閑話 領主様の初めての有給休暇(職業病付き)
同なろう作品「無職転生-異世界行ったら本気出す-」のアニメ第三期をお祝いして、閑話を投稿します!
第三期おめでとう!
俺はこのためだけに生きてきました!
孫の手先生ありがとうー!
ガルガルドの街が人事評価制度(MBO)によって完璧な自律駆動組織へと進化し、完全に軌道に乗ったある日の朝。
領主館の執務室の扉が、かつてないほど重々しい音を立てて開かれた。
机に向かっていつものようにペンを走らせていたナオトが顔を上げると、そこには未だかつてないほど真剣な、そして冷徹な表情をしたリーネ、マルタ、クロエの三人が並んで立っていた。
「……おはよう、みんな。どうしたんだい、そんなに怖い顔をして。新しい行政課題でも発生したのかな?」
ナオトがいつもの公務員スマイルを浮かべると、中央に一歩進み出たリーネが、一枚の『公式な書類』をナオトの目の前にパシッと突きつけた。
「いいえ、ナオト様。新しいトラブルではなく、新しい『行政命令』です。……本日この瞬間より、ナオト様に【二十四時間の強制有給休暇】を支給します!」
「……えっ? ゆう、きゅう……?」
ナオトは思わず、眼鏡を指で押し上げて羊皮紙の書類を凝視した。そこには完璧な公印と共に、ナオトの全業務の凍結と、執務室への立ち入り禁止の条項が、完璧なお役所仕事の形式で記載されていた。
「ナオト、お前はガルガルドに来てから一日たりとも休んでいない」
マルタが腕を組み、鋭い視線でナオトを睨みつける。
「冬を越し、夏を乗り切り、王都を制圧し、組織を拡大した。お前のおかげで私たちは全員が豊かになったが――当のお前が、毎晩夜中まで書類を作って、目の下に消えない隈を作っている。これは領主の健康管理の観点から言っても、完全な『労働基準法違反』だ」
「お兄ちゃん! クロエね、リーネから『よるおそくまで働くと、お兄ちゃんが過労死っていう魔物に食べられちゃう』って聞いたの! だから今日は絶対にお仕事しちゃダメ!」
クロエがバッとナオトの机の上に飛び乗り、彼の両手から羽ペンと手帳を素早く没収した。
「いや、待ってくれみんな。気持ちは本当に嬉しいんだけど、今日中に決済しなきゃいけない『東部開拓特区の排水路の予算執行書』が――」
「それは私が完璧に代行します!」
リーネがナオトの背中の椅子を強引に引き、彼を立ち上がらせた。
「マルタさんもクロエも、今日はお仕事(残業)を一切しません! 私たちが交代でナオト様の『休日』を完璧に監視……じゃなくて、ご案内しますから。さあ、今すぐお着替えです!」
こうして、前世の役所時代から数えても十数年ぶりとなる、ナオトの「完全な休日」が半ば強制的に幕を開けた。
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昼下がり、ナオトは新調された私服(ガルガルド産高級ウールの爽やかなシャツ)に身を包み、リーネと一緒に新しく整備された『中央商業エリア』を散策していた。
石畳の道路はゴミ一つなく、どこからともなく冷風塔からの涼しい霧混じりの風が吹き抜けている。人間と魔族の住民たちが、出店で買ったイチジクのジュースを片手に笑顔で行き交う、まさに理想的な都市の光景だった。
「ふふ、ナオト様、お天気も良くて最高のお休みですね! あそこのカフェの焼き菓子、最近すごく人気なんです。一緒に食べましょう?」
リーネが嬉しそうにナオトの腕に自身の腕を絡め、お気に入りの店へと引っ張っていく。
「そうだね、本当にみんな楽しそうだ……。――あ、ちょっと待って」
ナオトは突然、足をピタリと止めた。その視線は、カフェではなく、道路の脇にある『雨水排水口』のグレーチング(鉄格子)へと注がれていた。
「……リーネ、あの排水口、ちょっと泥が詰まりかけているね。このままだと、夕方に局地的な大雨(ゲリラ豪雨)が降った場合、あそこの十字路の側溝から水が溢れて、カフェのテラス席が浸水(床下浸水)するリスクがある。今すぐ土木課のオークたちに連絡して、緊急の浚渫作業の指示書を――」
「ナオト様ーーーっ!!!」
リーネが両手でナオトの頬を挟み、強引に自分の顔へと向けさせた。
「お・し・ご・と・は、禁止です! 排水口の詰まりは、毎朝の定期清掃のルーティンで明日オークたちが綺麗にしますから! 今は目の前の美味しそうなケーキだけを見てください!」
「う、うん……ごめん。つい職業病が……」
ナオトは苦笑いしながら、リーネに口元へ運ばれた甘いタルトを咀嚼した。確かに美味い。自分が作った予算と物流ルートが、こうして住民の日常の「美味しい」に繋がっているのを肌で感じられるのは、デスクの上では味わえない最高の贅沢だった。
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夕方からは、監視の担当がマルタへと交代した。
マルタは軍服を脱ぎ、動きやすいカジュアルなノースリーブの私服姿だった。その圧倒的なプロポーションと、夕日に映える美しい黒髪に、すれ違う住民たちが思わず振り返る。
「ナオト、少し歩き疲れただろう。新しく整備された西側の『温泉公園』へ案内する。お前が作ったあの湯治場は、今や我が部下たちの最高の憩いの場だ」
マルタに連れられてやってきた温泉街は、硫黄の心地よい香りと、豊かな湯煙に包まれていた。オークの戦士たちが、気持ちよさそうに巨大な露天風呂に浸かって一日の疲れを癒している。
「本当に良いインフラになったね、マルタさん。あ、ところで――」
ナオトの目は、温泉の湯加減ではなく、公園の入り口に新しく建てられた『案内看板』の文字に釘付けになっていた。
「マルタさん、あの看板の『魔族語』の表記、文字のフォントが少し潰れていて、視覚的バリアフリーの観点から言うと高齢の魔族の方が見落とす可能性がある。それに、転倒防止のコンクリートのスロープの手すり、ネジの締め付けが少し甘い気がするな。【材質鑑定】で確認させてくれ、もし強度が足りなければ即座に『施設使用停止命令』を出さないと――」
「ナオト……」
マルタが静かにナオトの前に立ち塞がり、彼の肩をガシッと掴んだ。その瞳の奥には、呆れと、深い愛おしさが混ざり合っている。
「看板の文字も手すりも、お前が導入した『週次安全点検シート』に基づいて、明日の朝一番に監査官がチェックすることになっている。お前が作った『システム』を信じろ。……今は、ただこの美しい夕日と、温泉の心地よい音だけを楽しめばいいのだ」
「あ、ああ……そうだね。僕が作ったルールだもんね、現場に任せないとね……」
ナオトは頭を掻きながら、マルタの隣に座って、ゆっくりと沈んでいく美しい夕日を眺めた。
自分が必死に作った「組織」が、自分がいなくても完璧に機能している。それは、一人の都市管理者として、これ以上ない最高の「休日のプレゼント」だった。
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夜、領主館に戻ったナオトを待っていたのは、部屋いっぱいに広がる美味しそうな肉料理の香りと、元気いっぱいのクロエだった。
「お兄ちゃん、おかえりー! 最後の監視係はクロエだよ!」
クロエがナオトの腰に勢いよく抱きつき、ふさふさの尻尾を激しく振った。部屋のテーブルの上には、リーネとマルタ、割当を終えたエレオノーラも合流して、ガルガルドの特産品をふんだんに使った豪華なディナーが並んでいる。
「ナオト様、一日お疲れ様でした! ちゃんと休めましたか?」
エプロン姿のリーネがクスクスと笑いながらスープを取り分ける。
「ああ、途中で何度も書類を作りそうになったけど、みんなのおかげで人生で一番『中身の濃い休日』を過ごせたよ。ありがとう」
「ふふ、これだけの成果を出しながら、仕事をしていないと落ち着かないなんて、あなたも相当な変わり者ね」
エレオノーラが上質なジュースをグラスに注ぎながら、からかうように微笑んだ。
美味しい料理を食べ、他愛のない話で笑い合う、穏やかな夜のひととき。
クロエはナオトの膝の上ですっかり満腹になり、ふかふかの尻尾をナオトの腕に絡めながら、スースーと気持ちよさそうに寝息を立て始めた。
「……ナオト様」
リーネが、少し真剣な、しかしどこまでも優しい目でナオトを見つめた。
「私たちは、ナオト様が作ってくれたこの街が、世界で一番大好きです。だからこそ……この街を支えるナオト様自身にも、ずっと元気で、笑顔でいてほしいんです。だから、これからもたまには、こうして強制的に有給休暇を取らせますからね?」
「ああ、約束するよ。これからはスケジュール帳に、ちゃんと『公認の休日』を組み込んでおくね」
ナオトは、膝の上のクロエの頭を優しく撫でながら、隣に座るリーネとマルタの頼もしい顔を見つめた。
追放された最果ての地で、最初はたった一人、書類と数字だけを武器に始まった孤独な戦い。
しかし今、彼の周りには、自分の健康を本気で心配し、共に未来を歩んでくれる、かけがえのない「家族(仲間)」がいた。
「よし……最高の充電ができた。明日からの新年度・第二期開拓事業(残業)は、これまでの百倍の効率で書類を片付けてみせるからね!」
ナオトの仕事中毒な一言に、リーネとマルタは顔を見合わせ、「やっぱりお仕事人間ですね」と、呆れながらも、この上なく幸せそうな笑顔を咲かせるのだった。




