●14
「……あんた、ジゼルの知り合いなの? 本当に?」
予想通り、エマからは暴言ではなく質問が飛んできた。
「はい。知り合いと言っても、遠縁ですが」
「……嘘だったら屋敷から追い出すわよ?」
「構いません。本当のことですから」
屋敷から追い出すと言われてドキリとしたけれど、そのことに気付かれないようにあえて堂々と言い切った。堂々とすることで、嘘を気取られないようにするためだ。
ああ、私はいつの間にこんなにも嘘が上手くなったのだろう。
「…………入って。ただし入っていいのは、新人だけよ」
「ありがとうございます!」
私はドアの前で目を丸くしているリッキー先輩に合図を送ると、ドアノブに手をかけた。
「失礼いたします」
ドアを開けると、部屋の中にはベッドの上で身体を起こしているエマと、床に散らばったものを片付けている侍女がいた。
床に転がっている鏡やスプーン、それにぬいぐるみの数々は、エマが投げたものなのだろう。ベッドからドアに投げたものを当てるなんて、エマは肩が強いのだろうか。
「あんた今、失礼なことを考えなかった?」
「まさか。素晴らしいものをお持ちだと思っただけですよ」
割れた鏡の破片を踏まないように注意しながら部屋の中に入る。
「別にいいけど。あんたの名前、何だったっけ?」
「ジェフです。エマお嬢様」
エマに向かってあらためてお辞儀をする。
深々と下げた頭を上げると、エマはバツが悪そうな顔をしていた。
「……あたしが怒鳴ったり物を投げたりしたこと、ジゼルに告げ口しないでよね。もし言ったら、あんたのことを呪ってやるから」
もしかしてエマは、口止めがしたかったから私を部屋に招いたのだろうか。口止めも何も、ジェフはジゼル本人でもあるのだから、全くもって意味が無いのだけれど。
「絶対に言わないでよね! ジゼルには、虫も殺せないか弱いお嬢様で通してるんだから!」
……そうだっただろうか。
少なくとも私はエマのことを虫も殺せないお嬢様とは思っていなかった。さすがにここまで暴れん坊だとも思っていなかったけれど。
「かしこまりました。では、先程の件は綺麗サッパリ忘れることに致します」
「そうしてちょうだい」
私が物分かりの良い返事をすると、エマは満足そうに腕を組んだ。そしてその格好のまま私に質問を投げる。
「それで? ジゼルは、最近どう?」
「どう?とは、具体的に何をお聞きになりたいのでしょうか」
言ってから、今の返答はエマをイラつかせるかもしれないと思ったけれど、エマに怒った様子はなかった。
「ジゼルに手紙を送ったら、ラミレス家にジゼルはいないって手紙を戻されたらしいの」
どうやらエマにはまだ、私がラミレス伯爵と離婚をした情報が届いていないらしい。
エマは部屋にこもっていることが多いようだから、それも仕方のないことだ。むしろルーカス様の情報収集能力が高すぎる。まだ離婚してから数日だというのに。
「あー……」
「なによ、何か知ってるの!?」
この様子だとエマは確実にルーカス様にジゼルの近況を質問していそうだけれど、ルーカス様はエマにあえて離婚の事実を伝えていないのだろうか。
ルーカス様は、ジゼルの離婚を聞いたエマが余計な心配をすることを恐れているのかもしれない。それなのに私が今この場で離婚の事実を伝えてしまってもいいものだろうか。非常に悩ましい。
「知ってることがあるなら話しなさいよ! わけが分からなくて、いつも以上にイライラしてるんだから!」
先程せっかく口止めをしたのに、エマがまた怒鳴った。
それにしても……なるほど。
ルーカス様が何を思ってエマに離婚の話を告げていないのかは分からないけれど、エマとしては何も分からないことがストレスになっているようだ。
それなら、エマに事実を告げることは、事態を悪化させるよりも好転させる可能性の方が高いのではないだろうか。
それに他人の離婚話を吹聴するのは良くない行為かもしれないけれど、これは私自身の離婚話だからそういったことを気にする必要も無い。
「早く教えなさいよ!」
「実は、ジゼルはラミレス伯爵と離婚をしたみたいなのです」
私がエマに離婚の事実を告げると、エマは元々大きな目をさらに大きく見開いた。
「離婚!? それって大丈夫なの!? ジゼルは今どこにいるの!?」
「実家にいるのではないでしょうか。はっきりとした所在は分かりませんが、どこにいたとしてもジゼルは元気でやっていると思います」
本当は今ここで元気にエマとお喋りをしています。などと言うわけにはいかないので、曖昧なことを言って誤魔化した。
「……そうよね。遠縁じゃあ詳細までは知らないわよね。ジゼルは本当に大丈夫なのかしら」
私の話を聞いたエマは、悩ましげな溜息を吐いた。
溜息を吐くその仕草がルーカス様とそっくりで、うっかり微笑ましい気持ちになってしまった。
しかし今は微笑む場面ではないと気を引き締め、笑みが零れないように唇を固く結んだ。
「悩みを聞こうにも、ジゼルの居場所が分からないんじゃ連絡の取りようも無いし……」
「エマお嬢様が荒れていたのは、ジゼルが原因ですか?」
あまりにもエマが悩ましげにするものだから、ふとそんな質問が口を突いて出た。
もし私のことで気分が上下するのなら、私はあまりにもエマに愛されていて、友人冥利に尽きる。
「荒れてるってなによ!」
「あっ、申し訳ございません」
しかしエマの気を引いたのは「ジゼルが原因」ではなく「荒れている」の方だった。
もしかして、自分では荒れている自覚が無いのだろうか。
「……でも確かにジゼルと文通が出来ないのは、イライラの原因の一つではあるわ。だってジゼルに不満を零せたら、少しは気が晴れたかもしれないから」
これまでにもエマの手紙には不平不満が書かれていることが何度もあった。
しかし身体が弱くベッドの上でばかり過ごしていたら不満だらけになるのは当然だと思っていたから、不満を綴られて嫌になったことは無い。もし私が逆の立場だったら、私も手紙に長文の愚痴を書いていただろうから。
そんなことを考えていると、だんだん離婚という勝手な理由でエマのストレス解消を阻害している現状が、何だか申し訳無い気持ちになってきた。
そして今の私はジゼルではなくジェフだけれど、エマの不満を聞く義務があるような気がしてきた。
「ジゼルがイライラの一因だとして、エマお嬢様のそもそもの不満は何なのですか?」
「そんなことどうでもいいでしょ! 今日会ったばかりのあんたに言うわけがないじゃない!」
エマがベッドの上に置かれているぬいぐるみを私に投げつけてきた。またしてもさっきの口止めが台無しだ。
「考えてもみてください、エマお嬢様。今日会ったばかりの他人だからこそ言えることもあります。親族には言いにくいようなことでも、僕はたかが使用人です。しかもいつ辞めるとも分からない新人。ほら、悩みを言いやすいとは思いませんか?」
そう提案をしてみると、エマは私の意見に納得をしたようだった。
「確かに。あんたは、嫌になったら気軽にクビに出来る程度の新人の使用人だもんね。赤の他人にものすごく近い存在だわ」
「気軽にクビにされるのは困るのですが……」
「いいわ、話してあげる。でも絶対に他の人には言わないでよね!」
イライラの原因を話してくれるのは良いとして、選択を間違えたら私は使用人をクビにされるのだろうか。余計なことを言ってしまったかもしれない。




