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戦闘スキルは「無能」ですが、元公務員の知識で最果ての街を大改造します  作者: ある六芒星
第一部  瓦礫の街と、無能と呼ばれた新領主
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第九話 官僚機構のバグを突け

ガルガルドの夜は、本国兵たちの監視の目によって冷たく閉ざされていた。

中央広場にはかがり火が焚かれ、かつて人間と魔族が笑い合いながらスープを啜った大鍋の周りには、今や抜き身の長槍を持った王国騎士たちが鋭い視線を走らせている。

一方、領主館の最奥に位置する小さな地下貯蔵庫。

そこは、監査官たちが「ただのガラクタ置き場」として検収を後回しにしていた、盲点とも言える場所だった。薄暗い魔石の光の下で、ナオトは机の上に巨大な羊皮紙を広げ、信じられないほどの速度でペンを走らせていた。

「ナオト様……本国の『中央商業関税法』と『辺境領地暫定統治令』の写し、何とか監査官の書記官の目を盗んで、すべて書き写してきました……っ」

リーネが息を切らせ、インクで汚れた指先を震わせながら、数冊の分厚い束を机に置いた。彼女の膝の傷には包帯が巻かれているが、その瞳には監査官への強い怒りと、ナオトへの絶対的な信頼が宿っている。

「ありがとう、リーネ。本当によくやってくれた。これでパズルの最後のピースが揃ったよ」

ナオトは手元に集まった膨大な法律文書と、自身の手帳に書かれたガルガルドの資源データを交互に見つめ、冷徹に数字を弾き出していく。

「……やはりそうだ。本国中央の官僚どもは、現場フィールドを何も見ちゃいない。自分たちが都合よく作った法律の檻に、自分たち自身が閉じ込められていることにすら気づいていないんだ」

「ナオト、具体的な計画を聞かせてくれ。私の部下たちも、これ以上の屈辱には耐えかねている。あの豚どもを合法的につるし上げる方法が本当にあるのか?」

暗闇から音もなく現れたマルタが、大剣を傍らに置きながらナオトを覗き込む。

「あるよ、マルタさん。それも、彼らが最も愛し、信奉している『手続き』という刃を使ってね」

ナオトは羊皮紙に描かれた、複雑に絡み合うフローチャートを指で叩いた。

「監査官がこの街に課した『反逆猶予税』と物資の強制徴発。これは本国の法律において、【戦時特例措置】に基づいて行われている。しかし、本国の『中央商業関税法・第十四条』にはこう明記されているんだ。――『直轄軍による強制徴発が行われた地において、現地住民の生存に関わる最低限の衣食住アセット(資産)が毀損された場合、その補償義務は一時的に【執行総監(つまり今回の監査官)】の個人資産、およびその実家に帰属する』とね」

「な……!? 徴発した本人が、自分のポケットマネーで弁償しなければならないというのか!?」

マルタが驚愕に目をみはる。

「そうさ。本来なら、こんな最果ての街の住民が本国の高度な関税法なんて知るわけがないし、そもそも文字が読めないから適用されるはずがないと高を括っていたんだ。だが、僕は元公務員だ。お上の都合の良い特例には、必ずそれを監視するための『裏の特例』が存在することを知っている」

ナオトは不敵に微笑み、さらにもう一枚の書類を提示した。

「さらに、彼らが沒収した僕たちの『防寒コンクリート』の技術データ。あれには、意図的にいくつかの『重要な数値』を抜いてある。あの通りに作れば、数日以内に激しい化学反応を起こして、強烈な異臭と共にドロドロの泥水に戻る仕組みになっているんだ。本国の建築ギルドにあの不良品データが渡れば、監査官は『国家機密の不正詐取および虚偽報告』の罪に問われる。つまり、彼は今、自分で自分の首に縄をかけている状態なんだよ」


——


翌朝、領主館の謁見の間に、監査官の傲慢な笑い声が響き渡った。

「ハハハ! 異議申し立て書類だと!? 妙な真似をするかと思えば、結局は我々のシステムに縋るしかないようだな、無能領主!」

豪華な椅子に深く腰掛けた監査官は、ナオトが提出した数枚の分厚い書類を、ゴミでも見るかのように指先で弾いた。周囲には、武装した王国騎士たちが並び、いつでもナオトをねじ伏せられるよう威圧感を放っている。

「言ったはずだ、こんな最果ての地からの申し立てなど、王都に届くまでに何ヶ月かかるか分からんと。その間にこの街がどうなろうと、我々の知ったことではない!」

「ええ、その通りです。王都に届くまでには時間がかかるでしょう」

ナオトは完璧な公務員スマイルを崩さず、静かに、しかしよく通る声で答えた。

「ですから、その書類は王都ではなく――ここから最も近い、本国直轄の『地方監査総局・第三支部』へ、すでに『特定機密事務便』として発送させてもらいました」

「……何だと?」

監査官の眉が、ピクリと跳ね上がる。

「法律上、直轄領における緊急の異議申し立ては、最寄りの支局に書類が到達した瞬間から『二十四時間以内の強制審査義務』が発生します。今頃、支局の生真面目な監査官たちが、あなたがこの街で行った『度を越した強制徴発』と『住民の生存権侵害』に関する膨大な証拠書類ログを検収しているはずです」

「き、貴様……なぜ地方支局の特例ルールを知っている……!?」

監査官の顔から、急速に余裕が消え失せていく。

「それだけではありません」

ナオトは一歩前へ出た。その瞬間、彼の背後に控えていたリーネとマルタ、そして静かに潜入していたクロエが、それぞれの証拠物品を突きつけた。

「あなたが昨日沒収した『防寒技術』ですが、本国の商標法における『未公開特許』の侵害に該当します。また、徴発された食材の総量は、本国が定める『人道的一般基準』を大幅に超過しているため、先ほど説明した関税法第十四条に基づき――あなた自身の個人資産から、総額金貨三千枚の補償金が、この街の住民へ支払われることが確定しました」

「ば、莫大な……! 馬鹿な、そんな法律があるわけが――」

「ありますよ。あなたが普段、机の上でしか見ていなかった、あの退屈な法律書の三百四十二ページに、しっかりとね」

ナオトの冷徹な言葉に、監査官はガタガタと震え出し、傍らにいる書記官の胸ぐらをつかんだ。

「おい! 奴の言っていることは本当か!? 調べろ、今すぐ調べろ!」

書記官は必死に法律書をめくり、ある箇所を目にした瞬間、顔面を蒼白にしてへたり込んだ。

「か、監査官殿……本当、です……。地方支局に書類が受理された場合、我々の行動はすべて『違法な職権乱用』として処理され、最悪、資産没収のうえ免職となります……っ!」

「な、何だとぉおおお!?」


——


「お、おのれ……っ! 謀ったな、大野直人!」

監査官は狂ったように叫び、周囲の騎士たちに命令を下そうとした。

「こうなれば、貴様ら全員をここで処刑し、書類など最初からなかったことに――」

「それは悪手だよ、監査官」

ナオトはため息をつきながら、手元の手帳の最後の手札をめくった。

「あなたがここに連れてきた王国兵たちの給与、実は本国からの支給ではなく、あなたの実家である侯爵家からの『立替払い』になっていますよね? もし、ここで彼らに違法な虐殺を命じた場合、彼らは『国家の兵』ではなく、あなたの『私兵』として裁かれることになる。……騎士の皆さん、国家の恩給をすべて失い、反逆者として一族もろとも処刑されるリスクを背負ってまで、この欲深い上司の個人的な犯罪に付き合う義理はありますか?」

その瞬間、謁見の間に並んでいた王国騎士たちの間に、明確な動揺が走った。彼らは互いに顔を見合わせ、やがて、静かに長槍の矛先を地面へと向けた。

「き、貴様ら! 何をしている! 私の命令が聞けないのか!」

「監査官殿……我々は王国の兵であり、個人の犯罪に加担するつもりは実ません」

騎士の隊長が、冷徹に言い放った。

「勝負あり、だね」

ナオトは椅子に深く腰掛け、完全に立場が逆転した監査官を見下ろした。

「さあ、手続きを始めようか。まずは、没収したすべての食材と書類を今すぐ住民に返還すること。そして、あなた自身の資産から、今回の不当な職権乱用に対する『公式な賠償金』の支払いに関する合意書に、ここにサインをしてもらうよ」

ナオトが差し出したのは、完璧な形式で整えられた、逃げ道の一切ない「和解合意書」だった。

「ひ、ひぃ……っ!」

監査官は、まるで悪魔を見るかのような目でナオトを見つめながら、震える手で羽ペンを握り、サインを書き進めるしかなかった。


——


その日の夕方、本国の監査官一行は、這う這うの体でガルガルドの街から逃げるように去っていった。彼らが残していったのは、返還された大量の物資と、監査官の個人口座から強制的に引き落とされることになった、莫大な額の金貨の預金証書だった。

広場には、再び人間と魔族の住民たちの、割れんばかりの歓声と笑顔が戻っていた。

「やった……! やったよ、ナオト様! 私たちの食べ物も、ナオト様の書類も、全部取り戻せました!」

リーネがナオトの首に飛びつき、嬉し涙を流しながら笑った。

「見事だ、ナオト。剣も魔法も使わずに、本国の権力者と軍隊を完全に叩き潰すとは……。お前は本当に、恐ろしい男だな」

マルタが自身のコートを羽織り直し、心からの敬意と、少しの畏怖を込めてナオトを見つめる。

「お兄ちゃん! 今日はたくさんお肉を食べていいんだよね!?」

クロエがナオトの周りをぐるぐると走り回り、ふさふさの尻尾を激しく振っている。

「ああ、もちろんさ。みんな、本当によく耐えて、協力してくれた」

ナオトは、再び手元に戻ってきた「冬越し計画書」を愛おしそうに撫でながら、夕日に染まるガルガルドの街を見渡した。

一度は絶望の底に叩き落とされた。しかし、国家の理不尽なシステムに、元公務員の執念と知恵、そして仲間たちとの絆で打ち勝ったのだ。この勝利によって、ガルガルドは名実ともに、本国すら容易に手を出せない「独立した経済基盤を持つ特別な街」としての第一歩を踏み出した。

「さあ、お役所仕事の恐ろしさは十分に分かってもらえたと思う。でも、ここからが本当の本番だよ。手に入れた賠償金(予算)を使って、春に向けて新しい産業の投資を始めよう。僕たちのタウンマネジメント(残業)は、これからもっと忙しくなるからね!」

ナオトの不敵な号令に、少女たちの頼もしい返事が響き渡る。最果ての要塞都市ガルガルドは、一人の文官の驚異的な内政反撃によって、さらなる繁栄の未来へと力強く突き進んでいくのだった。

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