窓口の斎藤と、消えた通帳
駅からほど近い大手証券会社の店舗。
自動ドアが開き、敷居の高さに一瞬気圧されそうになりながらも、佐藤は胸を張って受付へ向かった。
応対に現れたのは、ビシッと隙のないスーツに身を包み、銀縁メガネをかけた真面目そうな若い証券マンだった。
「いらっしゃいませ。本日はいかがされましたか?」
「うむ。NISAというものを始めたい。アプリでやろうとしたが、顔の明るさが足りんと言われたのでな、直接参上した」
「お顔の明るさでございますか……? あ、自撮りの本人確認ですね。お手数をおかけいたしました。私、資産運用ご相談窓口の『斎藤』と申します」
担当の斎藤は深々と一礼し、佐藤を個別相談ブースへと案内した。
「佐藤様、本日はNISA口座のご開設ですね。当店でしっかりと手続をお手伝いさせていただきます」
斎藤の手際よい案内で、紙の書類とタブレット端末を使い、口座開設の手続きが順調に進んでいく。鈴木店員が「陽」の優しさなら、この斎藤という男は「陰」の几帳面さと誠実さを完璧に備えていた。
「よし、これで口座は開いたのだな?」
「はい、書類の不備がなければ数日で開設完了となります。完了しましたら、こちらのアプリからいつでもご入金いただけますよ」
「……む?」
佐藤は首をかしげた。
「入金? 振込用紙や通帳はいつ届くのだ?」
「あ、NISA口座は『デジタル口座』となっておりますので、紙の通帳は発行されない仕組みになっております」
「……何?」
佐藤の動きが止まった。老眼鏡の位置をキュッと直し、斎藤を凝視する。
「紙の通帳がない……? では、俺が預けた退職金は、一体どこに存在するのだ? このスマホの画面の数字が消えたら、俺の金も無に帰すのではないか!?」
真剣そのものの目で詰め寄る佐藤。普通なら困惑する場面だが、真面目な斎藤は一切嫌な顔をせず、メガネの奥の目を輝かせて頷いた。
「素晴らしいご指摘です、佐藤様! 確かに目に見えないお金というのは、不安になられますよね」
「そ、そうだろう! 通帳があってこその金庫じゃないか!」
「ご安心ください! お預かりした佐藤様の大切なご資産は、目に見えないのではなく、『日本最高峰のセキュリティを備えた巨大な電磁金庫』の中で、24時間厳重に保管されております!」
「で、電磁金庫……?」
「はい! 紙の通帳は盗難や火災の危険がございますが、電磁金庫は燃えもせず、破られもしません。佐藤様のスマホはその巨大金庫の扉を開く『唯一の鍵』なのでございます!」
佐藤はハッと息を呑んだ。
(電磁金庫……! 燃えない金庫か!)
「そうか……紙の通帳など、火事になれば一瞬で灰だからな。電磁金庫の方がはるかに頑丈というわけか」
「まさにその通りでございます、佐藤様!」
斎藤の几帳面で隙のない説明に、佐藤の不安は一瞬で吹き飛んだ。
「ふっ……斎藤くんと言ったな。君はなかなか見込みがあるぞ。理屈がしっかりしている」
「恐縮でございます、佐藤様!」
無事に窓口での手続きを終え、佐藤は誇らしげに証券会社の店舗をあとにした。




