●13
「おい、ジェフ。お前、仕事じゃなくてティータイムに誘われたのかよ」
「えっ!?」
勧められるままにスイーツを堪能してから草むしりの業務に戻ると、リッキー先輩が私の肩を揺さぶってきた。
「どうして」
「どうして知ってるかって? 見てたんだよ、フレッドと一緒に。椅子に座ってルーカス様と会話を楽しんでただろ!? あとめちゃくちゃ菓子食ってた!」
スイーツに夢中で全く気付かなかったけれど、リッキー先輩とフレッドさんはどこかから私たちの様子を見ていたらしい。
……私、変なことはしていなかった、よね? スイーツをがっついたこと以外は。
「座ってと言われたので座ったら紅茶が出てきて、会話が始まって、そのまま流されたと言いますか。食べていいと言われたのでクッキーを一つ食べたら歯止めが利かなくなったと言いますか」
「別にお前を非難してるわけじゃねえよ。ルーカス様がそれを望んだのなら、要求に応えるのが使用人だ……俺は貴族の紅茶なんて飲んだことねえのに羨ましい」
後半リッキー先輩の本音が駄々洩れになっていることには触れない方が良いのだろう。
「で、ルーカス様と何の話をしてたんだよ」
リッキー先輩が雑草を抜きながら尋ねてきた。これに私も雑草を抜きながら答える。
「共通の知り合いの話とエマお嬢様の話です」
「あー、エマお嬢様の件か」
エマお嬢様という単語を聞いたリッキー先輩は、途端に渋い顔をした。
エマのことを、名前を聞くだけで頭痛がするほどに厄介な相手だと思っているのだろう。
「エマお嬢様に関して何を言われたんだ?」
「最近エマお嬢様が荒れているから、エマお嬢様と年齢の近い僕がエマお嬢様の話し相手になってくれ、と。さっそく今日エマお嬢様のお部屋に伺おうと思っています」
「うっわあ。可哀想だな、お前」
リッキー先輩は本気で私に同情をしているようで、憐れな被害者に送るような視線を私に向けている。
でも憐れな被害者は大袈裟……だよね?
「その目は何ですか。エマお嬢様は病弱な箱入り娘ですよね?」
「お前は何も分かってねえ。エマお嬢様は病弱な箱入り娘じゃなくて、病弱なトラだ。弱ってても肉食獣なんだよ」
「トラとはまた大袈裟な」
「そんなことを言えるのは今のうちだけだぞ」
リッキー先輩が自身の腕を抱えながら身震いをした。
「肉食獣を相手に、使用人の俺たちは手を出すことを許されてねえんだ。ただひたすら肉食獣に蹂躙されるしかねえんだよ」
「そりゃあ仕える家のお嬢様に手を上げるなんてもっての外ですが……え、そんなに?」
リッキー先輩は、諦めろとばかりに私の肩に手を置いた。
「エマお嬢様の話し相手は、身体中傷だらけになる覚悟をした方が良いな。ああ、だからルーカス様は新人のお前に紅茶を振る舞ったのか。慰謝料代わりとして」
「あの……エマお嬢様に怪我を負わされた人が過去にいるのですか?」
この質問に、リッキー先輩は神妙な顔で頷いた。
「過去にいる、なんてもんじゃねえ。今日も明日も明後日も怪我を負う人間が現れるだろうな。エマお嬢様のせいで医務室に駆け込んだ侍女と使用人がこれまでに何人いると思ってる!?」
「医務室だなんて、ご冗談を。だってエマお嬢様は病弱なのですよ。たとえ気迫がトラだったとしても、身体はか弱いお嬢様ですよね?」
「…………」
「えっ、嘘ですよね?」
「…………」
その後もリッキー先輩は嘘だとは言ってくれず、無言で淡々と雑草を抜き続けていた。
* * *
尻込みをしていても仕方が無いということで、草むしりを早々に中断し、リッキー先輩と私はエマの部屋の前までやってきた。
リッキー先輩曰く、エマの部屋へ行くなら怪我の手当が上手な人が起きているうちが良い、とのことだ。
……やっぱり怪我は覚悟しておいた方が良いのかもしれない。
「失礼いたします。新人の使用人のご紹介に伺いました」
リッキー先輩が部屋のドアをノックしてそう言うと、すぐに部屋の中から大声が聞こえてきた。
「新人の紹介なんていらないわよ! どうせすぐに辞めるでしょ!」
そしてエマが何かをドアに投げつけたのだろう。ドアからバーンッという大きな音も聞こえてきた。
「……今日もご機嫌斜めみたいだな。出直すか?」
リッキー先輩が気まずそうな顔で聞いてきた。
確かにエマのことを知らなかったら出直そうと考えたかもしれないけれど、私はエマとは知らない仲ではない。エマが悩んでいるのなら、悩みを聞いて解決してあげたい。それが友人というものだ。
まあエマと友人なのはジェフではなくジゼルだけれど。
「出直したとしても、エマお嬢様はいつもこんな感じなのですよね?」
「ああ。最近、機嫌の良い日はねえそうだ」
リッキー先輩が小声で告げた。
エマはいつも機嫌が悪いと太鼓判を押された私は、リッキー先輩に代わってドアの前に立った。
「では、エマお嬢様。扉の外からのご挨拶で失礼いたします」
「あっ、おい!?」
私がエマに話しかけたことで、誰よりもリッキー先輩が慌てた。私が諦めて帰ると思っていたのかもしれない。
「初めまして、エマお嬢様。僕は新しく雇われたジェフと申します。エマお嬢様とは同じくらいの年齢だそうです」
「うるさいわよ。帰っ……あたしと同じくらいの年齢? って、どうでもいいわよ、そんなこと!」
また何かがドアにぶつかる音が響いてきた。しかも今度は何かが割れる音まで聞こえた。エマがドアに割れ物を投げつけたのだろう。
「早くどこかへ行って! あんたなんかどうでもいいわよ!」
しかしどうでもいいとは言うものの、先程ジェフとエマの年齢が近いことには興味を示していた。エマは使用人の言葉というだけですべてを無視するわけではないらしい。
ということは、エマが興味を示しそうな話題を振ったら、部屋に入れてくれるかもしれない。
「ルーカス様が、僕がエマお嬢様と同じくらいの年齢だと教えてくれたのです」
「お兄様が? そんなわけないでしょ! ただの新人の使用人相手にお兄様はお喋りの時間を取らないわよ! 当主の仕事でお忙しいんだから!」
「確かに僕はただの新人ですが、ルーカス様の知り合いが僕の知り合いでもありまして。そのご縁でルーカス様はお話をしてくださったのです」
「あんたの話なんか興味ないわ! いいから放っておいて!」
私の話に食いついたと思ったのに、興味ないと来たか。それなら次は、こうだ。
「実はその知り合いはエマお嬢様の知り合いでもあるのです」
「あたしの知り合い!? そんな人いないわよ! 嘘を言って取り入ろうとするなんて、汚い新人ね!」
この話題でエマが話を聞いてくれるかもしれないと思うのは、ただの自惚れかもしれない。だけど今の私に使えるカードは、これしかない。
「ご存じないですか。ジゼル・オルコット男爵令嬢のことを」
「…………」
すぐには返事が無かった。
しかしそのことが成功を物語っているとも言える。
本当にどうでもいいのなら、エマは怒鳴ったり物を投げたりして、私のことを追い返そうとするはずだから。




