第十四話 王都進出は「特許(ライセンス)ビジネス」で殴り込みます
無主地先占という名の合法的かつ冷徹な手続きにより、東側の広大な荒野を丸ごとガルガルド領へと組み入れてから一ヶ月。
手に入れた広大な新領地『東部開拓特区』では、ナオトの設計した近代的な住宅街の建設が急速に進み、過密化問題は完全に解消されていた。
さらに、クロエたち獣人が管理する果樹園から収穫された最高級フルーツ『赤砂の無花果』は、ガルガルドの特製糖蜜漬け(ジャム)として加工され、本国と隣国の市場で金貨の山を築き続けていた。
もはや、最果ての流刑地ガルガルドは、誰も無視できない一大経済都市となっていたのだ。
「――そして、これが今朝届いた、王都の最高商業ギルドからの『直々の招待状』よ」
領主館の執務室。マルタが、豪奢な金箔が施された一通の書状を、机の上のナオトの前に置いた。
書状には、本国の王宮と最高商業ギルドの二つの巨大な公印が、仰々しく押されている。
「内容を要約すると、『ガルガルドの領主大野直人、およびその幹部らは、近年の目覚ましい経済貢献を称え、王都で開催される大夜会へ特別賓客として招待する』とのことだ。……まぁ、本音を言えば、これだけ稼ぎまくっている私たちの利権を、王都のど真ん中で直接値踏みし、あわよくば毟り取ろうという魂胆だろうな」
「王都進出……! ついに、あのナオト様を追い出した意地悪な貴族たちの目の前へ、乗り込む時が来たんですね……!」
リーネが拳を握り締め、その瞳を興奮で輝かせる。
「お兄ちゃん、王都って美味しいものたくさんある!? クロエ、お兄ちゃんと一緒にオシャレして行きたいな!」
クロエもナオトの膝の上で、ふさふさの尻尾をパタパタと嬉しそうに動かした。
ナオトは手帳を開き、王都の貴族たちの派閥図と、ガルガルドが現在保有しているアセット(資産)の数値を冷静に見比べた。
「いいよ。ちょうど僕も、一度王都の市場を直接視察したいと思っていたところだし、招待に応じて、堂々と王都へ『殴り込み』をかけようか」
ナオトが不敵に微笑むと、マルタが少し心配そうに腕を組んだ。
「だが、ナオト。王都はあの強欲な監査官のような間抜けばかりではないぞ。あそこは権力と暴力、そして搦め手の謀略が渦巻く魔窟だ。……また、お前の得意な『法律の書類』だけで、奴らを黙らせることはできるのか?」
「いや、マルタさん。僕も、ただ法律の条文を読み上げて相手を論破するだけの手法には、正直ちょっと飽きてきたところなんだ」
ナオトは眼鏡の位置を指で直し、これまでの冷徹な公務員スマイルとは一味違う、獲物を狙う獰猛な商人のような笑みを浮かべた。
「今回は、法律を盾にするんじゃない。僕たちが冬と夏を越えるために血を吐きながら生み出してきた『技術』と『富』そのものを最大の鈍器にして、王都の貴族どもの顔面を正面からぶん殴ってやる(札束で叩く)のさ。お役所仕事で言うところの――【特許独占による市場ジャック】だよ」
——
数日後。本国の中心にそびえ立つ、絢爛豪華な王都の中央大夜会。
クリスタルのシャンデリアが眩い光を放ち、絹やビロードの高級ドレスに身を包んだ大貴族や大商人たちが、優雅にグラスを傾けている。
そこへ、ガルガルドからの『特別賓客』として、ナオトたちが姿を現した。
仕立ての良い漆黒の礼服に身を包んだナオト。
その両脇を固めるのは、純白のドレスを纏い、まるで聖女のような美しさを放つリーネと、真紅の夜会服に身を包み、圧倒的な覇気と妖艶さを放つ魔族の美女マルタ。
そして、高級なリボンを耳につけ、ナオトの手をしっかりと握って嬉しそうにしている獣人の美少女クロエだ。
そのあまりにも洗練された、かつ強烈な存在感を放つ一行に、会場の貴族たちの間でザワザワと大きなどよめきが走る。
「おい、あれが最果てに追放されたはずの『無能領主』か……?」
「嘘だろう、なぜ魔族の極上美女や、あんなに美しい娘たちを従えているんだ……!」
その嫉妬と驚愕の視線の中を、ナオトたちは堂々と突き進んだ。
すると、会場の奥から、高価な毛皮の外套を羽織り、いかにも傲慢そうな笑みを浮かべた中年の大貴族――かつてナオトの追放を最終決定した、本国の最高宮廷伯爵が数人の護衛を引き連れて歩み寄ってきた。
「やあやあ、大野直人領主。最果ての肥溜めから、よくぞ王都の華やかな光の中に這い上がってきたものだな」
宮廷伯爵はわざとらしい拍手をしながら、周囲の貴族たちに聞こえるように大声で嘲笑った。
「聞けば、最果ての泥水を使った焼き物や、獣の毛皮を売って、少しばかり小銭を稼いでいるそうじゃないか。だが、勘違いするなよ? お前がどれだけ田舎で調子に乗ろうと、ここは本国の中心だ。我々中央の許可がなければ、お前の街の安物など、明日から王都の市場で一ピンドも売れなくしてやることもできるのだぞ?」
その、あからさまな脅しと侮辱に、リーネが悔しそうに唇を噛み、マルタの瞳に冷酷な魔力が宿る。
しかし、ナオトは全く動じることなく、手元に用意していた小さな木箱を、近くの給仕のトレイの上にコト、と置いた。
「宮廷伯爵閣下、お久しぶりです。相変わらず、現場の数字を何も見ずに、高い場所から物を言うのがお好きなようで」
「何だと……!?」
「あなたが『安物』と呼んだ我がガルガルドの『魔導陶器』。本日、この夜会が始まる二時間前に、私は王都の【最高特許技術院】へ足を運び、この陶器に含まれる特殊な粘土配合と、魔術回路の『製造特許』を、私の個人名義で完全に独占登録(確定)させてきました」
ナオトは木箱の蓋を開けた。中から現れたのは、淡い真珠色の光を放つ、完璧な美しさを持つ最高級の魔導陶器のグラスだった。
「このグラスはね、注いだ飲み物の魔力を永続的に活性化させる。……そして、今、王都のすべての高級魔術師ギルドや、あなた方大貴族の御用達となっている最高級ワインのボトル。あれの底に『我がガルガルドの魔導陶器の技術』が、ヴァルハイト商会を通じて、すでに隠れて組み込まれている(OEM供給)のをご存知ですか?」
「な、何だとぉ……っ!?」
——
ナオトの爆弾発言に、宮廷伯爵の顔から血の気が引いた。
「法律の書類であなたを罰するつもりはありません。ただ――現実の『経済の供給網』の話をしているんです」
ナオトは一歩前へ出て、宮廷伯爵を冷徹な目で見下ろした。
「本日この瞬間から、もしガルガルドに対する不当な市場規制や嫌がらせが行われた場合、私はその特許権に基づき、本国のすべての業者に対し【我が街の技術の使用差し止め請求】を即座に執行します。そうなれば、明日から王都のすべての魔術病院のポーション瓶、高位魔術師の杖のコア、そしてあなた方が今飲んでいるその最高級ワインのボトルに至るまで、すべての製造が『ピタリと停止』します」
「き、貴様……中央のすべての産業を人質に取るつもりか……っ!」
「人質だなんて人聞きが悪い。ただの『正当な権利の行使』ですよ」
ナオトは完璧な笑みを浮かべながら、給仕から受け取ったワイングラスを、宮廷伯爵のグラスにチリン、と軽くぶつけた。
「あなたがいくら中央の権力を持っていても、明日から王都の魔術インフラがすべて麻痺し、大商人たちが一斉に破産するリスクを背負ってまで、僕を潰す度胸は実ますか? ……もし僕をもう一度追放したいなら、どうぞ。その代わり、王都の経済も一緒に、最果てのどん底まで道連れに(クラッシュ)してあげますから」
圧倒的な『富』と『技術の独占』という、絶対的な暴力。
法律を盾にするのではなく、本国の心臓部(経済)を根こそぎ握りつぶすようなナオトの容赦なき逆襲に、宮廷伯爵は言葉を失い、持っていたグラスを床へと落として粉々に砕いた。
「ひ、ひぃ……っ! ば、化け物め……!」
伯爵は周囲の貴族たちが冷ややかな目を向ける中、情けなく悲鳴を上げながら、夜会の会場から逃げるように去っていくしかなかった。
——
「――ふぅ。やっぱり、札束で相手の顔面を正面から叩くのは、書類仕事よりも実質的な効果が早くてスカッとするね」
夜会からの帰り道、王都の美しい月明かりに照らされた豪華な馬車の中。ナオトはネクタイを少し緩めながら、手帳に今回の『王都市場制覇』の記録を書き込んでいた。
「素晴らしいわ、ナオト。本国の中央貴族たちが、お前の一言で生殺与奪の権を握られ、怯え震える姿……。あの傲慢な連中を完全に経済的に支配するとは、どんな軍隊を率いるよりも痛快な勝利だ」
マルタがナオトの隣に深く腰掛け、その妖艶な瞳に熱い羨望の光を浮かべながら、彼の肩に自身の頭を預けた。
「ナオト様、本当にすごいです! これで、もう本国から私たちに嫌がらせをしてくる人なんて、誰もいなくなりましたね!」
リーネも、ナオトの手を両手でぎゅっと握りしめ、幸せそうに微笑む。
「お兄ちゃん、クロエ、王都の最高級お肉、お腹いっぱい食べられてすっごく幸せ! これからもずーっと、お兄ちゃんについていくからね!」
クロエがナオトの膝の上に丸くなって座り、ふさふさの尻尾を彼の腕に巻き付けて、満足そうに喉を鳴らした。
かつては無能と罵られ、最果てへと追放された一人の文官。
しかし彼は今、ただの流刑地を独立した経済特区へと育て上げ、その圧倒的な富と技術のライセンスを以て、本国の心臓部すらも裏から支配する『影の支配者』となったのだ。
「さあ、王都の市場も完全にガルガルドの傘下に収めた。でもね、みんな。市場が大きくなるということは、明日からの『製品の品質管理』の残業が、さらに何倍にも増えるということだからね!」
ナオトの不敵で、しかしどこまでも楽しそうな号令に、美しいヒロインたちの頼もしい返事が、王都の夜風に心地よく響き渡るのだった。




