極大の覚醒
「……でかすぎるだろ」
自室の机の上。佐藤は、電源を入れたばかりのスマホを前にぽつりと呟いた。
ショップの鈴木店員が「一目で要点が届く」と絶賛していた『超高視認性モード』。その威力は想像を絶していた。
画面上に並ぶアイコンは、まるで小学校の運動会の看板のように主張が激しい。文字サイズ「極大」の圧倒的な存在感の前に、佐藤の視界は巨大なひらがなで埋め尽くされていた。
きっかけは、昼間にガラケーへ掛かってきた同期の村松からの電話だった。
『お前、まだLINEやってないのか? 今度の定年慰労兼同窓会、連絡も写真共有も全部LINEのグループだぞ。お前だけ連絡つかなくて困ってたんだよ』
馬鹿にされたような気がして、「あー、ちょうど今スマホに乗り換えるところだ」と咄嗟に見栄を張ってしまった。
冷や汗をかきながら、鈴木店員に渡された「かんたんガイドブック」を片手に、プルプルと震える指先でアプリを導入する。格闘すること三十分、ようやくLINEというアプリを開くことに成功した。
村松から送られてきたグループへの招待通知。
画面を見る。
【昭和五十三年度卒業 】
【〇〇高校同窓会グループ】
【に参加しますか? 】
「……画面に、枠が収まってないじゃないか」
文字が大きすぎるせいで、たった三行の文章で画面がパンパンになっていた。
なんとかグループに参加し、恐る恐るタイムライン(というらしいもの)を覗き込んでみる。
そこには、自分と同じように定年を迎えるはずの同級生たちの「今」が並んでいた。
趣味のカメラで撮った見事な風景写真を載せているやつ。
自作の燻製料理の写真をアップして「今日の晩酌」と呟いているやつ。
みんな、画面の向こうで驚くほど活き活きと、現代を生きていた。
(俺は……なんだ?)
定年まであとわずか。会社では後輩に気を遣われ、家では一人で巨大なひらがなを眺めている。
ガラケーの液晶画面に閉じ込められていたのは、携帯の機能ではなく、自分自身の人生だったのではないか。
突如として、猛烈な焦りと孤独が佐藤の胸を締め付けた。
「このまま……ただ文字のデカい電話を持って、静かにジジイになって終わるのか……?」
虚しさに押し潰されそうになりながら、佐藤は適当に指を滑らせた。画面がぬるりと動き、標準装備されているニュースアプリが開く。
そこで、ひとつの記事が目に飛び込んできた。
『70歳で開花! スマホ1台で全国にファンを作る“シニア〇〇”の挑戦』
サムネイル画像には、白髪の男性が満面の笑みでスマホを掲げている姿があった。自分より一回りも年上に見えるその男の表情は、驚くほど若々しく、光に満ちていた。
佐藤は吸い寄せられるように、記事の本文をタップした。
『——最初は老眼で画面の文字すら読めませんでした。でも、文字を一番大きく設定して、指一本から始めたんです。画面がデカいなら、夢も大きく描けばいい。何歳からでも遅くないですよ』
ドクン、と心臓が跳ねた。
画面を大きくすればいい。
文字がデカいのは、老いへの敗北ではない。
「ここから見ろ」という、新しい世界からの手招きだったのだ。
佐藤はゆっくりと息を吐くと、胸ポケットから老眼鏡を取り出した。
もう、誰も見ていない。見栄を張る必要も、店員に気を遣う必要もない。
カチャリ、と音を立てて鼻の頭に眼鏡をセットする。
視界が急激にクリアになった。目の前には、相変わらずバカでかい文字で【検索】の二文字が鎮座している。
佐藤の目が、鋭く細められた。
「……上等だ。文字がデカいなら、できることもデカいはずだろ」
佐藤は人差し指を立てた。
老眼と、この巨大な液晶画面との、長い長い闘いの火蓋が切って落とされた瞬間だった。




