開設通知と、斎藤の渡り廊下
数日後。佐藤のスマホに、大手証券会社から一通の通知(SMS)が届いた。
【口座開設手続きが完了いたしました。ログインしてご入金をお進めください】
「おお……! ついに電磁金庫が開いたか!」
佐藤は老眼鏡をキュッと直し、さっそく三井の証券アプリを起動した。
極大文字の画面に【入金する】というドデカいボタンが鎮座している。
「よし……これで退職金の一部を電磁金庫へ放り込めばいいのだな」
佐藤はルンルン気分で【入金する】をタップした。だが、次に現れた画面を見て、ピタリと手が止まった。
【連携する銀行口座を選択してください】
「……む?」
佐藤は首をかしげた。てっきり、窓口で振込用紙に判子を押すか、スマホに銀行の口座番号を打ち込めば即座に金が移動するものだと思っていたのだ。だが画面には、見たこともない「即時決済」やら「口座連携」やらというカタカナが並んでいる。
「おかしいな……俺の銀行口座から、どうやってこの電磁金庫へ金を運ぶのだ? 金を放り込む『穴』がどこにも見当たらんぞ!」
三十分ほどアプリの画面を突っつき回した佐藤だったが、画面がぐるぐると読み込みを繰り返すばかりで一向に進まない。
「だめだ……! お金や銀行のシステムが絡む話は、やはりプロに聞くのが一番安全だな」
佐藤は通帳とスマホを抱え、再び大手証券会社の店舗へ足を運んだ。
「あ、佐藤様! 口座開設の通知が届きましたね!」
受付で現れたのは、あの銀縁メガネの誠実な証券マン・斎藤だった。
佐藤はホッとした表情を浮かべ、ブースの椅子に腰掛けた。
「斎藤くん、来て正解だったよ。電磁金庫の扉は開いたのだがね、金を放り込む『入口』がどこにも見当たらんのだ。銀行の通帳はあるのに、金が壁にぶつかって入っていかない」
斎藤は佐藤のスマホ画面と通帳を見比べると、一切呆れることなく、深く感心したように頷いた。
「素晴らしいご指摘です、佐藤様! 実はこれ、『お金の入口』がないのではなく、まだ『銀行と証券会社という二つの金庫を繋ぐ、専用の渡り廊下』が架かっていない状態なんです」
「わ、渡り廊下……!?」
「はい! 銀行という金庫と、証券会社の電磁金庫。この二つは本来、まったく別の建物でございます。その間に『即時入金』という専用の空中廊下を架けて差し上げれば、一瞬でお金が行き来できるようになるんですよ」
佐藤はハッと手を打った。
「なるほど……! 建物が別々なのだから、廊下がなければ荷車を運べんわけか!」
「まさにその通りでございます! 金融機関同士の安全なネットワークを繋ぐお手続きですので、今ここで私と一緒に廊下を架けましょう」
斎藤の几帳面で安全なサポートのもと、銀行口座との連携手続きが進められていく。画面上に【口座連携が完了しました】の文字が浮かび上がった。
「おおっ……! 廊下が架かったぞ!」
「はい! これで佐藤様のお金は、いつでも安全に渡り廊下を通って電磁金庫へ移動できますよ!」
佐藤は胸を撫で下ろし、深く頷いた。
「助かった、斎藤くん。やはりお金の通り道は、君のように理屈がしっかりしたプロに立ち会ってもらうのが一番安心だな」
「恐縮でございます、佐藤様!」
満足げに鼻の下を伸ばした佐藤は、その日の夜、自宅の居間で意気揚々と入金ボタンを押し、「これで完了だ」と深く眠りについたのだった。
……しかし、佐藤はまだ知らなかった。
その渡り廊下に「重大な落とし穴」があることを——。




