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(1)
「では、買い物が終わったら戻って来ますので」
町まで乗ってきた馬車を町の端で待たせると、さっそく魔女の薬屋を探しに向かった。
「エマの影響力はものすごいわね」
あのあとエマのための買い出しをしたいと告げたら、すぐに馬車の手配が決まった。しかも使用人たちに力強く送り出された。
サンチェス家の人々はエマに甘い……いや、それほどまでにエマに困っていたのだろう。
「エマは話してみると可愛いのに。物は投げてくるけれど」
独り言を呟きながら町を歩いていると、いつの間にか目的の店が目の前に出現した。
「あった!」
前回見たときと店の場所が違うような気もするけれど、そういうこともあるだろう。何と言っても、魔女の薬屋なのだから。
「こんにちは」
店のドアを開けて中に入る。
店の場所は前回と違った気がしたけれど、店の中は前回入ったときと何も変わっていなかった。不自然なほどに、物の位置が何一つ変化していない。
一度見ただけだから絶対ではないけれど、全てのものに変化が無く、店の中はまるで時が止まっているかのように見える。
「いらっしゃい。元気でやっていたかい?」
「あっ、はい。おかげさまで!」
店主に声をかけられて、自分が店内をじろじろと眺め回していたことに気付いた。
慌てて視線を店主に固定する。
「それで? この店を見つけたということは、また何か求める薬があるんだろう?」
あまりにも話が早い。さすがは魔女の薬屋の店主だ。
「くせっ毛の髪をまっすぐにする薬を探しているんです」
私の言葉を聞いた店主は、私の髪を見ているようだ。フードを目深に被っているせいで目線は見えないけれど、角度からしてきっとそうだ。
「くせっ毛というほどの髪でも無いと思うけどねえ。伸ばしたら髪の自重で跳ねも落ち着くだろうさ」
「いいえ、私の髪ではありません。お世話になっている屋敷のお嬢様の髪です」
私もくせっ毛気味ではあるけれど、店主の言うように気にするほどのくせではない。
実際ジゼルとして髪を伸ばしていた頃は、寝起きでも髪が跳ねることはなかった。
「お世話になっている屋敷のお嬢様とは、エマ・サンチェスのことかい?」
「そうです! ……って、あれ。私、これまでにエマの名前を言いましたっけ?」
私が首を傾げると、店主は持っていた杖をくるりと振って、立てかけてあった箒を躍らせた。
「魔女は何でも知っているものさ。ああ、あの人も縮毛剤を欲しがっていたねえ。懐かしいねえ」
「あの人?」
「ヒッヒッヒッ。こっちの話さ」
店主は箒を躍らせながら、床のホコリを集め始めた。
「よく分からないけれど……とにかくエマのために、くせっ毛をまっすぐな髪にする薬が欲しいんです」
「あるよ」
「やっぱりそんな都合の良いものは無……あるんですか!?」
あまりにも簡単に肯定されて、声が裏返ってしまった。
「あるからこそ、お前さんはこの店に来ることが出来たのさ」
「なるほど……って、そんな便利な薬は露店で売ったらかなり儲かると思いますけど!?」
「金には困っていないのさ。わしはもう贅沢には飽きたからねえ」
金には困っていない。贅沢には飽きた。
どっちもすごい台詞だ。私も一度は言ってみたい。
「店主さんはどんな薬でも作れるんですね」
「魔女は何でも出来るものさ……いいや、何でも出来るように見せるもの、かねえ」
店主はわざわざ言い直した。過去に完成しなかった薬でもあるのだろうか。
「えっと、それで……この薬はおいくらですか?」
「無料だとも」
恐る恐る聞いた私の質問は、とんでもない答えになって返ってきた。
「いやいやいや! そんなわけないですよね!? 何を使っているかは知りませんが、材料費だけでも相当かかりますよね!?」
贅沢に飽きたとは言っても、経費くらいは回収するべきだろう。すごい薬なのだから。
「それなら性転換薬と同じようなものだと思っておくれ。治験のつもりで使ってくれればいい」
「いえ、今回は治験では困るんです。私ではなくエマが使う薬なので」
自分が使うならまだしも、さすがに雇用主の家のお嬢様に完成品ではない薬を渡すわけにはいかない。もし何かがあった場合、たかが使用人であるジェフの命では責任が取れないからだ。
あとシンプルに友人であるエマが酷い目に遭うのは嫌だ。
どうしよう。安全性が保証された段階の薬ではないのなら、目的の薬は入手できなかったと言ってエマに謝った方が良いかもしれない。
私がそう結論を出そうとしたところで、店主がまた怪しい笑い方をした。
「ヒッヒッヒッ。安心するといい。治験のつもりというのはお前さんの気持ちの問題だからねえ。この薬には確かな効能があって、安全なことは確認済みさ」
「私のためにそう言っただけなら良かった……って。だから、どうして私に無料で薬をくれるんですか?」
「薬は棚に並べるものじゃなく、使うものだからさ」
これ以上聞いても同じような答えしか得られないことを察した私は、店主の厚意に甘えることにした。
エマのための買い物ということで屋敷からいくらかは金を持たされてはいるものの、持ち逃げをする可能性がある新人の使用人に大金を持たせるわけもないため、実のところ薬が無料なのはこの上なくありがたい。
魔女の厚意に甘えると後で代償を寄越せと言われるような気もするから少し怖いけれど。しかしここで引き下がったらエマの問題は解決しない。
「では、あの、ありがたく頂きます」
「上手に使うんだよ」
店主はそう言うと、二本の瓶を私に差し出した。
「二本の薬を使うんですね。使う順番はどっちが先ですか?」
「いいや、一本で効果がある。同じ薬を二本渡しただけさ」
一本で十分なのにどうして二本も?と私が首を傾げていると、店主が意味ありげに囁いた。
「お前さんは、薬が二本必要になるはずだからねえ」
「…………?」
「いいから持ってお行き。さあ帰った帰った」
店主がそう言うと、床を掃いていた箒が私の近くにやってきて、私のことを追い出すような動きをした。箒に押されながら入り口近くまで移動をする。
「ありがとうございました!」
大きな声で礼を述べると同時に、箒が私のことを店の外へと掃き出した。




