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第十二話 都市計画は「区画整理」から始めます

本国最大の『ヴァルハイト商会』と隣国の『レオンハルト商会』を相見積もりで競合させ、ガルガルドに圧倒的有利な交易契約を結んでから二ヶ月。

最果ての経済特区となったこの街は、今や大陸全土から注目を集める場所へと変貌を遂げていた。

しかし、急激な経済の発展は、ナオトの前へ新たな、そして極めて現代的な行政課題を突きつけていた。

「ナオト様……っ、もう領主館の受付がパンク状態です! 本国の悪政から逃れてきた新たな難民の人たちや、一攫千金を狙ってやってきた出稼ぎの労働者、それに商人の馬車が毎日何十台も押し寄せていて……街の人口が、この二ヶ月で当初の『三倍』にまで膨れ上がっちゃいました!」

リーネが山のような住民登録の書類を抱え、目を回しながら執務室に飛び込んできた。

かつては閑古鳥が鳴いていたガルガルドの城門前には、今や家を持たない人々が即席で作った、粗末なテントや木造の違法建築スラムが、無計画に広がりつつあったのだ。

「人口の急激な過密化、か……。前世の都市部でも一番頭の痛い問題だね」

ナオトは手帳を開き、街全体の【測量】データを脳内でアップデートした。

無計画に建てられた小屋のせいで、道路は狭く入り組み、馬車の離合すら満足にできない。さらに、ゴミの廃棄場所が決まっていないため、路地裏には廃棄物が溜まり始めていた。

「ナオト、事態はそれだけではないぞ」

入室してきたマルタが、額の汗を拭いながら厳しい表情で書類を差し出した。

「最果ての冬が地獄なのは知っての通りだが……実はこの盆地、夏は一転して、逃げ場のない『酷暑の地獄』と化すのだ。まだ六月だというのに、この日差しの強さを見ろ。密集した簡易住居の中は、すでに蒸し風呂のようになっている。このまま本格的な真夏を迎えれば、熱中症でバタバタと人が倒れるぞ」

窓の外を見ると、ぎらぎらとした強烈な太陽光が大地を炙っていた。

過密化、ゴミ問題、そして熱中症の危機。

役所の環境衛生課や都市計画課にいた人間なら、誰もが胃を痛めて夜逃げしたくなるような、最悪のトリプルコンボだった。

「……よし。それじゃあ、溜まった膿をイッキに吐き出させようか」

ナオトは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、完璧な公務員スマイルを浮かべた。

「みんな、手元にある予算(金貨)の使い所が来たよ。前世の『都市計画法』と『環境衛生基準』をベースに、ガルガルドの街を根本から区画整理する!」


——


翌朝、ナオトは【製図】スキルで一晩で書き上げた、巨大な『ガルガルド近代的区画整理図』を広場に掲出した。

「みんな、聞いてほしい!」

ナオトの声が、集まった新旧の住民たちに響く。

「この街は豊かになった。だけど、今のまま無計画に家を建て続ければ、夏の暑さで病気が流行り、火事が起きれば街ごと全焼してしまう。だから今日から、すべての建物をこの図面の通りに『配置換え』する。これを前世の言葉で『土地区画整理事業』と言うんだ」

ナオトの図面は、中央を貫く一本の広い「幹線道路」を中心に、住居エリア、商業エリア、工業エリア(陶器の窯など)が完璧に色分けされていた。さらに、家と家の間には必ず一定の隙間を開け、風が通り抜ける「風の道」が計算し尽くされていた。

「でも、領主様! 今ある家を壊して作り直すなんて、そんな時間もお金も――」

新しくやってきた難民の男が不安そうに声を上げる。

「心配いらないよ。ここで、我が街が誇る最強のインフラチームの出番だ!」

ナオトの合図とともに、背後から地鳴りのような足音が響いた。

現れたのは、マルタが率いる、お揃いの作業着を着た屈強なオークやトロールたちの「建設作業団」だった。彼らの手には、ガルガルド特製の頑丈な建材と、即席コンクリートの袋が大量に握られている。

「人間の新入りども、安心しろ!」

オークの現場リーダーが、ガハハと豪快に笑った。

「俺たちの筋力と、領主様の『コンクリート型枠工法』があれば、こんな小屋の移動や頑丈な家への建て替えなど、一日で数十軒は余裕だ! お前たちは領主様の指示通りに、荷物をまとめて場所を移動するだけでいい!」

「さあ、分刻みのタイムライン通りに動くよ! 遅れたら残業だからね!」

リーネがメガホンを片手に、住民たちの誘導を開始する。

オークたちが凄まじい怪力で古い木造小屋を安全に解体・移動し、空いた土地に、あらかじめナオトが【測量】で引いた白線通りに、美しい石造りとコンクリートの基礎が打ち込まれていく。

道路の幅は従来の三倍に広がり、その地下には、冬の間に培った技術で作られた「密閉型下水道」が同時に埋設されていった。ゴミの集積所も各区画に一箇所、完全に指定され、住民による「分別回収システム」の運用が始まった。

あまりにも無駄のない完璧なお役所仕事の連携に、新入りの住民たちは口をあんぐりと開けて驚愕するしかなかった。


——


だが、区画整理によって「風の道」を作ってもなお、盆地特有の容赦ない熱気は街を包み込んでいた。特に、外での過酷な労働を担う魔族や獣人たちの体力消耗は激しい。

「お兄ちゃん……クロエ、暑くて溶けちゃいそうだよぉ……」

クロエが領主館の冷たい石床に大の字に寝そべり、ふさふさの尻尾を力なくパタパタと動かしていた。犬耳も完全にヘタれてしまっている。

「ナオト、私の部下たちも、この暑さでは仕事の効率が三割は落ちる。本国の高度な魔法を使える魔術師がいれば、巨大な『氷結結界』を張らせることもできるのだが……そんな予算も人材も、この街にはない」

マルタも、珍しく汗を流しながら首元をはだけさせていた。

「高度な魔法結界なんて、コストがかかりすぎるから必要ないよ、マルタさん」

ナオトは、机の上に置かれた、ガルガルド特産の『魔導陶器』で作られた奇妙な形の装置を指で叩いた。

「魔法が使えないなら、前世の『科学の知恵』を使えばいい。水が蒸発するときに、周りの熱を奪っていく現象――【気化熱の原理】を利用するんだ」

「キカネツ……?」

「そう。この装置の中に水を入れ、街の地下水路から組み上げた冷たい水を、表面にじわじわと染み出させる。そこに、オークたちの腕力、あるいは簡単な風魔石で動かすファンで風を送り込む。そうするとね、通り抜けた風が劇的に冷やされて、冷たい冷気が吹き出す仕組みさ。前世の工場でよく使われていた『大型気化式冷風機エコクーラー』の異世界版だね」

ナオトはすぐに、その試作機に水を満たし、背後の小型ファンを回した。

ブォオオ、と静かな稼働音が響くと同時、装置の吹き出し口から、まるで初雪の日のような、キリッと冷え切った極上の『冷気』が、室内に勢いよく吹き出してきた。

「っ……!? つめた、心地よい風……!」

マルタが驚愕に目をみはり、冷気の正面に立ちすくむ。

「お、お兄ちゃん! これ、すっごく気持ちいい!」

クロエがバッと跳ね起き、冷風機の前にへばりついて、嬉しそうに尻尾をブンブンと振り回し始めた。

「よし、これを量産して、新しく整理された街の各区画の『風の道』の起点に設置する。街全体に、冷たい川の水を使った天然のクーラーの風を行き渡らせるんだ。題して『ガルガルド・涼風都市化プロジェクト』。これなら熱中症の発生率を完全にゼロにできるよ!」


——


数日後。

生まれ変わったガルガルドの街には、驚くべき光景が広がっていた。

碁盤の目のように美しく区画整理された大通りには、ゴミ一つ落ちておらず、新設された下水道のおかげで、夏の都市特有の嫌な悪臭は完全に遮断されていた。

そして何より、通りの各所に設置された、魔導陶器製の巨大な「冷風塔」からは、冷たく心地よい霧混じりの冷気が絶え間なく街中へ送り出されていた。密集地特有のあの狂気的な暑さは霧散し、街全体がまるで「高原の避暑地」のような、爽やかな涼しさに包まれていたのだ。

「信じられん……本国の王都でさえ、夏は悪臭と暑さで地獄のようになるというのに。この最果ての街は、王宮の庭園よりも涼しくて清潔ではないか……!」

交易のためにやってきた本国の商人たちが、冷風塔の風を浴びながら、呆然と街並みを見上げていた。

「領主様、本当にありがとうございます! 部屋の中が涼しくて、子供たちもあせもをかかずに元気に遊んでいます!」

新しく入居した難民の母親たちが、ナオトに向かって深く頭を下げる。

「いや、これもルール通りにゴミを分別し、区画整理に協力してくれた皆さんのおかげですよ」

ナオトは完璧な公務員スマイルで応じ、手帳に「夏季環境衛生計画・完了」の大きなチェックマークを書き入れた。

過密化によるスラム化を未然に防ぎ、下水道による疫病対策を完了し、気化熱の冷風機で熱中症を完全に克服した。

ガルガルドは今や、ただの流刑地でも、ただの稼げる貿易港でもない。大陸で最も先進的で、最も住民の健康が守られた『超近代的な環境衛生都市』へと、そのステージを進めたのだ。

「ナオト様、本当にお疲れ様です」

リーネが冷たい冷水で冷やした果物の皿を持って、ナオトの隣で微笑む。

「これで夏の手続きも完璧だね。だけど、街がここまで綺麗で魅力的になると……今度は、僕たちの成功を妬む『中央の悪い虫』たちが、環境規制だの何だのと、新しいイジワルを考えてくるはずさ」

ナオトは手帳をパタンと閉じ、窓の外の美しい涼風都市を見つめながら、不敵に笑った。

「どんな嫌がらせが来ても、すべて僕の『お役所仕事の書類』で返り討ちにしてあげるから。さあ、みんな、次の秋の収穫期に向けて、さらにタウンマネジメント(残業)を加速させようか!」

ナオトの頼もしい言葉に、マルタ、リーネ、そして元気を取り戻したクロエが、最高の笑顔で力強く頷くのだった。

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