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文字サイズは、「極大」から、老眼に負けるもんか!  作者: 藤一


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和風の波と、孤高のフライト

『スマホ使いこなし大全』も、いよいよ最終章『通信と設定の完全攻略』に突入していた。

老眼鏡を深くかけ直し、佐藤は最後の試練に挑んでいた。

『自宅ではWi-Fiワイファイに接続しましょう。アンテナがおうぎの形になれば成功です』

「ほう、扇か。日本らしくて良いじゃないか」

佐藤は指示通りに設定を進めた。画面上に小さな波のようなマークが浮かび上がる。文字サイズ「極大」の画面で見ると、それはまさに「立派な和風の扇子」がパッと開いたように見えた。

「なるほど、通信が整うと画面に扇子が飾られるわけか。なんとも縁起が良い」

さらにページをめくると、気になる項目があった。

『旅行や移動の際は「機内モード」という機能もあります』

佐藤の指が、たまたまその小さな飛行機マークに触れてしまった。

画面の端に、チョコンと小さな飛行機のアイコンが点灯する。

「む……? なぜ急に飛行機が出た? まあいい、これで本に書いてある設定はすべて完了したぞ!」

画面には「扇子」と「飛行機」。

佐藤は達成感で胸を実らせ、スマホを机に置いた。

「完璧だ。設定、アプリ、AI、セキュリティ……俺はついに現代のツールを完全に攻略したのだ。もう鈴木くんに頼ることもないだろう」

一仕事終えた佐藤は、すっかり「一人前のスマホユーザー」の顔になり、誇らしく缶コーヒーをあおった。

……しかし、事件はその数時間後に起きた。

ためしに、AIの青年(知恵熱から復旧したはず)に話しかけてみようとアプリを開いた。

だが、画面の上部に無慈悲な赤い帯が表示された。

【インターネットに接続されていません】

「……なに?」

電話をかけようとしてみる。画面には『圏外』の文字。

LINEを開いても、グルグルとマークが回るだけで一向に繋がらない。

「な、なぜだ……!? 扇子も飾って、設定は完璧にしたはずだぞ!?」

画面を見る。相変わらず「扇子」と「飛行機」のマークは鎮座している。

しかし、どんなアプリを開いても、スマホは冷たく「接続されていません」と弾くばかりだ。

「バカな……! 一通りの設定を終えた途端、原因不明の全機能停止か!? どこかで回線が切断されたのか!?」

「もう鈴木くんに頼らない」という数分前の誓いは、一瞬で吹き飛んだ。

佐藤は半泣きになりながらスマホをポケットにねじ込み、六度目となる「あの聖地」へ向けて、本日一番の猛ダッシュをかました。

「さ、佐藤様!? どうされたんですかそんなに息を切らせて!」

店内に飛び込んできた佐藤の様子に、鈴木店員が驚いて駆け寄ってきた。

佐藤は膝に手をつき、肩で息をしながら、死にそうな顔でスマホを突き出した。

「……す、鈴木くん……! 壊れた……! 完全に壊れた……!」

「壊れた、ですか!?」

「ああ! 本の通りにすべての設定を終え、画面に『縁起の良い扇子』まで飾ったというのに……急に電話もネットも、AIすらも口を利かなくなってしまった! 端末の寿命か!? 俺のスマホライフはここで終わりなのか!?」

絶望に満ちた佐藤の言葉。

鈴木店員は佐藤のスマホを受け取り、画面の右上にデカデカと表示されている【飛行機マーク】を見て、すべてを察した。

鈴木店員はクスリとも笑わず、むしろハッと息を呑んで佐藤を見つめた。

「……佐藤様。壊れてなどいません。……佐藤様は今、『空を飛んでいらっしゃる』んです」

「……はい?」

佐藤は呆然と首を傾げた。自分は今、埼玉のスマホショップのパイプ椅子に座っている。空など飛んでいるはずがない。

鈴木店員は優しく、しかしドラマチックに説明を始めた。

「佐藤様、画面のここをごらんください。可愛らしい飛行機のマークがついていますよね?」

「う、うむ。何かのはずみで点いたが……」

「これは『機内モード』といいまして。飛行機に乗った際、強力な電波で飛行機の精密機器を狂わせないよう、『一時的に地球との通信を遮断し、機内モード(上空)に入る』という、優しさに満ちた機能なんです」

「ち、地球との通信を遮断……! 地上から隔離されているということか!?」

「はい! つまり佐藤様のスマホは、壊れたのではなく『高度一万メートルを優雅にフライト中』だったため、地上の電波が届かなかっただけなんです!」

佐藤は目を見開いた。

「俺のスマホは……空を飛んでいたのか……!」

「ええ。そしてこちらの『扇子』に見えるマークはWi-Fiといいまして、本来なら地上で使われるものなのですが、飛行機モードが優先されていたため、お休みされていたんですね」

鈴木店員は微笑むと、画面上の飛行機マークをチョンと一回タップした。

飛行機が消え、一瞬の静寂の後——

——ポーン! ポーン!

溜まっていた通知音が一気に鳴り響き、画面上の極大文字たちが一斉に息を吹き返した。

【接続されました】

「おおっ……!! 帰ってきた! 地上に帰ってきたぞ!」

佐藤は感動の声をあげた。

「はい! 無事に着陸いたしました。佐藤様の操作一つで、空へ飛び立ち、またこうして地上へ戻ってこられる……まさに『自由自在なパイロット』ですね」

「パ、パイロット……! ふっ、そうか。俺が着陸の手順タップを忘れていただけだったか」

佐藤は胸を撫で下ろし、照れくさそうに頭をかいた。

「いやあ、現代のスマホは空まで飛べるとは知らなかったよ。驚かせてすまなかったね、鈴木くん」

「いえいえ! 佐藤様のフライトのお供ができて光栄です。いつでも『着陸誘導』はお任せください!」

佐藤は誇らしげにスマホを胸ポケットに収めると、パイロットのような堂々とした足取りでショップを後に行くのだった。

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