小話追加
ニコ視点です。
「いきなりシャリが行けば、厄介事に巻き込まれる可能性も否定出来ない。2人で下見に行ってはくれないか?」
つまり……シャリちゃんが行かなくて済む様に、何とかして来いって事ですねゴトルー殿。
どうやらシャリちゃんは2振りの剣からの、呼び声を聞き取ろうとするあまり、耳を澄ませ過ぎた。
それも剣の呼び声が悲しそうだと思っていたからか、悲しみの心をより強く感じる様になってしまったらしい。
感じる方向を地図と照らし合わせつつ考え、そしてシャリちゃんが思い出したのは、王宮にいた頃に届いた手紙の、差出人の1人だった。
ショウプ、王国全体で見ても、職は基本的に親から子へと受け継がれる。
だから教育が施されている地域でも、簡単な読み書きと計算しか教えられず、それが終わると将来就く職に合わせた教本が準備されていた。
魔女として忌まれていたシャリちゃんは、兄弟姉妹が勉強していたのを、こっそり聞きかじっていたけれど、子供達が教わるその基本も心許無いと言う。
それに毎日どんな風に教えているのかも見てみたいと、生徒として習いに行きたいと言い出した。
だが学校に来られるなら、薬草について教えて欲しいと村人達から懇願があって、先生として教壇に立つ事が決まり、シャリちゃんは張り切っていた。
せっかくシャリちゃんが変化していても喋れる様になり、猫の姿で先生をしようと動き始めたところだったのに。
教室に猫(しかもシャリちゃん)が居たら、子供は(特にアタシの場合)気も漫ろになって、勉強なんか手に付かなくなる。
というか、元の姿で授業したって全然問題ないと思うんだけど。
あっ! でもでもっ。
元の姿のシャリちゃんは、とっておきの秘密がイイわっ。
餓鬼んちょ共に見せるのは、勿体無さ過ぎる!
とは、シャリちゃんの意欲を削いでしまいそうで、口には出せなかった。
……まさかっ。
さぞや可愛い事間違いないシャリちゃんの猫先生姿を、アタシに一番に見させない為に、下見に行って来いとか言い出したんじゃないでしょうね、この糞上司っ?
疑惑浮上~。
ゴトルー殿はシャリちゃんと一緒にいる時といない時に、えっらい威圧感の差がある。
まぁ、ゴトルー殿はシャリちゃんにべた惚れだから、好きな人に嫌われない様、威圧感を抑えてるんだろうけどっ。
その温度差でターブ地方一帯を纏め上げたのだろうし、シャリちゃんを選んだ目には、感服もしている。
それに、生命の危険があった王宮からシャリちゃんを助け出し、ショウプへ連れて来てくれた事だけは、アタシも仕方なく感謝している。
まずゴトルー殿の花嫁だから、というのが先にあって、シャリちゃんはこの地でこうして過ごせ始めたのだし。
もちろん!
今はシャリちゃん自身が慕われているし、アタシがシャリちゃんと一番に会っていたら、どうだったかって、しょっちゅう妄想するけど。
せっかくこんなに生き生きしているのに、悲しみ恨みを向けられる人身御供役を、どうしてシャリちゃんが引き受けなくちゃいけないのっ?
だからシャリちゃんとの至福の時間を邪魔する、悲しみの元凶を何とかしろと、この糞上司が、シャリちゃんではなく、まずアタシとビスを行かせようとするのは……まぁ正しい選択か~。
それに他の誰でもないシャリちゃんが思い出したのだから、それなりの理由があるに違いないとは思う。
だけどアタシだって、シャリちゃんの側に居たい。
「でもここをアタシとビスが離れては、シャリちゃんの身が危険になるのではありませんか?」
なのでアタシは無駄と思いつつも、足掻いてみた。
するとゴトルー殿ではなく、魔剣が出しゃばって来た。
「我がおるのに、我が愛弟子を危険に晒すものか。この地域一帯は既に我の勢力範囲となっておる。新しく来たどんな余所者にも、愛弟子には決して意識を向けさせない。その様に人を惑わす事など、魔である我には容易い事よ」
何それ、何それ~っ?
「師はそんな事も出来るのですね、羨ましいです」
「うむ」
素直に感心してる場合じゃないよ、シャリちゃん!
もし魔剣がその気になったら、アタシはこんなに大好きなシャリちゃんに対して、何にも感じなくなっちゃうって事だ。
アタシが顔を顰めると、途端にシャリちゃんが申し訳ない様子で謝って来た。
「面倒事を押し付け様として、ごめんなさい。ゴトルー、やっぱり私が行くべきだと思う」
「しかし、シャリ……」
「待って待ってっ! 面倒臭そうだから、行く事を渋ってたわけじゃないの」
「シャリ様の身が保障されるなら、いくらでも行くぞ。シャリ様は行き帰りの間、ずっと変化し続けるつもりだろうが、それは辛い。少しは頼ってくれ」
「うんうん。そうだよ、シャリちゃん。アタシはシャリちゃんが大好きっ。もし何かあったら、聖剣を通して呼ぶから。そしたら来てね」
「……ありがとう、ニコ。お願いします、ビス。聖剣様」
「うん、任せといてっ」
ええ、渋ってるけどね!
シャリちゃんから離れたくなくて、渋ってますけどねっ!
でもシャリちゃんに、そんな顔はさせたくない。
それにアタシとビスに何とかして来いと押し付けて来てるのは、あくまでも糞上司でシャリちゃんじゃない。
行く理由はどうであれ、シャリちゃんが発端なら。
ゴトルー殿の指令が、シャリちゃんの願いに通じるなら、最終的にアタシは行く事を選択しちゃうのだ。
救いというべきか、差出人は人である事には間違いない。
とりあえず2振りの剣とか、けったいな物が待ち構えているわけではないのが、一安心だった。
でも王宮に手紙を出せるという事は、それだけきっと……。
「ちょっと聖。シャリちゃんはアタシ達を気にして、ず~っとこっちの様子を知ろうとして来るだろうけど、悲しませるような映像は、不具合を起こして配信しないでよ」
『心得ておりますとも、ニコ姫。それにしても、我が姫の方から話し掛けて下さるとは……』
「うんうん、話が早くて助かるわぁ」
聖剣が何か言って来てるけど、もう聞こえな~いっと。
そこはビスが適当に慰めといてくれるでしょう。
ずるい、ズルイ、狡い~~~~~~っ!
目的地に着いてみれば、差出人は自分だけ美女を侍らせ、数々の好きな物に囲まれていた。
例え奥さんを失った悲しみを埋める為だろうが、許せないっ。
しかもそんな差出人の変わり様に、魔女に魂を奪われてしまったのだ、という噂まで流れているのが全くもって信じられない。
あぁ、何だかもう。
「抜刀許可、殺ってよし。って、上司の命が下ったわ……」
「待て、早まるなっ。それは貴様の脳内にだけだ」
「ゴトルー殿なら、絶対に言ってる。だってそもそも、シャリちゃんが自分以外に心を向ける事自体、気に食わないんだから」
「それは……否定出来ん、が。とりあえず、落ち着けっ」
ごちゃごちゃ煩い、コイツは。
分かった分かった、ビスは大義名分が欲しいのね……っ?
アタシにとってはどうでもいい事だけど、ほ~らほら、ここに圧政を強いられてる領民がいっぱいよ~。
「確か騎士には上に訴える前に、領主を罰する事が出来るって特権があったような」
良いところの生まれらしいビスは、その大義名分がないってだけで、どれだけのコネを振り払っちゃったのやら。
あぁ、勿体無い。
今回はこうして大義名分を出してあげたんだから、もう殺る(?)しかないと思ってくれるはずっ。
人生、綺麗なばっかりじゃ駄目なのよ……フッ。
ところがアタシの予想に反して、ビスはらしくない事を言い出した。
「それはもはや過去の遺物だ。監査役で出向いたとしても、逆に袖の下を渡されて、癒着してしまうのがほとんどでだな」
「へ~ぇ。ビスでもそういう事、言うんだ?」
「う。とにかく殺しは止めとけ。シャリ様が悲しむぞ!」
「むむ!」
しかもトドメの一言来た!
確かにシャリちゃんなら、ご無体やり放題な差出人を見ても、悲しみに打ちひしがれているよりはマシだと、ホッとするかも知れない。
結局見れなかったからこそ、想像が膨らんだ猫先生なシャリちゃんを思い浮かべ、
「シャリちゃん大好きシャリちゃん大好き……」
ブツブツ。
心を落ち着かせる魔法をアタシは唱える。
「分かったわよ~、穏便に済ませればいいんでしょっ」
「愛は何物にも勝る、か。貴様のそんなところは好ましく思う」
「あら、アンタ。アタシの事が好きなわけ?」
「なっ、好ましいと言っただけだ。好ましい、とっ!」
「そっかそっか、知らなかったなぁ~ふ~ん。ほっほぅ」
「●×▽■△◎!!」
さぁ、お話合いに行きますか~。
結局、乱闘騒ぎにはならず。
良かった様な、消化不良の様な?
それどころか、すっごい恭しい態度で……。
感涙までされちゃって……。
「何か、随分アッサリ、これからは心を入れ替え真面目に働きます宣言したよね、差出人」
「……そうだな」
もしかして、実は役者ばりの演技で、口だけってやつ?
でもそれにしたってねぇ??
隣に視線を向けると、穏便に進める事を唆した本人の癖に、ビスも同じく不審がっていたらしい。
すると、聖剣が得意げに口を挟んで来る。
『ニコ姫。それは我が神々しいという名の、圧力を掛けました故』
「……へ?」
『あやつ等の目には、我が姫の御姿がさぞ輝かしく映っていた事でしょう』
複数形って事は、差出人だけに対してだけじゃなくて……。
「道理で簡単に中へも通してもらえたわけだな」
「アッサリ納得するな~っ!」
『力こそ正義です、我が姫よ。勝てば官軍と申します。無事に事を納めたと、シャリ姫はお喜び下さるでしょう。話の持っていき方如何では、ちょっとしたご褒美も』
……。
「……つ~ま~り~? ぎゅうしてもらえたり? あっ! アタシ、シャリちゃんの髪を櫛削りたいっ。それにそれにっ、前々から着てほしい服がっ! 圧力って、ステキ!! 良くやったわ、聖っっ」
聖剣に対するイメージ完全に、変わった~っ!
もしかして意外と仲良く、やってけそうじゃないアタシ達って!
アタシは初めて聖剣に笑い掛けた。
『お褒めに預かり恐悦至極』
「黒い、黒い奴等が、ここに……っ」
そんな風に、ビスは怖がってたけどねっ。