●18
『 むかしむかし、あるところに、欲しい薬がある人の前にだけ現れる不思議な薬屋がありました。
なんと薬屋の店主は魔女でした。
しかしこの店の魔女は、悪い魔女ではありませんでした。
ある日、魔女の薬屋を一人の少女が訪れました。
少女は自分のくせっ毛が嫌いで、髪をまっすぐにする薬を探していたのです。
魔女は店を訪れた少女に、一本の薬を渡しました。
少女が自身の髪に、貰った薬を振りかけると、あら不思議。
少女のくせっ毛の髪は、さらさらのまっすぐな髪に変わりました。
少女は喜び、薬の代金を渡そうとしましたが、魔女は受け取りませんでした。
魔女は言いました。
「お金の代わりに愛がほしい」
少女は魔女に愛を渡しました。
すると少女から愛をもらった魔女は、感動の涙を流しました。
これまで魔女に、愛を渡した者はいなかったのです。
少女の愛で満ち足りた魔女は、それ以来、無償で薬を渡すようになりました。
ただただ、愛ゆえに。 』
本のページをめくるたびに、知っている情報が飛び込んでくる。
「これってそのまんま、あの薬屋のことなんじゃ……」
しかしどうしてあの薬屋のことが書かれた本が、サンチェス伯爵邸の図書室に置かれているのだろう。有名な本なのだろうか。
しかしこの本は手作り感に溢れていて、とてもプロの作った本とは思えない。ということは……。
「ジゼル嬢!?」
突然名前を呼ばれて振り返ると、梯子の上で絵本を読む私を見つめるルーカス様と目が合った。
マズい。うっかりジゼルと呼ばれて振り返ってしまった。今の私はジェフなのに。
「えっ!? キャーーーッ!?」
失態を犯した焦りが身体をこわばらせたのだろうか。梯子から足を踏み外した私は、真っ逆さまに落下してしまった。
高さ的に考えて、余程打ちどころが悪くなければ死ぬことは無いだろうけれど、怪我は免れられないだろう。
しかし。
「痛……くない?」
いくら待っても痛みはやってこなかった。
恐る恐る瞑っていた目を開けると……。
「うそ、ルーカス様!?」
私はルーカス様の上に着地をしていた。この屋敷の主人で、ジェフの雇用主であるルーカス様の、身体の上に!
「申し訳ございません! お怪我はございませんか!?」
私が慌ててルーカス様の上から降りると、ルーカス様は私の顔をまじまじと見てから薄く微笑んだ。
「ああ……そうか、ジェフか。なんだ」
「ルーカス様、どこか痛むところはありませんか!?」
慌ててルーカス様に怪我が無いかを確認する。上から人間が降ってきたのだ。捻挫や骨折をしていてもおかしくない。
「大丈夫だよ、気にすることはない」
ルーカス様の身体に怪我が無いか確認する私のことを、ルーカス様が軽く叩いた。もう怪我を探すのはやめろという意味だろう。
「ですが……」
「そんなことより、その髪はどうしたのかな」
ルーカス様が私の髪を触った。昨日までと違って一切跳ねていないサラサラの髪を。
「実はエマお嬢様に髪の毛をまっすぐにする薬を頼まれまして。買ってきた薬に危険が無いか、試しに僕が使ってみたのです」
私が話している間にも、ルーカス様は私の髪を触り続けている。
……なんで?
「あの、ルーカス様?」
「ん? ……ああ、悪いね。無意識だったよ」
ルーカス様は恥ずかしそうに笑ってから、私の顔をまじまじと眺めた。
「この髪型の君は、ジゼル嬢にそっくりだね」
「……遠縁とはいえ親戚ですから。顔の造形が似ているのかもしれませんね」
ルーカス様はたっぷりと私のことを見つめてから、真顔で呟いた。
「変なことを聞くけれど。君は、ジゼル嬢ではないんだよね?」
「ち、違います! 僕は男ですから!」
私は男であることを証明するために、ガバッと自身のシャツをめくった。
男の身体を見せることが、私がジゼルだという疑念を晴らす一番の方法だと思ったからだ。そしてその方法は効果的だった。
私が堂々としていることも手伝って、ルーカス様は瞳から疑念の色を消した。
「そう、だよね。君は男だから、ジゼル嬢のわけがないよね」
そう言って笑うルーカス様を見て、私は自分が大事なことを忘れていた事実に気付いた。
落下する私を受け止めてもらったのに、私はまだルーカス様にお礼を言っていない。
「あの、ありがとうございます。僕が怪我をしないように動いてくれたのですよね? ルーカス様のおかげで僕は怪我一つありません」
「気にしないで。ジゼル嬢が落下すると思ったら、身体が勝手に動いただけだから」
「それって……?」
「ジゼル嬢が怪我をするなんて耐えられないからね」
ルーカス様にそこまで大切にしてもらう理由が見当たらない。元の私を欲してくれる人なんて、どこにもいないはずなのだから。
それなのにルーカス様は、何故?
私が首を傾げていると、バタバタと図書室にやって来る人の気配がした。
「何か大きな音がしたが……って、ルーカス様!? それにジェフ!?」
「あっ、リッキー先輩。どうしてここに」
「お前が町から帰って来たって聞いたからエマお嬢様の部屋へ行って、そこでお前が図書室にいるって聞いて……って、そんなことはどうでもいいんだよ! お前は何をしてるんだ!」
リッキー先輩は慌てた様子で私の首根っこを掴むと、ルーカス様から引き剥がした。そしてまくっていた私のシャツを下までおろした。
……そうだ、私はシャツをまくっていたのだった。
もしかしてリッキー先輩は、私がルーカス様のことを襲っているとでも思ったのだろうか。
「恥を知れ、この色狂いの新入りがッ!!」
やっぱり!?
「いやいやいや、勘違いですからね!? まさか主人のことを襲ったりはしませんよ!?」
「あんな格好をしてたのに、その言葉に説得力があるとでも? このあと詳しい話を聞かせてもらうからな!」
リッキー先輩は完全に私のことを、主人を襲おうとした色狂いだと思っているようだ。この勘違いは絶対に訂正しなくては。ルーカス様にも迷惑がかかる。
「申し訳ございません、ルーカス様。新人の不始末は俺の監督不行き届きです」
私を確保したリッキー先輩は、ルーカス様に向かって深々と頭を下げた。そして隣にいる私の頭も無理やり下へと押し込んだ。
「誠に申し訳ございません。ほら、お前も一緒に!」
「えっと、僕の不注意であんなことになってしまって、申し訳ございません」
リッキー先輩は勘違いをしているけれど、実際はルーカス様を襲おうとしたわけではないから、私は梯子から落ちたことを謝った。
「気にすることはない。新人がミスをするのは当然のことだからね」
「寛大なお言葉をありがとうございます!!」
リッキー先輩は図書室中に響き渡る大きな声でお礼を述べた後、私を連れて逃げるように図書室をあとにした。
そして隣を歩く私をリッキー先輩が小声で怒鳴った。小声で怒鳴るなんて器用だ。
「仕事をサボってルーカス様を襲ってたなんて! どういうつもりだよ!?」
「襲ってなんかいません。あれは不可抗力と言いますか……」
「不可抗力でシャツを上までまくり上げる状況って何だよ!? 吐くならもっとマシな嘘を吐け!」
リッキー先輩がお仕置きとばかりに、私の頬をつまんだ。
「いひゃいれす、リッキーせんひゃい」
「罰なんだから痛くて良いんだよ。そもそもエマお嬢様に追加の仕事を頼まれたときは、まず俺に言うんだ! 分かったか!?」
その件に関しては、その通りかもしれない。私の教育係はリッキー先輩なのだから、何かを頼まれたらまず彼に報告をするべきだった。
「すみませんでした、リッキー先輩」
自らの行動に反省をした私は、リッキー先輩にも謝罪をした。




