦草むしりのことは忘れてエマに集中しよう。
「ありがとうございます。では僕は心置きなくエマお嬢様のお相手を頑張って来ます」
「そうしてくれ」
寝て起きたら不機嫌なエマと対峙しなくてはならない。
前回好感度が上がっており、ジゼルの知り合いでもあるジェフは、そこまで心配をするほどのことはされないと思うけれど、今夜はしっかり寝て体力を回復させておこう。
* * *
「エマお嬢様、ジェフです」
「…………」
エマは荒れているということだから物を投げつけられる覚悟をしていたのだけれど、返事も無ければ何かを叩きつける音もしない。最初に自分がジェフだと名乗ったからだろうか。
「エマお嬢様、少しお話をしませんか? 誰かに話すことで気分が楽になるかもしれませんよ」
「…………」
もしかしてエマは寝ているのだろうか。それならあとで出直した方が良いかもしれない。
そう思って帰ろうとすると、部屋の中から小さな声が聞こえてきた。
「…………入って」
「かしこまりました。失礼いたします」
入っていいとのお許しを得たため、エマの部屋へと足を踏み入れる。
エマはベッドの上から私を見ると、私の後ろから誰も入ってこないことを確認した。
「ジェフ一人ね?」
「はい。本日は僕一人で参りました」
部屋の中を見回したけれど、今日は部屋の中に侍女の姿は無い。
令嬢が一人の状態で、同年代の少年であるジェフを部屋に招くのはいかがなものかと思うけれど、藪蛇なので黙っておく。
それにしても今のエマに荒れている様子は無い。ただし他人を拒絶するような空気感を醸し出している。
「エマお嬢様、お話したくなかったら何も言わなくても構いません。ですが、新人の僕でもエマお嬢様の悩みを聞くことは出来ます。吐き出すことで楽になる類の悩みでしたら、どうぞ存分に吐き出してください」
「…………」
エマはすぐには悩みを教えてくれなかった。
こういうときに焦りは禁物だ。私はエマの近くに立ったまま、じっとそのときを待った。




