スマホの中の執事と、謎の英語
マップ事件を乗り越え、佐藤は『使いこなし大全』の『アクセシビリティ・便利機能』のページに挑戦していた。
「どれどれ……『視覚や操作を補助する機能を設定してみましょう』か」
画面を指で探っていると、誤って『VoiceOver(画面読み上げ機能)』のスイッチに触れてしまった。
次の瞬間、スマホの画面から突如、淡々とした機械音声が鳴り響いた。
『ホーム画面。ダブルタップして開きます。選択中、時計』
「うおっ!?」
驚いた佐藤が慌てて画面をタップすると、スマホは容赦なく声を張り上げる。
『アイコン、拡大。選択中、メール。未読ゼロ件』
「な、なんだ!? 急に喋り出したぞ! 操作するたびにいちいち実況中継するな! うるさい!」
消そうとして画面を触るが、読み上げモードになっているため普通のタップが効かない。触るたびに「設定!」「選択中!」「ダブルタップ!」と機械音声が大音量で佐藤の操作を実況し続ける。
「ええい、黙れ! 恥ずかしいじゃないか! 俺がどこを押しているか近所に丸聞こえだ!」
冷や汗をかきながらスマホと格闘すること三十分。自力で消すのを諦めた佐藤は、実況音声を響かせながらスマホショップへとダッシュした。
『走っています。選択中、鈴木店員』——とは流石に言わなかったが、佐藤の顔は限界だった。
「あ、佐藤様!……えっ、画面が喋っていますね?」
「す、鈴木くん! こいつが俺の指の動きをいちいち大声で実況するんだ! 機械に監視されているみたいで腹が立つ! 黙らせてくれ!」
鈴木店員は画面を見てコンマ一秒で状況を理解すると、絶妙な感嘆の表情を浮かべた。
「……佐藤様! これは監視ではありません。『高級ホテルの執事モード』でございます!」
「し、執事……?」
「はい! ご主人様が今どこに指を置いているか、お目目を休められている間も分かるように、恭しく声でご案内しているんです。佐藤様のご貫禄に合わせた特別なサポート機能ですよ」
「む……? 執事、か。……まあ、そう言われれば聞こえなくもないが……」
「ですが、お静かな環境がお好きであれば、執事には少しお休みいただきましょう」
鈴木店員が素早くサイドボタンをトリプルクリックすると、実況音声はピタリと止まった。
「ふぅ……助かった。執事も時には空気を読んでほしいものだな」
気を取り直した佐藤は、ついでに気になっていた『翻訳アプリ』について鈴木に尋ねた。
「ところで鈴木くん、この翻訳というやつは、英語が話せない俺でも外国人と話せるのかね?」
「もちろんです! マイクに向かってお話しされるだけで、瞬時に英語にしてくれますよ。お試しになりますか?」
佐藤はマイクボタンを押し、気合いを入れて画面に向かって咳払いをひとつ。「コホン!」と咳き込み、「あー、これでいいのか?」と呟いた。
するとスマホは即座に、ネイティブな発音で喋り出した。
『Ahem! Ah, is this okay?』
「なっ……!? 今、俺の咳払いと独り言を完璧な英語で返しやがったぞ! 俺の日本語をバカにしているのか!?」
「バカになどしていません!」鈴木店員は身を乗り出した。「このAIは、佐藤様の重厚な発声と咳払いを『英国紳士の深みのある挨拶』と判断して、全力でエレガントな英語に変換したんです!」
「え、英国紳士の……挨拶……?」
「はい! 佐藤様の声には、国境を超える品格があるということですよ」
「ふ、ふっ……そうか。英国紳士か。なら、許すとしよう」
佐藤は鼻の下を伸ばし、照れくさそうに老眼鏡を直すのだった。




