渡り廊下の、忘れ物
渡り廊下が架かった日の夜、佐藤は自宅の居間で意気揚々と入金ボタンを押し、「これで完了だ」と深く眠りについた。
そして翌朝。佐藤は目を覚ますなり、老眼鏡をかけて証券アプリを開いた。
「よしよし、いくら電磁金庫へ移動したかな……」
しかし、画面の残高表示を見た佐藤は固まった。
【買付可能額:0円】
「……は?」
何度も画面を指でこすり、更新してみる。だが、数字はピタリとゼロのままだ。
「バカな……! 昨夜、廊下は架かったはずだぞ!? なぜ金が移動していないんだ!? 盗まれたか……!? それとも渡り廊下に盗賊でも出たというのか!?」
昨夜の操作を思い返す。たしかに入金ボタンは押した。銀行を選ぶ画面も出た。だが、その後画面に『振込予約』という文字が出てきた際、佐藤はいつもの調子で「予約とは、後で自動的にやってくれるということだろう」と勝手に解釈し、そのままアプリを閉じてしまったのだ。
「まさか……あの廊下は、俺が自分で荷物を担いで渡り切らねば意味がなかったのか!?」
佐藤は青ざめた顔で三井の店舗へ駆け込んだ。
「斎藤くん! 大変だ! 廊下を通って金が移動していない! 電磁金庫が空っぽなんだ!」
息を切らして訴える佐藤に、斎藤は冷静に画面の取引履歴を確認し、深く頷いた。
「佐藤様、ご安心ください。これはお金が消えたのではなく、『振込予約』の段階で立ち止まっていらっしゃった状態です」
「立ち止まっていた……?」
「はい! 即時入金サービスは、最後に『銀行の画面から証券会社の画面へ戻る』という最後のステップを踏んで、初めて渡り廊下を渡り切る仕組みになっております。佐藤様は、廊下の途中で荷物を置いたまま引き返されていたんですね」
佐藤は腕を組み、しばし考え込んだ。
「……つまり、廊下は架かっていたが、俺が荷物を担いで最後まで歩いていなかった、ということか」
「まさにその通りでございます!」
「よし、やり方を教えてくれ。今度は俺の手で渡り切ってみせる」
斎藤のアドバイスを受けながら、佐藤は自分の指で慎重に最後の「加盟店画面へ戻る」というボタンをタップした。
画面がスッと切り替わり、極大文字で【入金が完了しました】の文字が現れる。
残高表示が、ドンと増えていた。
「……できた」
小さな声だったが、そこには確かな達成感があった。誰かに全てをやってもらうのではなく、自分で理屈を理解し、自分の指で解決した。佐藤の胸に、誇らしげな温かさが広がるのだった。




