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(2)
「エマお嬢様、ジェフです。お探しのものを入手して来ました」
「入って」
屋敷に戻った私は、さっそくエマの部屋へ向かうと例の薬を手渡した。
「この薬を髪にかけると、髪がまっすぐになるそうです」
「へえ。この薬を……これ、安全な薬よね?」
「そうらしいです。店主が安全だと言っていました」
自分で口に出して気付いたけれど、店主が安全だと言っていたことは、少しも安全性の証明になっていない。しかも魔女の薬屋なんて怪しい店の怪しい笑い方をする店主だ。何一つ信頼に値しない。
「………ジェフ。先にあんたの髪で試してみせて。安全に髪がまっすぐになったら、あたしも使うわ」
いくら世間知らずのお嬢様であるエマでも、さすがによく分からない新人の使用人が差し出した怪しい薬を信用することは出来ないらしい。
「僕の髪に使うのですか? 僕は大したくせっ毛ではありませんが……」
「なによ、自分の髪にかけたら困る事情でもあるの? もしかしてこの薬、毒が入ってるんじゃないの?」
「毒なんて滅相もございません」
「じゃあ早く使ってみせてよ!」
なるほど、合点がいった。だから魔女の薬屋の店主は薬を二本くれたのだ。
こうなることが分かっていたから。
店主は魔法で未来が視えるのかもしれない……いや、違うか。少し考えればこうなるだろうことは容易に想像ができる。私は想像できていなかったけれど。
もしかして私ってあまり頭が良くない!?
「なんで固まってるのよ。やっぱり毒なの!?」
自分の阿保さ加減にショックを受けていると、私が薬を使おうとしないのは毒が入っているからではないかとエマが疑ってきた。慌ててそうではないと首を横に振る。
「では僕の髪で薬の安全性と効果を証明してみせます」
私は薬瓶を一本手に取ると、鏡の前で自身の髪に振りかけてみた。
思ったよりも薬がたくさん入っていたため、ある程度のところで振りかけるのをやめて瓶に蓋をする。エマの長い髪に使うなら、予備として残しておいた方が良いと思ったからだ。
薬の効果はすぐに現れた。梳いてもいないというのに、鏡の中の私の髪がみるみるうちにぺたんと落ち着いていったのだ。
驚いて自身の頭を触ってみると、跳ねていた事実など無かったかのように、さらさらの髪がそこにはあった。
「わあっ、すごい!」
後ろでエマが歓喜の声を上げた。
「跳ねてた髪が嘘みたいにさらさらになったわ! 外の世界にはこんな薬が売られてたなんて!」
その認識はどうだろう。少なくとも私は魔女の薬屋と出会うまで、こんな薬は見たことも聞いたことも無かった。
その証拠に、同室に控えていたエマの侍女も、口を押えて驚嘆している。
「エマお嬢様。実はこれはとても珍しい薬ですので、他言無用です。この薬を買えることが知られたら、僕は誘拐される可能性がありますから」
「そんなにすごい薬なの!? いいえ、そんなにすごい薬よね。魔法みたいだもの!」
まさか魔女の薬屋で購入したなどと怪しさ満点なことは言えないため、曖昧に微笑んでおいた。
いつの間にか、この数日で私は秘密だらけになってしまった。
「ねえ、その薬をあたしにもちょうだい」
気付くとエマがわくわくした様子で私の目の前に立っていた。
エマは体調が悪くて立ち上がることの出来ない日も多いらしいので、今日は好調なのだろう。
……しまった! せっかくならエマの体調を良くする薬も貰ってくるべきだった!
そんな薬が存在するかは分からないけれど、どうして魔女の薬屋で思いつかなかったのだろう。あの店主ならそういった薬を持っていてもおかしくなかったのに。
激しく後悔をする私を不思議そうな顔で眺めながら、エマが手を伸ばした。
「薬をちょうだい」
「エマお嬢様。この薬のことを他言しないと約束して頂けますか? それが薬を渡す条件です。侍女さんも他言無用です」
「分かったわ。メアリーも黙っててくれるわよね?」
エマにそう問われた侍女は、静かにお辞儀をした。暴れん坊のエマの侍女を務めているだけあって、従順な人物に見える。彼女から秘密が漏れることはなさそうだ。
「では、こちらをどうぞ」
私から薬を受け取ったエマは、さっそく自分の髪に薬を振りかけた。
すると、みるみるうちにエマの髪の毛がさらさらになっていく。
「すごいわ! あたしの髪が、みんなと同じまっすぐな髪になってる!」
エマは歓喜の声を上げながら、髪にどんどん薬を振りかけていく。
私が使った瓶に残っていた薬まで全部振りかけてから、満面の笑みでエマが私のことを見つめた。
「あたしの願い通りの結果だわ。ありがとう、ジェフ!」
これに恭しくお辞儀をしながら応える。
「使用人としてお嬢様のご希望を叶えるのは当然のことですから」
「絶対にあんたをクビにしないように、お兄様に言っておいてあげるわ。お兄様はあたしのお願いを絶対に聞いてくれるのよ」
「ありがたいご配慮に感謝いたします」
上機嫌のエマは部屋の端に控えていた侍女を呼び寄せると、自分の髪を梳くように指示を出した。
その様子を見届けてから、また深くお辞儀をする。
「では僕はこれで失礼します」
ふう。これで肩の荷が下りた。
しかもエマがルーカス様にジェフのことを良いように伝えてくれるらしい。これは予想外の成果だ。
「そうだ、ジェフ。ついでに一つ頼みごとをしてもいい?」
意気揚々と部屋を出て行こうとする私に、エマが声をかけた。
……また頼みごとか。簡単な内容なら良いのだけれど。
「エマお嬢様。頼みごととは何でしょうか」
「今度のお願いは簡単よ。この本を図書室に戻してほしいの」
エマが可愛くウインクをしながら、一冊の本を指差した。
* * *
廊下ですれ違った使用人に図書室の場所を聞き、長い廊下を歩く。
誰も彼も忙しそうで図書室まで連れて行ってはくれなかったものの、屋敷内を歩き回っても咎められることもなかった。
「図書室はこっちらしいけど……あった」
聞いた通りの場所に図書室は存在した。思っていたよりもずっと広い部屋だ。
図書室の中には、本が所狭しと並べられた棚がいくつも置かれている。一日中この図書室に入り浸ったとしても、一年は読む本が無くならなさそうだ。
「この本……どの棚にしまったらいいんだろう」
エマから預かった本は恋愛小説のようだった。
きっとどこかの棚に、恋愛小説がまとめられた場所があるはずだ。そこにこの本を並べておけば、多少配置が違ったとしても怒られはしないだろう。
図書室内を歩き回り、本の種類を確認していく。
「あった。きっとあそこね」
やっと目的の本が並ぶ場所を見つけた私は、本棚を見上げた。
恋愛小説のコーナーはかなり高い位置にある。何かに乗らなければ、私の背では届かないだろう。
「梯子を使って、と」
目的の本棚を見つけるまでに、図書室の中に置かれている梯子に気付いていた私は、すぐに梯子を持ってきた。
そして梯子に上り、恋愛小説の並んだ棚にエマから受け取った本を置く。
「……あれ」
ふと、不思議な本が目に入った。
何を不思議だと思ったのかはよく分からない。強いて言うなら、魔女の薬屋を見つけたときのような感覚だ。
その不思議な本を手に取り、本棚から抜き取ってみる。
背表紙には何も書かれていない。表紙には……。
「えっ!? 『魔女の薬屋』って!?」
魔女の薬屋を見つけたときのような不思議な感覚だと思っていたら、本の表紙にはそのものズバリ『魔女の薬屋』と書かれていた。
そこまで珍しいタイトルではないのかもしれないけれど、実際に魔女の薬屋に出入りをしている私としては衝撃的だ。どんなストーリーなのだろう。やっぱり怪しい魔女のいる薬屋の話だろうか。
好奇心に勝てなかった私は、本のページをめくった。
するとすぐにフードを被った魔女の絵が目に入った。どうやらこの本は絵本のようだ。




