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第21話 アレン流町開拓方法

ガルガルドの『AI型・一斉遡及監査』による二次制裁により、ロストガルドの迂回貿易ルートが完全に封鎖されてから数日。

一進一退の攻防の中で、ロストガルドの物流は再び窒息寸前の危機を迎えていた。相手のシステムはこちらのハッキングを瞬時に学習し、さらに強固な法網でこちらの息の根を止めにくる。

「アレン様、周辺の商会が完全にガルガルドに怯えきっています! このままでは関税のシーソーゲームに我が街の資本が耐えきれません……!」

防衛隊長のエリックが悲痛な声を上げる。だが、徹夜で帝国の古い法律書をひっくり返していたアレン(ナオト)は、血走った目で不敵に笑った。

「待っていたよ、この瞬間を。リーネたちは完璧にガルガルドの『経済ルール』で攻めてきた。だけどね、ここはバルハイト帝国の領土だ。民間ギルドのルールが、国家の『公法(帝国の最高法律)』を上回ることは絶対にないんだよ」

アレンは羽ペンを激しく走らせ、一枚の『帝国特権インフラ宣言書』を作り上げた。

「相手が完璧な経済制裁でくるなら、こちらはバルハイト帝国の皇子としての権利をフル活用した、国家規模のカウンター――【公法上の相殺(オープンアクセス強制執行)】を発動する。ガルガルドのシステムを、帝国の法律の力で内側から強制的にハッキングさせてもらうよ」


---


翌朝、国境の超魔導防壁の前に、アレンはバルハイト帝国の公式な『皇室紋章』を掲げて現れた。

壁の上の自動機械文官たちが、再び紅い警告灯を点滅させる。

「警告。ロストガルド領主アレン。当エリアの関税手続きに不備があります。立ち入りを拒否――」

「バルハイト帝国憲章・第一条、および『帝国道路公法』に基づき、即時命令を下す!」

アレンの声が、金貨一万枚分の魔力出力を乗せて、地鳴りのように響き渡った。

「この鉱山地帯および街道は、元を正せばバルハイト帝国の『公有地(国のもの)』だ! 帝国籍を持つ者がこのインフラを利用する際、民間ギルド(ガルガルド)が一方的な報復関税をかける行為は、帝国の『国家主権の侵害』に該当する! よって、これまでの不当関税の総額と、我が街の通行権利を【公法上、相殺ゼロ】とし、この防壁の管理権を一時的に帝国ロストガルド側へ強制接収する!」

「……計算中……エラー……国家主権との衝突を検知……! ガルガルド基本法と帝国の最高法律の間に……致命的な優先順位のバグが発生……!」

自動機械文官たちの瞳の奥で、天文学的な数字のエラーログが走り抜ける。

ガルガルドのシステムは、かつてナオトが「国家と無駄な戦争を起こさないように」と、現地の国家法律を最優先で遵守するようにプログラムしていた。アレンはその『元公務員としての優しさ(仕様)』を、最大の武器として逆手に取ったのだ。

バチバチと音を立てて、超魔導防壁の漆黒の門が、システムのエラーによってガガガと強制的に開放されていく。

3

「やった! 門が開いたぞ! アレン様、またしてもガルガルドのシステムを破りました!」

エリックが歓声を上げる。

だが、アレンの固有スキル【国家予算】の画面に、これまでとは全く違う『真っ赤な最優先警告アラート』が点滅した。

『――警告。ガルガルド中央サーバーより、自動システムを完全遮断(マニュアルコントロールへ移行)。最高管理者権限による【直接介入】が承認されました』

地平線の向こう、ガルガルドの街がある西の空から、空間を切り裂くような凄まじい二つの魔力の光柱が、ロストガルドに向かって超高速で飛来してくるのが見えた。

「……あはは、ついに来ちゃったか」

アレンは口元の笑みを消し、静かに羽ペンを構えた。

システムがバグったことで、向こうの本尊が気づいたのだ。ロストガルドを経済的に飲み込もうとしていたガルガルドの最高権力者――リーネとマルタ本人が、この限界のシーソーゲームに決着をつけるため、ついに最前線のこの街へと直接襲来したのだ。

「全軍、最警戒態勢! これから、この世界で一番手強い『僕の最愛の家族(最強の内政官たち)』との、本当の総力戦が始まるよ……!」

アレンのその言葉と共に、国境の空が、敵味方に分かれたかつての絆の魔力によって、激しく揺れ動き始めるのだった。



国境の超魔導防壁が帝国の公法によって強制開放されたその瞬間、西の空から飛来した二つの圧倒的な光柱が、ロストガルドの平原へと轟音を立てて着陸した。

巻き上がる爆煙が晴れると、そこに姿を現したのは、アレン(ナオト)が前世で誰よりも信頼し、愛した二人の女性だった。

「――我がガルガルドの自動インフラ法をここまで鮮やかに逆ハックするなんて。バルハイト帝国の第十四皇子アレン、一体何者ですか」

冷徹な事務官の瞳に、大人の女性としての鋭い知性を宿らせた人間の少女、リーネ。

「ふん。どのような小細工を使おうと、ガルガルドの経済圏を脅かす者は、我が大剣で即時『償却デリート』するまでだ」

かつてと変わらぬ圧倒的な覇気と、どんな軍勢をも一撃で両断する魔力を身にまとった魔族の美女、マルタ。

二人の現在のステータスをアレンが【鑑定】すると、その数値はもはや測定不能。アレンが遺した近代都市システムを極限まで研習し、戦闘能力と内政能力が神の領域にまで達した、まさに「最強の二人」だった。

「ひ、ひぃっ……!? あのプレッシャーはなんだ……! 街が、空気が押し潰される……っ!」

防衛隊長のエリックや兵士たちが、二人の放つ圧倒的な威圧感の前に、ただその場に平伏し、ガタガタと震えることしかできない。

アレンは静かに一歩前に出た。

喉の奥が乾き、心臓が爆発しそうなほど高鳴る。ついに、過去の自分ガルガルドのすべてが、目の前に立ち塞がったのだ。


「バルハイト帝国領ロストガルド領主、アレンだ」

アレンは声を震わせないよう、いつもの不敵な公務員スマイルを浮かべた。

「ガルガルドの最高監査官自らが実地検査(直接介入)に来てくれるなんて、光栄だね。だけど、僕たちの手続きはすべて帝国の法律に則っている。君たちにこれ以上、我が街の市場を独占する権限はないはずだよ」

「手続き、ですか」

リーネが一歩前に出て、冷たい目でアレンを射抜いた。

「確かにあなたの法解釈は完璧です。ですが、私たちのナオト様が遺してくれたガルガルド基本法には、こうも書かれています。――『国家の理不尽な法律が、住民の生存権を脅かす場合、ガルガルドはあらゆる手段を以てそれを排除できる』と。私たちは、あなたという『危険な内政の天才』を、これ以上生かしておくわけにはいかないのです」

リーネがパチンと指を鳴らした。

その瞬間、天空に展開したのは、アレンの持つ【国家予算】の出力を遥かに凌駕する、金貨一兆枚相当の『白銀の超巨大変換陣』だった。マルタが巨大な大剣を引き抜き、その刃に天文学的な魔力を収束させていく。

「くっ……! 【予算総力執行ハイパー・バスター】!!」

アレンも咄嗟に、前世の総資産データのすべてを注ぎ込み、純金の魔力障壁を何重にも展開した。一進一退の貿易戦を越え、ついに「互いの全予算」を賭けた、内政と武力の全面戦争が勃発した。


ドゴォォォォォォォンッ!!!

マルタの一撃と、アレンの金の壁が激突し、最前線の平原が津波のように捲れ上がる。

アレンは必死に耐えるが、ガルガルドのシステムそのものから放たれる圧倒的なエネルギーの前に、純金の壁がパキパキと音を立てて砕け始めていく。

「無駄だ、アレン! お前の魔力の根源、私たちのガルガルドの数字データだろう! 自分の生みの親に、子が勝てるわけがない!」

マルタの大剣が、アレンの最後の壁を打ち砕く。

凄まじい衝撃波がアレンを襲い、彼は地面を激しく転がった。手から羽ペンが滑り落ち、眼鏡のない視界が歪む。

「アレン様ーーっ!!」

エリックの悲痛な叫び。

倒れたアレンの前に、マルタがゆっくりと歩み寄り、大剣の切っ先をその喉元へと突きつけた。リーネが冷徹な表情のまま、トドメの行政執行を宣言しようと口を開く。

「これで終わりです、アレン。あなたのその類稀なる内政の才能、あの世でナオト様に――」

「……はは、相変わらず……容赦がないな、二人とも」

アレンは口元の血を拭い、地面に手をつきながら、弱々しく、だけどどこか懐かしそうな苦笑いを漏らした。

その瞬間、アレンの瞳の奥に、かつて二人が毎晩のように見ていた、あの過労死寸前の、だけど最高に優しかった『大野直人』の魂の輝きが、はっきりと宿った。

「リーネ……『基本法・第三条の例外規定』を忘れてるよ。監査官が現場の領主を直接排除する時は、事前に『三日前の書面通知』が必要だって……僕が教えたはず、だけどね……?」


「なっ――――!?」

その言葉を聞いた瞬間、リーネの身体が雷に打たれたように硬直した。

大剣を振り下ろそうとしていたマルタの手が、ピタリと止まり、その美しい目が信じられないものを見るかのように大きく見開かれた。

基本法第三条の例外規定。それは、世界中でナオトとリーネ、そしてマルタの三人しか知らない、マニュアルの奥深くに隠された、ナオト独自の「お茶目なお役所ルール」だった。

「あなた……今、なんて……」

リーネの書類を握る手が、激しく震え始める。

冷徹な経済の怪物の仮面が剥がれ落ち、二人の瞳に、数年間ずっと押し殺してきた「あの人」への溢れんばかりの想いと涙が、一気に込み上げていく。

ロストガルドを飲み込もうとしていたガルガルドの最高監査官と、最弱の皇子アレン。

互いのすべてを賭けた戦いは、一つの「書類の記憶」によって、誰も予想だにしない劇的な局面へと突入するのだった。


「……うそ、そんなの、あり得ない……」

リーネの細い指から、あれほど固く握られていたガルガルドの最高公式書類がハラハラと零れ落ちた。

マルタの構える大剣の刃が、見たこともないほど激しく刻み、その場に満ちていた一兆枚相当の絶対魔力変換陣が、持ち主の精神の動揺によって一瞬で霧散していく。

「『基本法・第三条の例外規定』……そんなマニュアルの隅にある冗談みたいな項目、私とマルタ、そして……あの時に死んでしまったナオト様しか、知っているはずがないのに……っ!」

リーネの大きな瞳から、大粒の涙が次から次へと溢れ出し、地面の乾いた赤土を濡らしていく。

「おい、お前……本当にアレンなのか? いや、その中身は……」

魔族の最強国防長官であるはずのマルタも、大剣を地面に突き立て、まるで迷子の子どものように肩を震わせてアレン(ナオト)を見つめていた。

アレンは泥だらけの服のまま、ゆっくりと立ち上がった。

もう、これ以上隠す必要も、戦う理由もない。彼はかつてガルガルドの領主館で、毎晩書類の山に埋もれながら二人に微笑みかけていた、あの「大野直人」の穏やかな笑顔を浮かべた。

「久しぶりだね、リーネ、マルタ。……僕がいない間、ガルガルドをあそこまで強大な街に育ててくれて、本当にありがとう。二人とも、本当に立派な、僕の自慢の監査官(家族)だよ」



「ナオト様ぁぁぁーーーーっ!!」

リーネが全ての立場もプライドも投げ打ち、地面を蹴ってアレンの胸へと飛び込んできた。小さなアレンの身体がその勢いで後ろに倒れそうになるが、彼は前世と変わらぬ優しい手つきで、泣きじゃくる彼女の背中をそっと抱きしめた。

「う、うわぁぁん! ナオト様! 本当にナオト様なんですね!? 嘘じゃないですよね!? また置いていかれたと思って、私、私……!」

「ああ、ただいま。リーネ。また少し若い姿(部署異動)になっちゃったけど、間違いなく本物の大野直人だよ」

マルタもまた、大剣をその場に放り出し、長い髪を振り乱しながらアレンの元へと駆け寄った。そして、リーネごとアレンの小さな身体を、壊れ物を扱うかのような強さで力いっぱい抱きしめる。

「この、大馬鹿者が……っ! 二度も過労死して、今度はこんな遠い帝国の最前線で何をしている! どれだけ私たちが探したと思っているんだ……!」

「ごめんね、マルタ。魂に刻まれた仕事中毒(残業の業)は、転生してもなかなか治らなくてね」

ロストガルドの防衛隊長エリックや、周囲で武器を構えていた兵士たちは、大陸最強の二人の魔女(最高監査官)が、自分たちの幼き領主を抱きしめて号泣しているという前代未聞の光景を前に、開いた口が塞がらなかった。

「あ、アレン様……これは一体、どういう行政手続き(状況)なのでしょうか……?」

エリックが恐る恐る尋ねる。

「ああ、エリック。紹介するよ」

アレンは二人に抱きつかれたまま、困ったように、だけど最高に幸せそうに笑った。

「彼女たちは、僕が前世で命をかけて育てた、世界最強の『僕の家族』さ。……そして、ロストガルドを経済的に破滅させる一進一退の貿易戦シーソーゲームは、これにて【完全なる監査完了クロージング】だ!」


その日の夜、ロストガルドの領主館・最高執務室。

昼間の緊迫感が嘘のように、部屋の中には温かいハーブティーの香りが満ちていた。

アレンの膝の上には、絶対に離れようとしないリーネが収まり、その横ではマルタが甲斐甲斐しくアレンの傷の手当てをしている。

「なるほどね。僕が残した『向こう百年の財政計画書』を、リーネたちが自動化(オートマタ化)した結果、システムが自律進化しすぎて、このロストガルド経済圏まで自動で飲み込もうとしちゃったわけか」

「はい……ナオト様がいないガルガルドを守るために、システムを厳しくしすぎてしまいました。まさか、その進出先を必死に防衛していたのが、転生したナオト様本人だったなんて……」

リーネが申し訳なさそうにうつむく。

「いいんだよ。元を正せば、僕が作ったシステムの仕様のせいだからね。だけど、これでロストガルドとガルガルドが戦う理由は100%消滅した」

アレンは手帳を開き、新しい複合国家のグランドデザイン(設計図)を書き込み始めた。

「二つの街が激突して片方が飲み込まれるのが危機なら、最初から二つの経済圏を『対等に合併』させてしまえばいい。ガルガルドの圧倒的な資本力と、僕がこのロストガルドで手に入れた【国家予算(チート武力)】、そして帝国の法的権利……これらを全て一つに統合するんだ」



「対等合併、ですか。……ふふ、やっぱりナオト様は、どこへ行っても最高に型破りな文官ですね」

リーネが涙の跡が残る顔で、嬉しそうに微笑んだ。

「ああ。バルハイト帝国の無能な兄上たちや中央政府も、まさか最前線へ追放したアレンが、大陸最強の経済特区『ガルガルド』の真の支配者として返り咲くなんて、夢にも思っていないだろうな」

マルタが不敵に笑う。

過去の自分という最大の壁を乗り越え、かつての最愛の絆を取り戻したアレン。

もはやロストガルドを脅かす危機は消え去り、物語は二つの世界を繋ぐ、未だかつてない「超巨大独立国家」の誕生へ向けて、一気に最終局面へと突き進むのだった。

「よし、方針は決まった! 二人とも、明日からはロストガルドとガルガルドの『合併調印式』の書類作成だからね。……言っておくけど、二つの街のデータを統合するんだから、明日からの残業はこれまでの千倍だからね!」

「「はい! ナオト様(アレン様)!」」

三人の息の合った、そして最高に温かい号令が、新しい時代の幕開けを告げるように、ロストガルドの夜空へ響き渡るのだった。



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