第十八話 地方交付税(魔力)の分配は「査定」から始めます
たった一振りの羽ペンから放たれた、金貨一億枚相当の『純金の魔力濁流』によって、隣国の精鋭騎馬軍団を一瞬で完全デリートしてから一週間。
最前線の辺境都市『ロストガルド』は、かつての絶望が嘘のように、活気と熱気に包まれていた。
「――アレン様! 本国からの嫌がらせで、今月分の兵糧と防衛予算が『完全にゼロ』の状態で届きました! 中央の兄君たちは、やはりアレン様をこの街ごと見殺しにする気です!」
執務室に飛び込んできたのは、ロストガルドの若き防衛隊長、エリックだった。彼は前領主の夜逃げ後も、一人で街の治安を守ろうとしていた生真面目な青年だが、本国のあまりの理不尽さに悔しそうに拳を握り締めている。
「予算の全額カット、か。本国の財務省(あるいは兄上たち)も、古典的な嫌がらせをしてくるね」
アレン(ナオト)は、新しく用意した『ロストガルド行政帳簿』をパタンと閉じ、眼鏡のない顔で不敵に微笑んだ。
前世の地方自治体でも、中央政府からの『地方交付税』が一方的に削減され、財政難に陥る「夕張市」のような事例は多々あった。しかし、今のナオト(アレン)にとって、本国からの予算など最初から一ピンドも必要なかった。
「心配いらないよ、エリック。本国が予算を出さないなら、僕の【国家予算】から、この街へ直接『特別地方交付税』を支給するまでさ」
「と、特別ちほうこうふぜい……? 頂戴したお言葉の意味は分かりかねますが、アレン様個人の資産(お小遣い)で、この街の数千人の兵士と住民を養うなど不可能です!」
「不可能かどうか、今から『現場の数字』で証明してあげるよ。……よし、エリック。街の防衛兵と、各職人ギルドの代表、それに難民のリーダーたちを全員、広場に集めて。これより、ロストガルド初の【第1期予算査定】を執行する!」
一時間後、ロストガルドの中央広場。
集まった数百人の住民や兵士たちは、不安と期待が入り混じった表情で、壇上の幼き新領主、アレンを見上げていた。
「皆さん、集まってくれてありがとう」
アレンの声が、拡声の魔力(ほんの金貨一枚分の出力)を乗せて響き渡る。
「本国は我が街への予算を凍結した。だけど安心してほしい。今日から、この街のすべての事業――防衛、農業、商業、インフラ構築に、僕が直接『潤沢な予算(魔力)』を分配する。ただし、お役所仕事の基本はね、どんぶり勘定じゃない。事前に立てた計画の『査定』によって、必要な分だけを正確に執行する!」
アレンは【測量】と【材質鑑定】が統合された新たな神の視線で、広場にいる面々を次々とスキャンした。
「まず、防衛隊のエリック。君たちの防衛計画書を見たけれど、城壁の補修に『鋼鉄の建材が千個必要』とあるね。……残念だけど、その申請は却下(査定マイナス)だ」
「なっ……!? アレン様、それでは敵の次なる襲来を防げません!」
エリックが悲痛な声を上げる。
「話を最後まで聞いて。鋼鉄の建材なんてコストがかかる割に、魔法攻撃に弱いから非効率なんだ。だから代わりに――前世のガルガルドで培った『魔導コンクリート(高耐久仕様)』の現物を、僕の予算から【十万個】直接現物支給(インフラ投資)する」
アレンがパチンと指を鳴らした。
その瞬間、広場の空中に、前世の総資産の数字が変換された『純金の魔法陣』が巨大に展開した。まばゆい光と共に、広場の空き地に、見たこともないほど頑丈な、特殊な魔術回路が刻まれた近代的なコンクリートブロックが、地鳴りを立てて山のように物質化されたのだ。
「な……なんだこれは!? 鋼鉄よりも硬く、かつ魔力を遮断する未知の建材が、これほどの超大量に……っ!?」
防衛兵たちが、その物理的な「予算の質量」の前に絶叫した。
「次に、農業ギルドの代表。君たちの申請『痩せた土地のための肥料代、金貨百枚』。これも却下。代わりに、僕の魔力を大地に直接均等分配して、土壌の栄養価を【Aクラス】まで一瞬で底上げする」
アレンが羽ペンを地面に突き刺すと、そこから金の光の脈がロストガルド全域の大地へと地中を駆け巡った。一瞬にして、乾いていた赤土が、本国の王宮庭園をも凌駕する、しっとりとした最高級の黒土へと変貌を遂げた。
「ば、馬鹿な……! 数十年間、何の手を尽くしても不毛だった最前線の大地が、一瞬で神の恵みの地に……っ!?」
農民たちが地面にへばりつき、涙を流して叫んだ。
身分や各種族の「不満」や「要望」をすべて完璧なデータとして査定し、それを異次元の物理魔力(前世の札束)で次々と現実のインフラに変えていくアレンの姿。それはもはや、政治や魔法の領域を遥かに超越した、文字通りの『現人神(都市管理者)』の降臨だった。
だが、その驚異的な大改造の様子を、街の片隅から忌々しげに睨みつける存在がいた。
バルハイト帝国の第一皇太子(アレンを追放した兄)が、アレンの監視と暗殺のためにあらかじめ街に放っていた、帝国お抱えの『SSS級・最高位黒魔導師』の暗殺者だった。
「ふん、無能皇子が何か小細工を始めたと思えば……。だが、どれほど土地を肥やそうと、お前の首を撥ねれば全ては終わるのだよ!」
暗殺者は漆黒のローブを翻し、アレンの背後の死角から、空間を切り裂くような最悪の即死呪い魔法『冥府の黒鎌』を解き放った。並の英雄級の戦士であっても、触れた瞬間に魂ごと消滅する、帝国の「影の武力」の最高峰だ。
「アレン様、危ないっ!!」
エリックが気づいて叫ぶが、もう遅い。黒い鎌はアレンの項すれすれまで迫っていた。
しかし、アレンは振り返りすら設定しなかった。
「……公共の広場における、無許可の『違法な魔法投棄(テロ行為)』だね」
アレンの周囲に、自動的に『純金の防衛予算障壁』が展開した。
キィィィン、という美しい金属音が響いた瞬間、SSS級の即死魔法であるはずの黒鎌は、アレンの髪の毛一本にすら触れることができず、ただのガラス細工のように粉々に砕け散った。
「なぁっ――!? 我が最高位の即死魔法が、ただの自動障壁に防がれただと……っ!?」
暗殺者が目を見開き、驚愕に身を震わせる。
「君の魔法の攻撃力、数字に換算するとだいたい『金貨三千枚分』の威力だね。……低いな」
アレンはゆっくりと振り返り、暗殺者を冷徹な財務官の目で見据えた。
「僕の現在の総資産(保有防御魔力)は、金貨に換算すると【数兆枚】を超えているんだ。予算の規模が違いすぎる(格差社会)。……不法不敬罪およびテロ未遂罪につき、君の存在をこの街の歴史から『全額損金処理』するね」
アレンが羽ペンを軽く一振りした。
「【予算執行・財政出動】」
ドンッ!!!
暗殺者の足元から、文字通り『天文学的な数字の金の光柱』が爆発的に噴出した。それは魔法の光ではなく、圧倒的な「富の暴力」そのもの。暗殺者はその光に包まれた瞬間、自らの持つ魔力も肉体もすべてを「過剰な予算」によって飽和・破裂させられ、消しゴムで消されたかのように、一瞬で霧散して消滅した。
本国最強のはずの暗殺者すら、ゴミを片付けるかのように一瞬で処理したアレン。
広場にいたエリックや住民たちは、もはや畏怖を通り越して、全知全能の神に対するような深い敬意の目を向け、その場に一斉に膝を突いて平伏した。
「信じられん……武力も、富も、そして慈悲も……すべてが規格外の御方だ。このロストガルドは、このアレン様と共に、本国をも凌駕する聖地になるぞ……!」
エリックが熱い涙を流しながら、忠誠を誓う。
「よし、これで第1期予算査定と、不法占拠者(暗殺者)のゴミ処理は100%完了だね」
アレンは手帳(ロストガルド版)に大きなチェックマークを書き入れ、静かに微笑んだ。
かつては頭脳(お役所知識)だけで戦ってきた男が、今度は「絶対に誰も勝てない最強の武力(総予算)」を手に入れた。法律を盾にする必要すらなく、理不尽な権力も暴力も、すべてその圧倒的なアセットの規模で正面から圧殺する。
「さあ、財政基盤は完璧に整った。だけどね、みんな。予算がこれだけ執行されたということは……明日からの『現場の施工管理(残業)』が、さらに山のように増えるということだからね!」
新領主アレンの不敵で、しかしどこまでも頼もしい号令に、ロストガルドの全住民の地鳴りのような勝鬨が、戦乱の帝国の夜空へ、高らかに響き渡るのだった。




