透明なメジャーと、歩行指導員
数日後。佐藤は庭の「自慢の黒松」の前に立っていた。
今度は『計測アプリ(AR定規)』と『ヘルスケア(歩数計)』のテストである。
『カメラを向けるだけで、物の長さを測定できます』
本の手順に従い、カメラを黒松の枝に向けた。画面上に「点と点」を結ぶ黄色い線が現れ、『35cm』と表示される。
「おお……! 画面の中で長さが測れるのか!」
感心した佐藤が、少し体勢を変えようと一歩踏み出した。すると、画面の中の黄色い線がビヨーンと伸び、数字が『150cm』へと跳ね上がった。
「なっ……!? 松の枝が急に伸びたぞ!?」
びっくりしてカメラを近づけると、今度は『5cm』に縮む。
「ば、バカな! スマホを向けた瞬間、黒松が伸びたり縮んだりしている! 空間が歪んでいるぞ!!」
さらに、そのときポケットの中でスマホがブブッと震えた。
画面を見ると、不気味な通知が届いている。
【本日の目標:10,000歩まであと8,000歩です。もう少し歩きましょう!】
「……な、なんだと!?」
佐藤は自分のポケットを二度見した。
「『もう少し歩きましょう』だと!? 俺の歩数をどこかで見ていたというのか!? 空間を歪めるだけでなく、俺のサボりまで監視する『歩行指導員』が潜んでいるというのか!!」
庭で一人パニックになった佐藤は、本日も「駆込み寺」へと猛ダッシュした。
「す、鈴木くん!! 黒松が画面の中で伸縮し、さらにスマホの中に俺の歩行を監視する指導員がいるんだ!!」
息を切らして叫ぶ佐藤に、鈴木店員は優しく微笑んだ。
「佐藤様、落ち着いてください。まず、黒松が伸び縮みしたように見えた件ですが……これは空間が歪んだのではありません」
「では何なんだ!?」
「スマホが『透明な光のメジャー』を伸ばし、黒松の立体感を必死に計算していたんです。佐藤様の芸術的な枝ぶりがあまりにも複雑だったため、メジャーが感動して伸縮してしまったんですよ」
「み、光のメジャーが感動して……?」
「はい! そして、こちらの歩行指導員とおっしゃる機能……これは監視ではありません。佐藤様専属の『パーソナルトレーナー』です!」
「トレーナー……?」
「ええ! 佐藤様の力強い一歩一歩の振動をポケット越しに感じ取り、『佐藤様、今日も健康のために一緒に歩きましょう!』と応援しているんです!」
佐藤はハッと息を呑んだ。
「応援……俺の健康を思っての言葉だったのか……?」
「もちろんです。佐藤様がいつまでも元気で黒松のお手入れができるよう、スマホも必死でサポートしているんですよ」
佐藤は胸ポケットのスマホをそっと撫でた。
「そうか……執事に英国紳士、光のメジャーにトレーナー……。この小さな板の中に、どれだけの仲間が詰まっているんだ」
「はい! 佐藤様の熱意に応えて、全員でサポートしております!」
すっかり感無量になった佐藤は、その帰り道、渡辺さんのいる書店へと向かった。




