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「これからどうやって生きていけば良いんだろう」
荷物鞄を持ちながら、ふらふらと町を歩く。
「持っているアクセサリー類を売り払ったら、しばらくは暮らしていけるだろうけれど……そのあとは?」
両親は、アレクシス様に謝って離婚を取り消してもらうように言ってきたけれど、私は一体何を謝ればいいのだろう。
夫好みの妻になれなくてごめんなさい? 離婚したくなるような妻でごめんなさい?
一体私が何をしたと言うのだ。
「……ううん。何もしなかったから、かしら」
最初の頃の私は、アレクシス様の妻として認めてもらうために、夜ごとに妻の役目を果たそうとしていた。しかしアレクシス様がそれに応じることはなかった。
今思うと、外にヴィヴィアン嬢という恋人がいたからかもしれない。アレクシス様はヴィヴィアン嬢に、自分以外を愛さないで、と頼まれていた可能性がある。
……それならどうして、ヴィヴィアン嬢ではなく私と結婚を?
やはりここへ疑問が戻ってくる。
だから、今の私に分かることは一つだけ。
伯爵邸へ行っても、きっとアレクシス様は私との離婚を取り消さない。だってヴィヴィアン嬢の隣にいるアレクシス様は、私には見せたことのない嬉しそうな顔で笑っていたから。
いっそ妾になることも考えたけれど、アレクシス様は私を屋敷には置いてくれない気がする。なぜならヴィヴィアン嬢が嫌がるから。
それなのに私は、実家に帰ることも出来ない。
「あーあ、手詰まり。もうお手上げ!」
この世のすべてに疲れながら町を歩いていると、小さな店が目に入った。
一体何の店だろう。一年前まではあんな店は無かったはずだ。私がラミレス伯爵邸で暮らしている間に営業を始めたのだろう。だから店があること自体は何もおかしくない。
おかしいのは、店は確かにそこに存在するのに誰も気に留めていないことだ。
まるでそこに店が存在していないかのように、全員が全員店を素通りしているのだ。
「誰の興味も引かない店……ということ?」
それにしたって一人くらいは看板を見そうなものなのに。
奇妙に思った私は、店に近付いて看板を確認した。
「魔女の薬屋?」
看板には、ものすごく怪しい店名が書かれている。
このおかしな店を素通り出来るなんて、この町の住人は好奇心を子宮の中に置き忘れたまま生まれてきたのだろうか。勇気が出なくて店に入ることは出来なかったとしても、普通店を見るくらいはすると思うのだけれど。
「ずっと町にあるから慣れてしまったのかしら。でも久しぶりにこの町に帰ってきた私は気になるわ」
いつもなら絶対に入らない店だけれど、今の私は自暴自棄になっているからだろうか。不思議なものに導かれるようにして、魔女の薬屋の扉を開けた。
「いらっしゃい。迷える子羊よ」
店の中には店主らしき女性が一人。フードを被っているせいで顔はよく見えないけれど、声の感じからして四十代から五十代くらいだろうか。
「迷える子羊?」
ここは教会ではなく薬屋だと思うのだけれど……という私の疑問にはすぐに答えが返ってきた。
「この店は、人生に悩み、求める薬がある人の前にだけ現れる不思議な薬屋なのさ」
「ええと。そういうコンセプトの薬屋さんということですか?」
「コンセプトではなく事実だが、まあどちらでもいい。それで? お前さんは何の薬を求めているんだい?」
「私は……この時点からでも人生が上手くいく薬?」
薬で状況が良くなるのであれば、魔女の薬でも悪魔の薬でも、いくらでも飲んでやる。
そう決意するほどに、今の私は追い詰められているのだ。
「ヒッヒッヒッ。焦らずにいこうではないか。まずお前さんが今求めているものは、具体的には何だい?」
「私の求めているもの……雨風を防げる住居、それに食事も必要です。ですが、手持ちのドレスやアクセサリーを売っただけではすぐにお金が尽きます」
「それなら話は簡単だ。働けばいいのさ」
店主が至極まともなことを言ってきた。魔女の薬屋なんて怪しい店の店主なのに。
しかし店主の言う通りではある。お金が欲しいのなら働かなければならない。今の私は自分の力で稼がなければ生きていけない状態なのだ。
「ですが、私を雇ってくれるところなんてあるんでしょうか。自分で言うのもアレですが、私は仕事が出来るタイプの人間ではないと思います」
店主は私のことをじっと見ると、懐から杖を取り出してひょいと振った。
すると私の持っていた荷物鞄がひとりでに開き、中から一枚のカードが飛び出した。
「さあ、手を出して」
驚きでぼーっとしたまま、店主に言われた通りに両手を前に出すと、カードは私の手のひらの上に着地した。
「……えっ、えっ!? 今のは何ですか!?」
少しして、やっと我に返った私は店主に向かって大声を出した。
「何って魔法に決まっているだろう。ここは『魔女の薬屋』なんだからねえ。それよりもそのカードをご覧よ」
「魔法に決まっているって、そんな……」
この世界に魔女が実在しているなんて話は、聞いたことがない。もちろん魔女を見たこともない。しかし今の出来事が魔法としか思えないこともまた事実。勝手に荷物鞄が開いて中に入っていたカードが私の手元に飛んでくるなんて、魔法としか思えない。
「魔法は童話の中だけの存在だと思っていました」
「もしかしてお前さんは他人の話を聞かない子かい? そのカードをご覧と言っているだろう」
再度店主に促された私は、手のひらの上のカードに目をやった。するとそこには。
「これ、サンチェス伯爵の屋敷の場所」
その瞬間、ルーカス・サンチェスとの思い出が蘇ってきた。




