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文字サイズは、「極大」から、老眼に負けるもんか!  作者: 藤一


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夜のうちに、模様替え

寝る前、佐藤は歯を磨きながら、スマホの画面にふと目をやった。

【今すぐアップデートしますか?】

「ふむ。まあ、こういうのは、律儀に応じておくのが礼儀というものだろう」

特に深い意味もなく、佐藤は【はい】を押すと、スマホを枕元に置いて眠りについた。四十年、会社では「連絡は即レス」を信条にしてきた男である。機械からの「お願い」にも、つい真面目に応じてしまう性分だった。


翌朝。

いつも通り、佐藤は寝ぼけ眼でロックを解除した。

「……む?」

画面を見た瞬間、佐藤の眠気は一瞬で吹き飛んだ。

見慣れたはずのアイコンの配置が、まるごと変わっていたのだ。昨夜まで右下にあったはずのカメラのアイコンが、今は左上に。真ん中に鎮座していたはずの電話のアイコンは、影も形もない。

「な……なんだこれは!?」

慌てて指を滑らせ、隅々まで画面を探すが、見慣れたボタンがどこにも見当たらない。しかも、文字サイズ「極大」のせいで、新しいレイアウトの文字はさらにぎゅうぎゅうに詰め込まれ、いくつかのボタンは画面の外へと押し出されてしまっている。

「バカな……! 昨夜、誰かがこの部屋に忍び込んで、俺の寝ている隙にスマホの中を模様替えしていったというのか……!?」

佐藤は本気で身構えた。空き巣というものは、金品を盗むだけではないのか。まさか「空きスマホ」などという新手の犯罪があるとは。

震える指でスマホを握りしめ、佐藤はパジャマの上にジャケットを羽織ると、本日一番の早朝ダッシュで駆け込み寺へと向かった。


「あ、佐藤様! おはようございます……って、ずいぶんお早いですね」

まだ開店直後のショップで、鈴木店員が少し驚いた様子で出迎えた。

「鈴木くん……! 昨夜のうちに、何者かが俺のスマホに侵入し、勝手に模様替えをしていったんだ!」

佐藤は息を切らしながら、画面を突き出した。

「模様替え、でございますか?」

鈴木店員は画面をひと目見て、すぐに合点がいったようだった。

「佐藤様、これは昨夜、システムのアップデートを承諾されましたよね?」

「あ、ああ。礼儀として、応じておいたが……」

「実はこのアップデートで、アプリの配置や見た目が新しくなったんです。いわば、佐藤様の家に、新しい家具が届いたようなものなんですよ」

「か、家具……!? 俺の許可なく、勝手に運び込まれたということか!?」

「はい、そうなります」

佐藤は絶句した。

「……なぜ、夜中にコソコソとやるんだ! 模様替えなら、日中に堂々とやればいいだろう!」

鈴木店員は、いつもの崩れない笑顔で、静かに答えた。

「実はこれ、佐藤様のような、日中しっかりお仕事や趣味に集中されたい方のために、なるべくお休みになっている間に、そっと済ませるよう設計されているんです」

「……む。俺のため、だと……?」

「はい。もし日中に急に模様替えが始まったら、それこそ大変な騒ぎになってしまいますから」

言われてみれば、一理あるような気がしてくる。佐藤の怒りが、少しずつ勢いを失っていった。


「しかし……この文字の詰まり具合はどうにかならんのか。新しい家具の『配置図』自体が、画面からはみ出しているじゃないか」

佐藤が指し示したのは、文字サイズ「極大」のせいで隅に押し出された、いくつかの小さなアイコンだった。カメラも、電話も、たしかにそこに存在してはいるのだが、画面の外へと追いやられ、見切れてしまっている。

「ああ、これですね」

鈴木店員は慣れた手つきで、画面右下に佇む小さな『…(三点リーダー)』をタップした。シュッとメニューが立ち上がり、そこには行方不明になっていたアイコンたちが、行儀よく並んでいた。

「おお……! ここにいたのか!」

「はい。新しい家具も、結局はいつもの『秘密の小部屋』に集まってきているだけなんです」

佐藤は、すっかり見慣れたその仕組みに、どこか懐かしさすら覚えた。

「……ふっ、なるほどな。模様替えといっても、結局は同じ部屋の中の話だったわけか」

「まさにその通りです」

鈴木店員に軽く会釈をすると、佐藤はパジャマの上のジャケットを整えながら、朝の光の中をゆっくりと歩き出した。

「……今度から、アップデートの通知は、寝る前ではなく、朝一番に承諾することにしよう。少なくとも、心の準備というものがある」

その日の夜、佐藤は律儀にも【今すぐアップデートしますか?】の通知に対して、【あとで】のボタンを、生まれて初めて押すのだった。


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