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【完結】捨てられ令嬢と魔女の薬屋  作者: 竹間単


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12/41

●12


 翌日。今日も今日とて庭の掃除をしていると、使用人に声をかけられた。一昨日自己紹介をした際に名前を聞いたはずだけれど、彼女は何という名前だっただろうか。


「ジェフ、ルーカス様がお呼びです。テラスへ向かってください」


「僕ですか!?」


「ええ、あなたです。確かに伝えましたからね」


 名前を聞き直した方が良いかと考えていたけれど、使用人は用件だけを告げるとさっさと屋敷内に引っ込んでしまった。

 残された私は、リッキー先輩と顔を見合わせる。


「僕はどうして呼ばれたのでしょうか」


「テラスのテーブルが汚れてたんじゃねえか?」


「ええっ!? きちんと拭いたはずなのに!」


「冗談だって。俺もチェックしたから拭き残しは無いはずだ」


 リッキー先輩の言葉を聞いてホッとした。仕事が出来ていないから解雇、とでも言われるのかと思って焦ってしまったのだ。

 しかし、それなら私は何故呼ばれたのだろう。


「テラスに呼ばれるのは……ジェフにティーセットを運ばせるつもりかもな。粗相はするなよ」


 主人の食べ物に関わる仕事なんて、よく分からない新入りにさせるべきではない。もしかして私がこの機会に乗じて飲食物に毒を仕込まないかチェックをするつもりなのだろうか。


「あの、新人にティーセットを運ばせるでしょうか?」


「普通はそんなことはさせねえよ。ただジェフはルーカス様の知り合いなんだろ?」


「知り合いというか、知り合いの知り合いなので、ほぼ他人と言いますか……」


 私が困惑しながら言葉を紡ぐと、リッキー先輩が私の背中を力強く叩いた。


「うわっ!?」


「とにかく早く行ってこい。ルーカス様をお待たせするな!」


「は、はい!」


 私はその場で身体に付いた土を払うと、テラスへ向かって走り出した。





「やあ、ジェフ。そっちの席に掛けてくれるかな」


「えっと……?」


 急いで向かった私を待っていたのは、にこやかな表情で紅茶を飲むルーカス様だった。

 テーブルの上にはすでに様々なスイーツが並べられていて、成すべき仕事はもう無さそうに見える。


「どうかしたのかな」


「僕は仕事を任されるわけではないのですか?」


 ルーカス様とテーブルと近くに控える使用人に、忙しなく視線を移動させる私を見たルーカス様は、くすくすと笑い始めた。


「別に君に頼みたい仕事は無いよ。少し話がしたいだけだ。だから小動物のように怯えなくてもいい」


「小動物!? すみません。ルーカス様の前なのにあちこちを確認してしまって」


「別に怒っているわけじゃないよ。ただ小動物のようで可愛いと思っただけ」


「可愛い!?」


 思わぬ評価に顔が赤くなる。

 しかし現在の私は男のジェフなので、今の言葉は女性に対して言うような褒め言葉ではなく、文字通り私のことを小動物みたいだと感じただけなのだろう。


「さあ、座って」


「し、失礼いたします」


 再度促されたため、今度は素直に席に着く。すると目の前に私のための紅茶が運ばれてきた。

 紅茶は香り高く、私には香りだけで銘柄を言い当てることは出来ないけれど、高級品であることは間違いなく思えた。


「新入りの使用人にこんな良い紅茶はもったいないと思います」


「気にすることはないよ。それより急に呼び出して悪いね。仕事を教わっている最中だっただろう?」


「悪いなんて、滅相もございません。日常の業務も大切ですが、主人の命令が最優先ですから」


「ふふっ。私は優秀な使用人を手に入れたようだね」


 ルーカス様は自身の前に置かれた紅茶を一口飲むと、本題を切り出した。


「君の知っているジゼル嬢の話をもっと聞かせてほしくてね。どんなことでも構わないのだけれど、聞かせてくれるかな」


「僕の知っているジゼルの話……」


 当然私自身のことなのですべてを知っているけれど、気を付けて発言をする必要がある。

 ジゼルと遠縁の少年が知らないはずの情報を知っていることがバレると、余計なトラブルを招くかもしれない。

 ……と、その前に。実はずっと気になっていたことがあるのだ。


「ルーカス様はジゼルのことを、ラミレス元伯爵夫人とは呼ばないのですね?」


「ああ。私はジゼル嬢のことをラミレス伯爵と結婚する前から知っているからね。私にとって彼女はラミレス伯爵の妻ではなく、ジゼル・オルコット嬢なんだ。だから結婚を知ったときには、ずいぶん驚いたものだよ」


「結婚前から知っている……」


 エマと文通を始めるきっかけになった、あのパーティーのことだろうか。それともエマと友人になってからのことを指しているのだろうか。

 しかし伯爵邸でルーカス様とお茶をしたのはほんの短い時間だけだ。ルーカス様は仕事が忙しかったようだから。パーティーのときなんて、もっと短時間しか会話を交わしていない。

 それだけでラミレス元伯爵夫人と呼ばないものだろうか。

 もしかして捨てられた私に配慮して……いや、違う。ルーカス様は私が離婚する前も、ラミレス伯爵夫人とは呼んでいなかった。

 この件は気になるものの、ジェフの姿では突っ込んだことが聞けない。藪を突いて蛇を出すわけにはいかないからだ。


「実はジゼル嬢には妹との文通を頼んでいたのだけれど、重荷だと相談されたことはないかな? 大変なことをお願いしてしまったのではないかと心配だったんだ」


 私が一人で考えを巡らせている間に、ジゼルの呼び方の話は終わり、別の話題へと話が転がっていた。


「重荷だなんて! わた……ジゼルも、エマお嬢様との文通を楽しんでいました」


 これは本当のことだ。エマは外の世界のことを知りたがり、私の書いた手紙に興味を示してくれた。そのことが、私はとても嬉しかった。私が知っていることなんて、外の世界のほんの一握りの情報でしかなかったのに。


「それならいいのだけれど。しかし私が言うことでもないけれど、エマは少々ワガママだからジゼル嬢に無理をさせているのではないかと心配で」


「エマお嬢様のワガママなんて可愛いものですよ」


 私の言葉を聞いたルーカス様は、急に疲れたような溜息を吐いた。


「エマのワガママが可愛い……はあ。きっと君はまだ知らないからだよ」


 リッキー先輩の忠告でも思ったけれど、エマはジゼルに見せていた可愛いワガママではないものを、家では発揮しているのかもしれない。


「エマは最近荒れていてね。どうしたものか困っているんだ」


「荒れているとは、どういった風にですか?」


 恐る恐る尋ねると、ルーカス様はまた溜息を漏らした。


「侍女に怒鳴るわ物を投げるわで手が付けられないらしい。かと思えば自室で泣いていたりもして、わけが分からないんだ」


「それは……荒れていますね」


 そんな状態では、エマにどういう対処をするべきか迷うのも無理はない。ただワガママを言っているだけなら叱ればいいけれど、どうもエマはそれだけでは無さそうだ。


「……はあ。君はエマと同じくらいの年齢に見えるのに、ずいぶんと落ち着いているんだね」


「そうでしょうか」


 実際にジゼルはエマと年齢が近い。性転換薬で性別が変わっている今も、変わったのは性別だけで年齢は変わっていない。

 自分では落ち着いているつもりはないし、他の人にも特別そういったことを言われはしないけれど、子どもっぽいエマと比べると落ち着いて見えるのかもしれない。


「そうだ。君さえ良ければ、エマと話をしてみてくれないかな」


「エマお嬢様と?」


 なんだかデジャヴだ。ルーカス様にはジゼルの姿でもエマとの文通をお願いされたっけ。


「話し相手が出来れば、エマの機嫌も少しは直るかもしれないからね」


「かしこまりました。本日、エマお嬢様との会話を試みてみます」


 私の返事を聞いたルーカス様は、心底安心した様子だった。よほどエマのことが心配だったのだろう。


「ありがとう。助かるよ」


「お力になれるかは分かりませんが……頑張ってみます」


 そう言って私は出された紅茶を一口飲んでみた。ふわっと香る紅茶の香りが、私に貴族として生きていた頃を思い出させた。

 ……ほんの数日前のことだけれど。


「ジェフは幸せそうな顔で紅茶を飲むんだね」


「使用人になった僕にこのような紅茶を飲む機会が訪れるとは思いませんでしたので」


「そうか。ほら、クッキーも食べるといい」


「良いのですか!?」


 うっかり素が出てしまった。何を隠そう、私はかなりの甘党なのだ。

 ルーカス様は目を輝かせた私を見て、くすっと笑った。


「そんなに喜んでもらえたら、クッキーも喜びそうだね。全部食べても良いんだよ」


 ここで食べない方が使用人としては正解なのだろうか。しかしルーカス様はずっとニコニコとしていて、本心から食べていいと言っているように見えた。

 ……そう見えるのは、私がクッキーを食べたいと思っているからかもしれないけれど。

 恐る恐るクッキーに手を伸ばして、恐る恐る口へと運ぶ。口に入れた瞬間、クッキーのサクサク食感が舌を楽しませ、バターの濃厚な味わいが口の中に広がっていく。時折感じる歯応えはアーモンドだろう。程よい甘さの中にアーモンドの香ばしさが加わって、一口食べただけでこの世の幸せを独り占めしている気分になる。


「君は甘い物を差し出されたら、誰にでもついて行ってしまいそうだね」


 ハッと気づくと、ルーカス様が珍しいものを見る目で私の顔を見つめていた。


「すっ、すみません!」


「別に怒っているわけではないよ。ただ、町で他人にお菓子を貰っても、ついて行ってはいけないよ?」


 ルーカス様に、完全に子どもだと思われてしまったようだ。さすがに私でも町でお菓子を渡してきた人に着いて行ったりはしない……甘味に飢えていなければ。


「ほら、もっと食べなさい。私はお菓子をあげるからついて来いとは言わないからね」


「……はい。今たくさん食べて、町での誘惑には耐えます」


 私の言葉を聞いたルーカス様が、楽しそうにくすくすと笑った。




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