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文字サイズは、「極大」から、老眼に負けるもんか!  作者: 藤一


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なるようになるさ、成行注文

数日後。渡辺が勤める書店のシニア向けコーナーで棚卸しをしていると、聞き覚えのある力強い足音が近づいてきた。

「渡辺さん、ちょっといいかね」

振り向くと、そこには胸を張り、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた佐藤が立っていた。

「あ、佐藤様! こんにちは。NISAのお勉強は進んでいらっしゃいますか?」

「ふふん……実はね、電磁金庫への資金移動が完了してね。さらに、30秒ごとに合言葉が変わるタイムマシンと、緊急脱出用の予備コードまで手帳に仕込んだのだよ」

渡辺は一瞬「タイムマシン……? 電磁金庫……?」と頭の上にハテナを浮かべたが、すぐに(また鈴木くんと斎藤さんが素敵な言葉で説明してくれたのね……!)と察し、プロの微笑みを向けた。

「まあ! それは凄まじいセキュリティですね! これで安心してお金が増やせますね」

すると佐藤は、老眼鏡の位置をキュッと直し、さらにドヤ顔を深めた。

「いやいや、渡辺さん。増やすのはまだ先の話だよ。俺ほどの男になると、まずは『入金しただけの状態』をじっくり楽しむのだ。金がそこにあるという事実だけで、今は十分だからね」

渡辺は思わずパチパチと瞬きをした。

(お金を入れて、何も買わずにドヤ顔しに来たの……!? 可愛いおじさんすぎるでしょ……!)

心の中で吹き出しそうになるのを必死にこらえ、渡辺は感心したようにうなずいた。

「さすが佐藤様! まずは焦らず、じっくり構えるのが本物の投資家ですね!」

「うむ。ところで渡辺さん、本に書いてあるこの『成行なりゆき』という注文方法は、どういう意味なのだ?」

佐藤が指さした『NISA入門』のページには、【株を買うときは『指値』と『成行』があります】と書かれていた。

渡辺は棚卸しの手を止め、わかりやすく説明した。

「ああ、『成行』ですね! これは『値段はいくらでもいいから、とにかく今すぐ買いたい!』というときに、市場の成り行きに任せて買う注文方法ですよ」

「市場の……成り行き……!?」

佐藤の目が輝いた。

「成り行きに任せる……つまり、『なるようになるさ』ということだな!」

「えっ? あ、まあ、捉え方によってはそうかもしれませんが……」

佐藤は大きく頷き、自分の胸をドスンと叩いた。

「素晴らしい言葉じゃないか! 会社員生活四十年、俺はいつだって理不尽な異動や無茶ぶりに直面してきた。だが最後はいつだって『なるようになるさ』と腹を括って乗り越えてきたのだ! これこそが、俺の人生哲学そのものだ!」

「人生哲学……!」

「うむ! 自分の哲学に通じる注文方法があるとはな。俺が買い注文を出すときは、すべてこの『成行』にするぞ!」

(値段を指定しないから、思ったより高値で買っちゃう危険もあるんだけど……まあ斎藤さんが窓口でうまく手伝ってくれるわね!)

渡辺は佐藤の熱い思いを遮る野暮なことはせず、温かい目で見守ることにした。

「佐藤様の人生訓がこもった『成行』ですね! きっと黒松のように力強い運用になりますよ」

「ははは! 渡辺さん、君は本当に話がわかる人だ!」

大満足で胸を張り、風のように去っていく佐藤の後ろ姿を見送りながら、渡辺はふっと口元を緩めた。

その日の夕方、カフェで鈴木くんと顔を合わせた渡辺は、開口一番に笑い出した。

「ちょっと鈴木くん! あのおじさん、入金しただけでまだ何も買ってないのに『投資家の構え』ってドヤ顔で報告しに来たわよ! しかも『成行注文』を自分の人生哲学にしちゃって!」

鈴木くんは目を細めて、心底楽しそうに笑った。

「あはは! 佐藤様らしくて最高ですね! でも『なるようになるさ』って、画面の数字に一喜一憂しない一番大切な心得かもしれませんよ」

「本当にね。最初は画面が喋るだけでパニックになっていたおじさんが、今やタイムマシンと成り行きを味方につけてるんだから……」

二人はコーヒーカップを掲げ、迷走しながらもたくましく前進する佐藤の冒険に、静かに乾杯するのだった。

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