相棒の沈黙と、深夜の充電
スマートウォッチを手に入れてから数日。
手首の相棒は「座りすぎ」を教えてくれたり、歩数をカウントしてくれたりと、佐藤の健康管理に八面六猛の活躍を見せていた。
「ふむ……今日も我が相棒はすこぶる健やかだな」
佐藤にとって時計とは、一度購入すれば何年も電池交換なしで動き続けるのが当たり前であった。四十年間愛用しているネジ巻き式の腕時計や掛け時計と同じ感覚で、スマートウォッチを一度も手首から外すことなく過ごしていたのだ。
そして、運命の日の朝が訪れた。
目を覚ました佐藤は、いつものように左手首に視線を落とした。
「む……?」
画面が、真っ暗だった。
トントン、と指で叩いてみる。何の反応もない。
サイドのボタンを長押ししてみる。青い光すら灯らない。
昨日まであんなに元気に「歩きすぎです」「立ち上がりましょう」と語りかけてきた相棒が、冷たく、静まり返っていた。
「あ……相棒……!?」
佐藤の顔から一瞬で血の気が引いた。
老眼鏡をかけ直し、震える手で何度も画面をさすってみるが、黒いガラス画面は佐藤の悲痛な表情を虚しく映し出すだけだった。
「嘘だろ……昨日まであんなに元気だったではないか……! 俺の腕で、一体何が起きたというのだ!?」
突然訪れた相棒の死。
絶望感に打ちひしがれた佐藤は、相棒を愛おしそうに胸に抱きかかえ、半泣きになりながらスマホショップへと疾走した。
「す、鈴木くん……! 逝ってしまった……! 我が相棒が、逝ってしまったのだ……!」
開店直後のショップに飛び込んできた佐藤。その悲壮感あふれる表情に、鈴木店員は息をのんだ。
「さ、佐藤様!? 一体誰が逝ってしまわれたんですか!?」
佐藤は震える手で左手首を差し出した。そこには真っ黒な画面のまま沈黙するスマートウォッチがあった。
「何も言わんのだ……! 朝起きたら、急に呼吸を止めていて……! 俺が何か悪いことでもしたのだろうか!?」
鈴木店員は佐藤の差し出したスマートウォッチをじっと見つめ、一瞬で状況を把握した。そして、ホッと安堵の息を漏らすと、優しく微笑んだ。
「佐藤様、ご安心ください。相棒さんは逝っていませんよ。ただ『お腹が空いて倒れているだけ』です!」
「な……お腹が空いている……!?」
佐藤は目を丸くした。鈴木店員はカウンターの引き出しから、小さな丸い充電器を取り出し、スマートウォッチの裏側にピタッとくっつけた。
すると、次の瞬間。
ピコンッ!
真っ暗だった画面に大きなバッテリーのマークが浮かび上がり、緑色の光が灯った。
「う、動いたアッ! 相棒が息を吹き返したぞ!」
佐藤は歓声をあげ、カウンターに身を乗り出した。
「鈴木くん! 一体どんな魔法を使ったのだ!?」
「魔法ではありませんよ! 佐藤様、スマートウォッチは普通の腕時計と違って、スマホと同じように『毎日か数日に一度、充電(電気の補給)』が必要なんです」
「な、なに……!? 毎日充電だと!?」
「はい! 中で小さなパソコンがずっと動いているようなものですから、電気をたくさん使うんです。ご飯(充電)をあげないと、こうして眠ってしまうんですよ」
それを聞いた佐藤は、ハッと自分の無知を恥じ入るように頭を抱えた。
「そうだったのか……! 俺は相棒に働かせるだけ働かせて、数日間も一粒の電気すら与えていなかったというのか……! なんという不覚……! これではブラック企業の悪徳社長と同じではないか!」
「ははは、そこまで自分を責めなくても大丈夫です! みなさん最初は充電するのを忘れがちですから!」
鈴木店員に教わりながら、佐藤は充電コードを愛おしそうになでた。
「そうか……夜、俺が寝る時には、お前もこの床(充電器)で静かに飯を食って眠るのだな」
「はい! お風呂に入る時や寝る時に充電器にセットしておけば、毎朝元気に復活してくれますよ!」
胸のつかえが降りた佐藤は、緑色の充電マークを眩しそうに見つめながら、深々と頭を下げた。
「すまんかったな相棒……。これからは毎晩、腹いっぱい電気を食わせてやるからな」
充電という新たな概念を学んだ佐藤は、すっかり元気を取戻し、相棒を大事に持ち帰るのだった。




