秘密の扉と、自慢の盆栽
無事に復元された「黒松」を前に、佐藤は机の前でひとり腕組みをしていた。
「ふふん……『…』は秘密の小部屋、だったな」
すっかり『…(3点リーダー)』の存在をマスターした佐藤は、勝利の余韻に浸りながら再び『使いこなし大全』を開いた。
次に挑むのは『写真の編集・トリミング』の項目だ。
『不要な背景をカットし、被写体を際立たせるテクニックです』
「なに? 写真を切り抜くだけで、さらに見栄えが良くなるのか」
佐藤はさっそく、愛機の黒松の写真を開いた。
本には「編集ボタンを押すと、トリミングのアイコンが出ます」とある。だが、画面をいくら探しても、そのアイコンは見当たらない。
以前の佐藤なら、ここで「本が追いついていない!」とパニックになっていただろう。
しかし、今の佐藤は違う。
「フッ……甘いな。俺を試しているつもりか?」
老眼鏡をキュッと押し上げ、佐藤の目がギラリと光った。
画面の右上に佇む、小さな『…』。
迷わず指先でチョンとタップする。
シュッと立ち上がったメニューの中に、隠されていた【編集】の二文字が現れた。
「勝った……!」
ニヤリと口元を緩めた佐藤は、本の解説通りに画面の枠線を指でグッと狭めていった。余計な庭の背景が削り取られ、黒松の力強い幹と緑だけが、画面いっぱいにズームアップされる。
【保存】をタップ。
「おおおおお……!!」
そこにあったのは、まるでプロのカメラマンが写真集用に撮影したかのような、完璧な一コマだった。黒松の凛とした佇まいが、極大画面の迫力と相まって圧倒的な存在感を放っている。
「すごい……! これはすごいぞ!」
一度コツを掴んだ佐藤の勢いは止まらない。
調子に乗った佐藤は、編集メニューにあった『スタンプ』や『文字入れ』機能にも手を伸ばした。
格闘すること二十分。
完成したのは、黒松の横に金色の極太文字で『至高』と刻まれ、さらにその周りを色鮮やかな『キラキラのスタンプ』でデコレーションされた、情熱の集大成だった。
「完璧だ……! まさに芸術だ……!」
自室で一人、スマホを掲げて自画自賛する佐藤。
しかし、達成感が頂点に達したその瞬間、ふと強烈な「寂しさ」が佐藤を襲った。
(……この会心の出来を、誰かに見せたい)
一人暮らしの静かな部屋。誰ともこの感動を共有できない虚しさが胸を締め付ける。
(鈴木くんに見せるか……?)
一瞬、あの神店員の顔が浮かんだ。しかし、鈴木くんとは今日すでに二度も顔を合わせている。いくらなんでも「自慢しに来ました」と三度目の訪問をするのは、定年間近のプライドが邪魔をした。
その時、佐藤の脳裏に、もうひとりの人物の顔が思い浮かんだ。
(……あ、渡辺さんだ)
そうだ。この分厚い『使いこなし大全』を売ってくれた、あの書店の店員さんだ。
「入門編」を勧められたのを突っぱねてこの本を買ったのだから、「この本のおかげでここまで出来た」と報告に行くのは、客としてごく自然な振る舞いではないか。
「よし……! 渡辺さんに、この本の『成果』を見せてやるとしよう!」
佐藤はジャケットを羽織り、会心の黒松(デコレーション済み)を胸ポケットに忍ばせ、いそいそと大型書店へと向かったのだった。




