大手証券と、黒の重厚感
退職金の通知書が届いた日、佐藤は新聞の経済面を老眼鏡越しに睨みつけ、決意を固めた。
「これからは自分の金は自分で守る時代だ。NISAというやつを始めてみよう」
翌日、渡辺さんの書店で『完全網羅・NISA入門』という一番分厚い専門書を買い求めた佐藤。本にはネット証券大手の名前がズラリと並んでいたが、佐藤はそれらをフンと鼻で笑い捨てた。
「実体のないインターネットだけの会社など信用できるか。金を預けるなら、街にドッシリと店舗を構える三井のような大手証券に限る」
佐藤はさっそく、大手証券会社の公式アプリをダウンロードした。
極大文字の画面に【スマートフォンで口座開設】というボタンが躍る。
「どれどれ……画面の指示に従って写真を撮影してください、か」
マイナンバーカードをテーブルに置き、スマホのカメラをかざす。だが、文字サイズが「極大」になっている佐藤の画面では、撮影枠のガイド線が画面からはみ出し、カードの全体が画面に収まらない。
「むむ……? カードが入らんぞ。離せば小さくなり、近づければ枠からはみ出る。どういうことだ!」
さらに、本人確認のために「インカメラで自分の顔を撮影しろ」という指示が出た。
佐藤は画面に自分の顔を近づけ、真剣な顔でレンズを見つめた。すると画面に容赦ない警告文が表示される。
【周囲の明るさが足りません。もう少し明るい場所で撮影してください】
佐藤の顔がピキリと固まった。
「……な、なんだと? 『明るさが足りない』だと!? 俺の顔が暗いとでも言いたいのか! 無礼な機械め!」
画面相手に一人で激怒した佐藤は、スマホをポケットに押し込み、ドカドカと力強い足取りで家を出た。
「ええい、アプリなど知らん! 直接店舗の窓口へ行って、人間の担当者に口座を開かせれば済む話だ!」




