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戦闘スキルは「無能」ですが、元公務員の知識で最果ての街を大改造します  作者: ある六芒星
第一部  瓦礫の街と、無能と呼ばれた新領主
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第二話 一触即発の書類提出

翌日、領主館の一室。


窓から差し込む朝日はどこか白々しく、最果ての街特有の冷たい空気が部屋を満たしている。


その部屋の中心にある古びた長机の上で、

ナオトが【製図】スキルで書き上げた「冬越し計画書」を前に、

街の二大勢力の代表が激しく火花を散らしていた。


「人間の配給制だと!? ふざけるな! なぜ我ら魔族が、人間ごときに食糧を握られねばならんのだ!」


静寂を破って激昂したのは、魔族の難民を率いるマルタだった。

机を両手で激しく叩き、ナオトを睨みつける。

彼女の頭部にある二本の漆黒の角が、怒りで微かに震えていた。

元魔王軍の補給部隊長として戦場を生き抜いてきた彼女の威圧感は、常人なら腰を抜かすほどのものだ。


しかし、その圧力を正面から受け止めながら、

もう一人の代表である人間の少女、リーネが負けじと声を張り上げた。


「そっちこそ、いつも色目を使いながら私たちの倉庫を狙っているくせに!

ナオト様がこうして管理しなきゃ、あなたたち魔族が絶対に力ずくで横取りするに決まってるわ!」


「何だと!? 我らを泥棒扱いするか、この小娘が!」


「本当のことでしょ! 冬が来たら奪い合うつもりだったんでしょう!?」


小柄な体を精一杯に張り、マルタの鋭い視線に一歩も引かないリーネ。

かつて勇者パーティの荷物持ちとして理不尽に耐え続けてきた彼女だが、

この街の人間たちの命がかかっているとなれば、その瞳には強い覚悟の炎が宿っていた。


一触即発。

今にも互いが武器を取りかねない空気の中、ナオトは一人、

冷めたお茶をずずず、と気の抜けた音を立ててすすりながら、手元の書類にペンを走らせていた。


前世の役所時代、地域の利害関係者がお互いのエゴをぶつけ合い、

罵詈雑言を飛び交わせる協議会を、彼は何度も修羅場としてくぐり抜けてきた。

その経験に比べれば、種族間の憎悪を孕んだこの怒号も、

ナオトにとっては「よくある意見の対立」の範疇に過ぎなかった。


ナオトは静かに羽ペンを置くと、二人の顔を順番に見つめた。


「二人とも、そこまでにしよう。不毛な喧嘩で消費されるカロリーがもったいない」


淡々とした、しかしよく通る声。

そのあまりに緊張感のない物言いに、マルタとリーネは毒気を抜かれたようにハッとして口を閉ざした。


「マルタさん。君たちが隠し持っている食糧の正確な内訳だ」


ナオトは一枚の書類をマルタの前に差し出した。

そこには、魔族側が隠匿していた地下倉庫の物資が寸分の狂いもなく書き連ねられていた。


「カビの生えた干し肉が約八十キログラム、虫に食われかけた芋が約百二十キログラム。【材質鑑定】によれば、栄養価は通常の三分の一まで落ちている。これを君たち魔族全員で等分して食べたら、あと二週間で完全に底をつく。……違いないね?」


「なっ……! なぜそれを……! 誰が密告した!?」


マルタの顔が驚愕に染まる。

魔族の最高機密であるはずの備蓄量が、

昨日着任したばかりの、しかも戦闘力を持たない人間に完全に把握されていたのだ。


「誰も密告なんてしていないよ。僕のスキルがそう言っているんだ。隠しても無駄だよ、この街にあるものは全て『見える化』させてもらった」


ナオトは続けて、リーネの方を向いた。

「リーネ、君たち人間の難民が管理している倉庫も同様だ。小麦が約二百キログラムあるけれど、管理が悪くて水分を含んでしまっている。このままだと大寒波が来る前に、数日でカビが繁殖して全て廃棄処分になる。そうなれば、君たちも終わりだ」


今度はリーネが息を呑み、顔を青くした。


「いいかい。今、人間と魔族が戦って、

どちらかが勝って相手の食糧を全て奪い取ったとしても、

その合計値すら、この街の全人口が冬を越すための最低ラインに達していないんだ。

つまり、今ここで争うことは『全員で仲良く心中しよう』と言っているのと同じ。

あまりに非生産的だと思わないか?」


ナオトは席を立ち、長机の上に大きな羊皮紙を広げた。

そこには、【製図】スキルによって描かれた、

緻密なグラフと円チャート、そして見たこともない効率的なタイムラインが並んでいた。

「これは、僕が計算した燃料と食糧の消費シミュレーションだ。

各自がバラバラの場所で、バラバラに貴重な薪を燃やして調理すると、

熱効率が非常に悪い。

熱が逃げるし、食材の端切れも無駄になる。

だが、街の中央広場に頑丈な石竈を作り、

そこに巨大な鍋を設置して全員分の食事をまとめて作れば――熱エネルギーのロスは五分の一に抑えられる」


ナオトはグラフの数値を指でトントンと叩いた。


「さらに、浮いた分の薪を住居の暖房に回すことができる。

これで凍死者の予測数を大幅に減らせる計算だ。

食糧についても、【材質鑑定】で安全な部分だけをトリミングし、一つの鍋で煮込むことで、スープの量をカサ増ししつつ、全員に均等な栄養を行き渡らせることができる」


マルタはその緻密な数字の羅列を穴が開くほど凝視した。

元補給部隊長としての知識と経験が、ナオトの提示した計画書が「絶対に正しい」と告げていた。

どれだけ人間を憎んでいようと、この圧倒的な論理と数字を否定することは不可能だった。


「……本当に、この通りにやれば、誰も飢えずに済むのだな?」


マルタが悔しそうに、しかしどこか縋るような色を瞳に宿して呟く。


「約束するよ。元公務員の名にかけてね。ただし、これには君たちの協力が不可欠だ」


ナオトは二人の目を真っ直ぐに見据えた。


「マルタさんには、魔族側の物資の徴発と、力仕事ができるオークたちの人員配置をお願いしたい。

リーネには、人間側の呼びかけと、現場での配給の指揮を任せたい。

二人とも、この街の住民を救うために、僕の手足になってくれないか?」


ナオトの迷いのない言葉に、リーネは小さく、だが確かな足取りで一歩前へ出た。


「……わかりました。

ナオト様がそこまで考えてくれているなら、私、みんなを説得してきます!

戦えない『無能領主』なんて、もう誰にも言わせません!」


リーネの力強い言葉を聞き、マルタは深くため息をつくと、

腕を組んでふいっと顔を背けた。


「……フン、そこまで言われて引き下がっては、魔族の名が廃る。

その計画、乗ってやる。だがな、人間の領主。

もしこれで一人でも餓死者が出たら、その時はお前の首をこの手で撥ねるからな」


「手厳しいね。でも、その意気込みなら安心だ」


ナオトはクレーマー対応で鍛えた完璧な笑顔を浮かべたが、

マルタの耳の先が、恥ずかしさからか少しだけ赤くなっているのを見逃さなかった。

思った以上に、彼女は根が真面目で扱いやすい。


「よし、交渉成立だ。それじゃあリーネ、街の人間たちに中央広場へ集まるよう伝達を。

マルタさんは倉庫から、軍用で使っていた一番大きな大鍋の調達をお願いする。

   ――元魔王領の運命を決める『合同炊き出し』の準備を始めよう。残業の時間だ」


こうして、戦闘能力を持たない元公務員の、

数字と知恵による最初の改革が、二人の頼もしい少女を巻き込んで大きく動き出した。

少しでも続きが読みたいと思ってくださるなら評価してくださると連載の励みになります!

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