棚の前のヒント
値動きの波に揺られ、「ただアプリの数字を待つだけ」の運用にどこかもどかしさを感じていた佐藤は、いつもの書店のシニアコーナーへ足を運んでいた。
書棚の整理をしていた渡辺は、佐藤が少し浮かない顔で本を眺めているのに気づき、ていねいに声をかけた。
「佐藤様、いらっしゃいませ。本日もお勉強ですか?」
佐藤は老眼鏡の位置をキュッと直し、カウンター越しに小さく息を吐いた。
「いや、渡辺さん。画面の数字が上下するのをじっと待つだけというのは、どうも俺の性に合わんのだ。四十年間、働いた分だけ確実な対価を得てきた身としては、ただ待つのは運任せのように思えてしまってね」
渡辺は佐藤の生真面目な悩みを理解し、微笑みながら一冊の雑誌を指さした。
「なるほど……。お仕事をしっかりされてきた佐藤様だからこそ、そう感じられるのですね。では佐藤様、『株主優待』や『配当金』という仕組みはご存じですか?」
「うゆ……優待? 配当?」
「はい。単に画面の数字(株価)の上下を待つだけではなく、企業を応援して株主になることで、そのお礼として『自社製品』や『現金(配当)』が定期的に届く仕組みなんです。例えば、佐藤様が普段使われている園芸用品や文具のメーカーなどでも、そういったお礼を用意している企業がたくさんあるんですよ」
佐藤の目が、老眼鏡の奥で一瞬で爛々と輝いた。
「なに……!? 企業の株を持つと、自宅にお礼の品や配当が届くのか!?」
「ええ。値動きの数字は日々変わりますが、優待や配当は『企業を応援したことに対する確実な実利』です。これを目的に、ご自身の意志で応援したい会社を選ぶ方も多いんですよ」
佐藤は膝をポンと叩いた。
「これだ……! これこそが俺の求めていた理屈だ! 単なる数字のバクチではなく、応援した企業から確実な対価を受け取る! これなら運任せではなく、俺の選択と意志で投資ができるじゃないか!」
渡辺は客に対する礼儀正しい笑顔で、静かに頷いた。
「佐藤様の『応援したい』というお気持ちにぴったりの方法だと思いますよ」
「うむ、良いヒントをもらったよ、渡辺さん! 感謝する!」
きちんとお礼を言い、力強い足取りで店を出ていく佐藤の後ろ姿を、渡辺は店員として温かく見送るのだった。




