手首の警告と, 生真面目な没頭
相棒を呼び出す魔法の相棒——スマートウォッチを手に入れた佐藤は、さっそくそれを左手首に装着し、日々の生活を送っていた。
この手首の機械は優れものであった。歩数や心拍数、さらには睡眠の質まで、佐藤の体の情報がリアルタイムでスマホアプリへと蓄積されていく。
「ほう……! 俺が庭で黒松の手入れをしている間も、相棒は休むことなく俺の生命活動を記録しているのか。実に健気な奴だ」
そんなある日の午後。佐藤は居間の机に向かい、真剣な面持ちでペンを握りしめていた。三井の斉藤に教わった通り、スマホの画面では見切れてしまう「株の板(気配値)」を、大きな手書きの文字で紙に書き写す作業に没頭していたのだ。
「むむ……この価格帯に買い注文が集中しているな。次の売り注文の山は……よし、ここも書き写しておこう」
相場の動きを読み解くため、佐藤は老眼鏡の奥の目をギラつかせ、何時間も同じ姿勢のまま机に張り付いていた。
その時だった。
ブルブルッ、ブルブルッ!
突如として、左手首のスマートウォッチが激しく振動した。
驚いた佐藤が画面を見ると、小さな人のイラストと共に、極大文字の通知が浮かび上がっていた。
【1時間以上座り続けています。そろそろ立ち上がって体を動かしましょう!】
「うわあああっ!?」
佐藤は思わずペンを投げ出し、椅子から跳び起きた。
「な……なんだ!? 相棒が急に震え出し、俺に『立て』と命令してきたぞ! 立ち上がれだと!?」
周囲を見回すが、当然誰もいない。佐藤は冷や汗をかきながら手首の画面を凝視した。
「俺が株の板づくりに没頭して一時間動いていないことを、なぜこの機械が知っているのだ!? もしかして……俺の集中力を計測し、怠惰を監視しているのか!?」
「座りっぱなしは体に毒だ」という機械の親切なアドバイスを、生真面目すぎる佐藤は「相棒からの厳しい喝」として受け止めてしまったのだ。
「いかん……! 相棒に怒られた! だが、なぜ手首の機械が俺の行動を指示してくるのだ!? ハッキングか、それとも相棒が意思を持ったのか!?」
パニックになった佐藤は、立ち上がった勢いのままスマホショップへとダッシュした。
「す、鈴木くん! 大変だ! 手首の相棒が俺を監視している!」
息を切らして店に飛び込んできた佐藤。左手首を突き出し、悲鳴のような声をあげた。
「佐藤様!? 一体どうされたんですか!?」
「机で株の板を書き写していたらだな、手首が激しく震えて『立て! 動け!』と小言を言ってきたのだ! 俺がじっとしていたことを、なぜこの機械が知っている!? まさかカメラでも仕込まれているのか!?」
鈴木店員は手首の画面を確認すると、ほっと胸を撫で下ろして柔らかく微笑んだ。
「佐藤様、ご安心ください! これは『スタンドリマインダー』という健康管理の機能です!」
「すたんど……りまいんだー?」
「はい! 座りっぱなしの状態が長く続くと、血流が悪くなって体に良くないんです。だからスマートウォッチが『佐藤様、そろそろ少し体をほぐしましょう』と、優しく教えてくれているんですよ」
「なに……? 監視でも怒られているのでもなく……俺の体を気遣ってくれていたのか?」
「もちろんです! 内蔵されているセンサーが体の動きを感知して、佐藤様が長時間座っているのを察知したんです。ハッキングでもカメラでもありませんよ」
佐藤はハッと目を丸くし、おそるおそる左手首のスマートウォッチを見つめた。
「そうか……。俺があまりにも集中して動かないものだから、心配して声をかけてくれたというわけか……」
「はい! むしろ佐藤様の健康を守る、最高の相棒じゃないですか」
鈴木店員の言葉に、佐藤の目頭がじんと熱くなった。
「うむ……。機械のくせに、この俺の体を気遣うとは……健気な奴だ。黒松の剪定や散歩の時は何も言わんのに、板づくりで固まっている時だけ教えてくれるとはな」
佐藤は照れくさそうに鼻の下を伸ばすと、左手首を愛おしそうになでた。
「分かったよ相棒。これからはお前に怒られんよう、一時間に一度は立ち上がって深呼吸をすることにしよう」
相棒との絆をさらに深めた佐藤は、背筋をピシッと伸ばし、誇らしげな足取りで自宅へと帰っていくのだった。




