最強の盾、生真面目
月末の通信制限も明け、スマホの電波が無事に復旧したある日の午後。
自宅の居間で黒松の手入れをしていた佐藤のスマホが、けたたましく鳴り響いた。
画面を見ると、見覚えのない番号が表示されている。
「ぬ……? 未登録の番号か。だが、万が一何かの連絡なら無視するわけにはいかん」
老眼鏡をかけて応答ボタンをタップし、耳にあてた。
『もしもし、佐藤様のお電話で間違いございませんか? こちら〇〇警察署の防犯課でございます。実はあなたの口座が犯罪に利用されておりまして、このままですと資産が差し押さえられます』
受話器の向こうから、焦りを誘うような男の鋭い声が響いた。
普通の人間ならパニックになるところだが、生真面目な佐藤の脳内スイッチが入ったのは、まったく別のベクトルだった。
「ほう、警察の防犯課とな。しかし君、不審だな。〇〇警察署の固定電話ではなく、なぜ携帯電話のような番号からかけてきているのだ? 予算の関係かね? それとも防犯課独自の緊急回線か?」
『え……あ、いや、これは捜査用の特別な回線でして! それより佐藤さん、今すぐ指定する口座に一時的に資産を避難させないと、金融庁から口座が凍結されますよ!』
「なに、金融庁? 待ちなさい」
佐藤はテーブルの上のノートを広げ、ボールペンを握りしめた。
「金融庁のどの部署の、誰の指示だ? 凍結の根拠となる法律の第何条に該当するのかね? そもそも警察署の君が、金融庁の管轄する口座に対して直接的に差し押さえ命令を出す手続きのフロー(手順)はどうなっているのだ? 構造を理解できるように、一から分かりやすく説明してくれたまえ」
『は? いや、だから、今すぐ手続きしないと手遅れに……』
「急かすのではない! 構造が分からんものに金を動かせるわけがないだろう! 四十年会社員をやっていた俺に、曖昧な指示は通用せんぞ! まず君の所属と名前、そして警察手帳の番号を言いたまえ。メモするからゆっくりだ」
『いや、あの、手帳の番号はちょっと……』
「なぜ言えんのだ! 警察官が身元を明かさん理由が分からん! 警察法においてどのような規定があるのかね!? 答えなさい!」
電話の向こうで、男の焦ったような溜息と、小声で「……チッ、なんだこのジジイ、話が通じねえ……」という呟きが聞こえた。
「む? 今『話が通じねえ』と言ったか!? 通じないのではない、君の説明に論理性がないのだ! 聞いているのか、警察官!」
ガチャッ、ツーツーツー……。
「……む? 切れたぞ? まだ説明の途中だというのに、なんと失礼な警察官だ」
佐藤は不満そうに首をひねりながら、手帳を閉じた。
その足でいつものスマホショップへ向かった佐藤は、カウンターの鈴木店員にさっそく事の顛末を報告した。
「鈴木くん、聞いてくれ。今日、警察を名乗る男から電話があってね。俺の口座が不穏だと言うから、手続きの法律的根拠と警察官の手帳番号を詰めて質問したのだよ。そうしたら、説明を投げ出して途中で電話を切りおった。最近の警察官は教育がなっておらん!」
鈴木店員は目を丸くして佐藤の話を聞いていたが、途中で「あっ……」と顔を青くした。
「さ、佐藤様! それ……完全に『特殊詐欺(詐欺電話)』ですよ!」
「なに……!? 詐欺とな!?」
「はい! 警察や金融庁を騙ってお金を振り込ませる、典型的な詐欺の手口です! よくお金を取られずに済みましたね……!」
佐藤は眉をひねり、腕を組んだ。
「ふむ……あれが噂の詐欺電話か。金を奪うどころか、俺の『根掘り葉掘り質問』に嫌気が差して逃げ出したというわけだな」
「逃げ出したどころの騒ぎじゃないですよ! 相手も『絶対に騙せない頑丈すぎる壁』にぶち当たって降参したんです! 佐藤様の真面目さと『理屈が分からないと動かない性格』が、最強の防犯セキュリティになってます!」
鈴木店員が感服したように拍手を送ると、佐藤は照れくさそうに鼻の下を伸ばし、胸をドスンと叩いた。
「ははは! なあに、構造が分からんものには一歩も引かんだけのことよ! どんなハッカーや詐欺師が来ようと、俺の『なぜだ?』の問い攻めからは逃げられんのだ!」
詐欺電話すらも生真面目さで撃退してしまった佐藤は、誇らしげに胸を張り、満足そうにショップを後にするのだった。




