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崩壊した世界で、僕の「女神」がヒトになるまで。〜最果ての楽園で、世界の謎に挑む!最強バディと仲間たちが紡ぐ、拠点防衛の群像劇〜  作者: タチバナ ナツメ
第一章:聖鐘奪還篇

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第九話:残念な貴族たちと、ヴァルの決断

 上質なマントに覆われた肩を小刻みに震わせながら、男は尚も高笑いを続けていた。


「お前たちが、あの鐘楼を奪還するだと? 騎士団の精鋭が手をこまねいている、あの鐘楼をか? 甘い、甘いぞ……どう考えても不可能だ!」


 男の大音声が、猫亭の隅々にまで響き渡っている。


 悩ましげに額を押さえたその仕草の芝居臭さと言ったら、目も当てられない。

 他人の機微に疎いヴァルでさえ、うすら寒さを感じてしまうほどだった。


「その通りですわ! 全くもって、オスカー様の仰る通りですわ!」


 そしてなぜか、男の背後に寄り添っていた巻き髪の少女までもが、ともに笑い声をあげている。


 男の取り巻きとおぼしきその少女も、いかにも高貴な身分といった風体をしていた。


 艶やかなベルベットのガウンに、亜麻色の美しい巻き髪。何なら、目の前にいる主よりも煌びやかで、目立つ印象さえある。


「なんですか……あの頭の悪そうな方々は」


 羽虫を見るような冷たい目つきで男らを一瞥した後で、ガラハッドはテオにぼそりと声をかけた。


「ああ、あれ……あの人はオスカーって言ってね」


 深々と溜息をもらし、面倒臭そうに席を立つテオ。

 一応の配慮とばかりに再びカウンターの奥に回ってから、テオはヴァルたちに向かってコソコソと耳打ちしてくる。


「彼は一応、蒼角騎士団(アズール・エクラ)の隊長格――『遺存者(レムナント)』の一人なんだけど。見てわかる通り、性格に難のある人でね」


「聞こえているぞ、平民ども! まあ貴様らが勝手に世迷い事を抜かした挙句、勝手に散っていったところで、誰も悲しむものはおらん! せいぜい好きに暴れるがいいさ!」


「さすがオスカー様! 見ず知らずのド平民にお情けをおかけになるなんて――どこまでも慈悲深きお方ですわ!」


 この小声を聞かれていたなんて――

 

 オスカーと呼ばれた男は、よほど耳が良いらしい。

 しかしながら、こちらの発言に腹を立てる様子もなく、取り巻きの少女と何度目かの高笑いを響かせている。


「毎度のことながら、頭が痛くなってくるわね……」


「意識するだけ時間の無駄というものですね。馬鹿らしくて、気にもなりませんが」


 呆れかえる一同をよそに、ふとヴァルは、他の客や給仕たちに目を泳がせた。

 しかし彼らは「巻き込まれたくない」と言わんばかりに、ヴァルたちから露骨に目を逸らしてくる。


 気まずさに耐えかね、ヴァルは大して気にもしていない話題を、無理くり口に出してみることにした。


「オスカーさんってすごく綺麗な身なりだけど、貴族なのかな? なんでボクたちみたいな――ド平民が集まる場所にわざわざ来てるんだろう?」


「あら、ヴァル。あなたいいところに目を付けるわね」


 ヴァルが問いかけると、それまで疲労感を全面に押し出していたテオが、水を得た魚のように活き活きとした表情で、傍らを指さした。


「オスカーさん、また来たの? 従者の人が突っ立ってると邪魔だから、狭いカウンター席に座るのやめてって言ってるでしょ!」


 テオの示した先では、彫りの深い目を鋭く尖らせたイツェルが、腕を組んでオスカー一行を睨め付けている。


「イツェル……今日も美しいな! どうだ? 今度私と、極上のワインを楽しみながら――」


「あーはいはい、忙しいから話しかけてこないでね」


 オスカーに対するイツェルの言動は、見ているこちらがヒヤヒヤするほど辛辣である。


 しかしながら、両手を拡げて棘の雨を浴び続けている状態のオスカーに、こたえた様子は微塵もない。


 それどころか先ほどとは打って変わって、心の底から幸せそうに、キラキラと白い歯を輝かせていた。


 鈍感なヴァルといえど、ここまで露骨な態度を目の当たりにすれば、さすがにいろいろと察しはつく。


「あー……そういうことかぁ……」


「イツェルに全く脈がねえのに、毎日通ってんだよな……あの人」


「――随分、暇な隊長殿も居たものですね」


 カウンターの見物人たちの意見は、ひどく冷ややかだ。

 しかし、己の感情にどこまでも正直なオスカーの姿は、言いたいことを呑み込みがちなヴァルからしてみれば、ほんの少し眩しくも思えた。


「てか、食べ終わったんならさっさと出てってくれない? 後がつかえてんの、見て分からないの? 馬鹿なの!?」


 こちらにイヤミの矛先が向けられなくなったことは幸いだったが、代わりの標的となったイツェルは、口から炎でも吐き出しそうな勢いでオスカーを罵倒している。


「あーた、さっきから偉そうに何なんですの!? 少しは口を慎みなさい!」


「はあ!? 偉そうにしてるのはどっちなのよ!」


 巻き髪の少女も戦列に加わり、イツェルの周囲はいよいよ混沌の様相を呈してくる。


「若……もう帰りませんか? お勤めもまだ残ってますし……」


 いつの間に現れたのか――否、もしかすると最初からいたのかもしれないが――もう一人の従者とおぼしき、甲冑に身を固めた大男が、あたふたしながらオスカーたちに声をかけていた。




 ぽかんと大口を開けたまま、ヴァルはしばし彼らのドタバタ劇に見入っていたようだ。


「あー……とりあえず、オスカーさんのことは放っておこうぜ。依頼の話に戻るが――」


 ロナンの呆れ声と、隣の相棒がテーブルを小突く音が聞こえ、ようやっとヴァルは我に返っていた。


「鐘楼奪還作戦を行うにあたって、俺には心強い協力者もいてな。依頼主の学者とも面識があって、信頼できる相手なのも分かってんだ」


 得意満面で、分厚い胸板をドンと力強く叩いてみせるロナン。


「仲間の協力を得て、奪還までの道筋も既に組み立ててある。だが、今まで戦力面に大きな不安があったせいで、実行できなかったんだ。情けねえ話だが、ザハグどもを退けるだけの戦闘能力が全く足りてなかった」


「ボクたちがザハグの群れをなんとかすれば、鐘楼は取り返せる……?」


 自信に満ちたロナンの姿を目の当たりにし、ヴァルの胸には大きな期待が込み上げていた。


 逸る気持ちを抑えてロナンを見つめると、彼は精悍な眼差しでヴァルに応え、深々と頷いた。


「そうだ。だから協力してくれ。まずは俺の仲間に会って、話を聞いてほしいんだ」


 ロナンから決断を迫られたと感じた瞬間、ヴァルはほぼ反射的に、傍らの相棒に視線を移していた。

 ガラハッドは口元に手を当て、何やら深く考え込んでいる。


「――ヴァル、君はどうしたい?」


 唐突に問いかけられ、ヴァルは小さく身を強張らせた。

 まるで先の見えない暗闇に放り出されたような、言いしれない不安感に苛まれている。


 当然ながら、彼の中では既に揺るぎない自説が組み上がっているはず――しかしそれでも、彼はヴァルに意見を求めてきたのだ。


 ――大丈夫。

 ボクは、ボクの思うままを伝えなくちゃ。


 いつの間にか伏せていた両眼をしっかりと開けたヴァルは、まっすぐにガラハッドを見つめた。


「もちろん、ボクはロナンを助けたい。ロナンの仲間の話を聞いてみよう」


「――わかった、そうしよう」


 驚くほどあっさりと受け入れられたことで、ヴァルはやや面食らう。

 

 ところが、そんなヴァルに釘を差すように、相棒は人差し指を突き付けてくる。

「但し、一つだけ」と短くこぼし、ガラハッドはその指先をロナンの鼻先に滑らせた。


「あなた方の立てた『道筋』とやらに少しでも穴があると感じた場合は、即刻手を引きます」


 ほんの一瞬、顔つきを強張らせたロナンであったが、すぐさま笑顔とともに、安堵の溜息をこぼした。


「いいぜ、そうこなくちゃな!」


 そして軽快に膝を打ったロナンは、勢い良く立ち上がる。


「テオさん、今夜はこの二人に一番いい部屋を用意してやってくれ。費用は俺がもつ!」


「……分かったわ。でも、話し合って無理だと判断したなら、ガラハッドの言うことを受け入れなくちゃダメよ」


 そんな彼の様子を見つめたテオは、観念したように小さく息をつき、力なく笑みを浮かべた。


「俺は一足早く仲間に連絡を取ってくるよ。俺たちの居場所はテオさんが知ってるから、明日の朝尋ねてきてくれ!」


 卓上に残っていた依頼書を手早く巻き直し、ロナンは一刻たりとも無駄にしたくない様子で、バタバタと帰路につこうとする。


「待って、ロナン!」


 ロナンが背を向けたあと、カウンターに置き去りになっていた革張りの長筒を見つけたヴァルは、慌てて彼を呼び止めた。


 ヴァルが投げ寄越したそれを軽々と受け取り、ロナンは再びにっこりと笑ってみせる。


「今日は長旅の疲れをゆっくり癒してくれよ。お前たちに会えて、ほんとによかった」


*****


「すごーい! 天蓋付きのベッドだ! 水浴びできる部屋まであるの!?」


「そうよ~♪ うちの宿の特別室には、便利な魔具(マジックアイテム)がたくさん備え付けられてるの! ゆっくり疲れを癒してね、ヴァル!」


 ロナンの計らいで「一番いい部屋」に通されたヴァルは、心を躍らせつつ、テオとともに部屋のあちこちを巡り、跳ね回っていた。


 ひとり、部屋の入口に佇むガラハッドが、不服そうにこちらを見つめている。


「ちょっと待ってください、イツェルさん。僕とヴァルの部屋が別なのは、どういうことなんです?」


「は……? どういうことも何も、そんなの当たり前じゃない! あんた何言ってんの?」


 持ち込んだシーツを手際良く整えていたイツェルは、不審者を見るような目遣いでガラハッドを振り返る――。

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