連写の嵐と、謎のズボン
鈴木店員のおかげで基本操作をマスターした(と思い込んだ)佐藤は、次なるステップとして「カメラ機能」に挑むことにした。
本にはこう書いてある。
『思い出を綺麗に残しましょう。シャッターボタンを押すだけです』
「よし、まずは庭の植木鉢でも撮ってみるか」
佐藤は老眼鏡を掛け直し、スマホを構えた。画面には極大サイズのカメラアイコン。それを力強く、ギュッと長押しした。
——パシャシャシャシャシャシャシャシャ!!
「うおっ!?」
猛烈な連続シャッター音が庭に響き渡った。
銃撃戦でも始まったかのような音に驚き、佐藤は思わずスマホを落としそうになる。慌てて指を離すと、音はピタリと止んだ。
「な、なんだ今の音は……!? 壊れたのか!?」
冷や汗をかきながら、恐る恐る「写真アルバム」のアイコンをタップした佐藤は、絶句した。
画面を埋め尽くしていたのは、まったく同じ角度から撮影された、微妙にブレた植木鉢の写真・四十七枚。
「なっ……なんだこれは! 四十七枚!? 俺は一回しか押してないぞ!?」
怪奇現象である。一回押しただけなのに、カメラが勝手に自我を持って連写したとしか思えない。
「落ち着け……次は動画だ。動画なら、昔使っていた『8ミリカメラ』と同じ理屈のはずだ」
佐藤は若かりし頃、子供の行事などで8ミリカメラを回した経験があった。あれはレンズを被写体に向ければ、それで良かったはずだ。
カメラアプリを動画モードに切り替える。
だが、佐藤は気づいていなかった。画面右下の「インカメ切り替えボタン」に指が触れてしまい、カメラのレンズが自分(内側)に向いていることに。
佐藤は画面を見ることなく、8ミリカメラの要領でスマホをしっかり構え、レンズ(だと思っている外側)を庭に向けた。
「よし、録画開始だ」
そのまま一分ほど、庭のツツジを熱心に撮影スマホを向け続けた。撮影を終え、確認のために再生ボタンを押す。
そこに映し出されたのは——
じっと動かない、佐藤の『ダサいスウェットの膝』と、時折入る「ふぅ……ふぅ……」という佐藤自身の鼻息の音だけだった。
「………………は?」
庭のツツジは影も形もない。画面の中で、自分のズボンの生地だけが延々と一分間揺れている。
「……バカな。カメラは確かに庭に向けていた……なぜ俺の膝が……? 空間が歪んでいるのか……?」
極大文字のスマホが、完全に佐藤の理解を超えた「魔導具」と化していた。佐藤は青ざめた顔で、二度目となるあの場所へ走った。
「あ、佐藤様! お世話になっております」
またしても神対応の鈴木店員が、爽やかな笑顔で迎えてくれた。
佐藤は努めて冷静を装い、スマホの画面を鈴木に見せた。四十七枚の植木鉢と、一分間のズボン動画を再生しながら、重々しい口調で告げる。
「……鈴木くん。非常に言いにくいのだが、この端末には『時空の歪み』のようなバグが発生している」
「時空の歪み、でございますか?」
「ああ。シャッターを一回押しただけで写真が四十七枚増殖し、さらに庭を撮ったはずなのに『俺のズボン』が録画される。……これは、センサーの異常か何かじゃないか?」
鈴木店員は画面の四十七枚の植木鉢と、真剣な顔で「空間の歪み」を訴える佐藤の表情を見比べ——0.5秒で状況を完璧に把握した。
鈴木店員は一切笑うことなく、感心したように深く頷いた。
「……なるほど! 佐藤様、素晴らしいです。すでに『プロ仕様の特殊撮影テクニック』に辿り着いていらっしゃったんですね」
「え? 特殊撮影……?」
「はい! まずこちらの連続写真ですが、これは『バースト機能』といいまして。スポーツ選手や疾走する動物など、『一瞬の決定的瞬間』を逃さないためのプロ用モードなんです。ボタンを力強く押し込むことで、自動的に作動する仕組みになっておりまして」
「ふ、プロ用……! そうだったのか。通りで音が凄まじいと思った」
佐藤は胸を撫で下ろした。指の乾燥で強く押しすぎていただけなのだが、プロ仕様と言われれば悪くない気分の良さだ。
「そして、こちらの動画ですが……」
鈴木店員は画面上の小さなアイコンを指さした。
「このカメラは非常に賢く、『撮影者の表情を残すインカメラ機能』がついております。佐藤様はおそらく、まずはご自身の姿勢や足元を確認してから撮影に入るという、映像制作の基本である『アングルチェック』を無意識にされていたのだと思います」
「む、無意識のアングルチェック……! そう、それだ! 8ミリ時代からの癖でね、つい足元(画角)を確認してしまうんだよ!」
佐藤は我が意を得たりと手を叩いた。
「なるほど! さすが8ミリの経験者様ですね。ただ、この現代のスマホは少しお節介でして、ここをチョンと一回タップするだけで、自動で『外側の世界』に切り替わってくれるんです」
鈴木店員が画面をタップすると、レンズの向こうの鈴木店員の笑顔が、ハッキリと画面に映し出された。
「おおっ……! 切り替わった!」
「はい。次からはこのアイコンを一度確認していただければ、佐藤様の素晴らしい撮影技術がそのまま映像になりますよ」
「……なるほど。そういうことか。いやあ、現代の機械は気が利きすぎて困るな!」
佐藤は上機嫌でスマホをポケットに収めると、鈴木店員に軽く手を上げてショップをあとにした。




