第二十話 そのシステムは、かつての僕(天才文官)の超進化
本国からの不当な徴税を跳ね除け、ロストガルドの財政主権を確立したアレン(ナオト)。だが、彼の公務員スマイルは、これまでになく強張っていた。
「……おかしい。数字の辻褄が合わなすぎる」
アレンは執務室で、自身の固有スキル【国家予算】のバックエンドデータ――すなわち、前世で彼が過労死するまで育て上げた最果ての街『ガルガルド』のリアルタイム財政ログを凝視していた。
アレンの今のチート級の武力は、ガルガルドの総資産に比例している。だが、ここ数日の資産価値の跳ね上がり方は異常だった。指数関数的という言葉すら生ぬるい。まるで、世界中の富を中央銀行のように吸い上げているかのような超インフレ的成長を記録していたのだ。
「僕が死んだあと、リーネやマルタたちは、一体どんな禁忌の『経済政策』を執行したんだ……?」
その時、アレンの脳裏に、自分が遺した『向こう百年の財政計画書』の存在がよぎった。
あの時、ナオトは完璧なマニュアルを遺したはずだった。しかし、残されたヒロインたちは天才だった。彼女たちはナオトの死の絶望を乗り越え、そのマニュアルをさらに研鑽し、人間の限界を超えた「超近代・自動自律駆動都市」へとガルガルドを進化させていたのだ。
「報告します、アレン様!」
防衛隊長のエリックが、血相を変えて飛び込んできた。
「我が街の東部、隣国との国境沿いにある大規模な鉱山地帯が……たった一晩で、正体不明の『巨大な黒い城壁』によって丸ごと囲い込まれました! 斥候の報告によると、旗印には……見たこともない【天秤と大剣】の紋章が刻まれているとのことです!」
「天秤と大剣……ガルガルドの公式権印だ」
アレンはガタッと椅子を立ち上がった。
ついに、あの最果ての独立経済特区が、大陸の東側――このバルハイト帝国の最前線にまで『経済的領土拡大(M&A)』の触手を伸ばしてきたのだ。
アレンはエリックを連れ、馬車を急がせて国境の鉱山地帯へと向かった。
そこにそびえ立っていたのは、アレンがロストガルドで造った魔導コンクリートなど玩具に見えるほど、完璧に結晶化された『超魔導防壁』だった。
壁の表面には、一分の無駄もない幾何学的な魔術回路が走り、周囲の自然魔力を自動で吸収して自己修復するシステムが駆動している。
「これ、は……」
アレンは絶句した。そのシステムの基礎設計は、間違いなく前世の自分が作ったものだ。だが、応用技術のレベルが何倍も高い。
「不法侵入者を検知。これより、ガルガルド標準行政令・第十二条に基づき、即時立ち退き勧告を執行します」
壁の上から、無機質で冷徹な、しかし聞き覚えのある声が響いた。
そこに立っていたのは、前世でナオトが一番信頼していた人間の少女・リーネ――ではなく、彼女が自らの有能な事務処理能力を魔法的に写し取って量産した、ガルガルドの『自動機械文官』だった。
「自動機械文官による、国際法に基づいた『無主地先占』の自動執行か……! 誰も人がいないと見なした土地を、書類手続きとインフラ構築の速度だけで合法的に奪い取る、僕がかつて王都をハメた時の手口(やり方)そのものじゃないか!」
アレンは冷や汗が止まらなかった。
かつての自分が生み出した最強のハメ技が、今度はさらに洗練された形で、今の自分のロストガルドを飲み込もうと襲いかかってきているのだ。
「アレン様、あの不気味な人形どもを、得意の金の魔力で吹き飛ばしましょう!」
エリックが剣を抜こうとするが、アレンはそれを手で制した。
「駄目だ、エリック。僕の【国家予算】の魔力は、あのガルガルドの資産が根源なんだ。あそこのシステムに『攻撃』と認識され、ガルガルドの財政サーバーから僕のアクセス権を凍結(アカウントBAN)されたら、その瞬間に僕の武力はゼロになる」
アレンの持つ最大の強み(チート武力)が、皮肉にもガルガルド側には完全に筒抜けであり、かつ生殺与奪の権を握られているという最悪の事実。
「警告。立ち退きに応じない場合、当ギルドの保有する資産力(物理)による『強制的差押え(面圧粉砕)』を執行します。予算規模、金貨一千億枚相当」
自動機械文官がパチンと指を鳴らす。
その瞬間、天空に展開したのは、アレンのものよりも遥かに巨大で、より洗練された『白銀の超巨大変換陣』だった。そこから放たれようとしているプレッシャーは、アレンがかつて隣国の騎士団を消滅させた光の、実に十倍以上の質量を持っていた。
「くっ……! 【予算障壁・限定執行】!」
アレンは咄嗟に、自分の手の届く範囲の予算を使い、金の障壁を展開した。
ドォォォォォォォン!!!
白銀の光と純金の壁が激突し、周囲の空間がガラスのようにひび割れる。アレンは辛うじてその一撃を防ぎ切ったが、その衝撃で口元から一筋の血が流れた。
武力の規模でも、システムへの理解度でも、今のロストガルドはガルガルドという「完成された怪物」に完全に圧倒されていた。
「一時撤退だ、エリック! 奴らは本気で、このバルハイト帝国ごと、大陸の経済を『完全管理(飲み込む)』するつもりだ……!」
アレンはエリックを連れ、命からがらロストガルドへと引き返すしかなかった。
領主館に戻ったアレンは、机に両手を突き、荒い息を吐きながら世界地図を睨みつけた。
自分が残した完璧なシステムと、それを守り抜こうとする最愛のヒロインたちの執念。それが今、世界最強の『冷徹な経済の壁』となって、アレンの前に立ち塞がっている。
ロストガルドが生き残るためには、ただの「前世の知識の切り売り」では絶対に勝てない。過去の自分が作ったシステムを、さらに上回る『未知の新制度』をこのロストガルドで生み出し、ガルガルドの吸収合併の波を押し返さなければならなかった。
「やってくれるじゃないか、リーネ、マルタ、クロエ。……僕が育てた最強の街が、これほどの手強い壁になって僕の前に現れるなんてね」
アレンは口元の血を拭い、眼鏡のない瞳に、これまでにない狂おしいほどの闘志を宿らせた。
「これより、ロストガルド全域に【戦時緊急財政インフラ体制】を発令する。過去の僕を越えるための、本当の頭脳戦(残業)を始めようか!」
かつて世界を救った男が、自分が作った最強の遺産に挑む、「都市生存戦争」の幕が切って落とされた。




