第七話:最高の相棒と、新たな挑戦
――そっと目を閉じる。
これまでの旅路で出会った人々の面影をひとつひとつ思い返しながら、ヴァルはさらにガラハッドに語りかけていた。
「ここへ来るまで、君の助けを借りて何とかやってきた。その中で、荒れ果てた世界で希望を失い、絶望の中で倒れてしまう人たちもたくさん見てきたよね」
小さく息をつき、ヴァルは再び目を開ける。
「――その度にボクは、彼らのために何かできることはないのかなって、考え続けてきたんだ」
相棒のアメジストの瞳には、覚悟を決めた自らの姿が鏡のように映り込んでいる。
――ああ、そうだ。ずっと望んでいたことは、これだった。
今日こそは、迷う日々に終止符を打つ。
揺るぎない想いを自覚したヴァルは、肩の力を抜き、相棒の眼差しをまっすぐに捉えた。
「ボクは、別に騎士になりたいわけじゃない。でもそれが、困ってる人を助けるための最良の手段だとするなら、迷わずそれを選びたいと思ったんだ」
言ってしまった――
ヴァルの覚悟を聞いた後も、ガラハッドに目立った反応はない。
眉ひとつ動かさず、じっとこちらを見つめたままである。
ここまでの道のりで、これほどはっきりと相棒に自らの意思を伝えたことはなかった。
ヴァルの身を一番に案じてくれる彼の判断はいつも正しかったし、疑問を持ったことすらなかった。
彼とともにいれば、この厳しい世界を生き続けられると、絶対の安心感さえ感じていた――。
だがこれまで通り、ただただ無事に生き延びる選択をし続けることが、果たして正しいと言えるのか……?
旅の途中でいろんな出会いを果たすたび、ヴァルの胸にはそんな想いがどんどん積み重なってしまったのだ。
「君のことだから、そう言いだすんじゃないかと思ってた。本当は、ずっと引っかかってたんだよね?」
重い空気がはびこる中で、とうとう相棒が口を開いた。
「ふう」と深い溜息をもらし、ガラハッドは悩ましげに肘をついて、鍔付き帽子を押さえる。
「君が強く望んでいることなら、僕は反対しない。でも、これまで僕が繰り返し伝えてきたことは、絶対に忘れないで。それだけは約束してくれるね?」
あまりのことに、相棒の発言の意味が咀嚼できない間があった。
周囲の歓声を聞いたことで、ようやくヴァルにもこの上ない喜びがこみ上げてくる。
「ありがとう、ガラハッド! やっぱり君は最高の相棒だ!」
なりふり構わず相棒に飛びついたヴァルは、椅子の転がる音も気にせず、力いっぱいガラハッドを抱きしめた。
*****
歓喜に沸き立つ仲間たちと幾度目かの祝杯を交わし合っていた、ちょうどその頃。
「フィアハ! 第一部隊所属のフィアハはいるか!」
後方の出入り口から、けたたましい叫び声が聞こえ、「猫亭」は水を打ったように静まり返っていた。
「ん……なんだ、どうした?」
名指しを受けたフィアハが、酒器を脇に置いてのそりと立ち上がる。
「ここにいたか……頼む、フィアハ! 拠点に戻ってくれ!」
そこに駆け寄ってきたのは、フィアハと同じ騎士のいでたちをした男だった。
「今し方、第一部隊の拠点にザハグどもの襲撃があった……負傷者が多くて、手が回らん状態だ。フェルガル様も負傷されている」
「な、なんだと……?」
「フェルガル」の名を聞いた途端、フィアハの顔色が一気に変わった。
酔いが回って、据わりに据わっていた三白眼を見開き、騎士の胸倉を掴んだフィアハは食ってかかる。
「おい……フェルガルさんは無事なんだろうな!?」
「だ、大丈夫だ……すぐに動くことはできない状態だが、命に別状はない」
フィアハの剣幕に押された騎士が、よろめきながら背後の壁にぶつかる。
安堵の溜息をもらしたフィアハは「悪い」と短くこぼし、騎士から手を引いた。
「とにかく、一刻も早く戻ってくれ。『癒し手』が一人でも多くほしい状況だ」
「わかった――すぐ行く」
咥え煙草を苛立たしげに小皿に擦り付け、フィアハはこちらを振り返った。
吸い殻で山盛りになっていた小皿から、ぽろりと灰がこぼれ落ちる。
「悪いが、ちょっと状況が変わっちまった。後のことは、そうだな――先輩のロナンか、テオにでも聞いておいてくれ」
「フィアハ、水! いつものことだけど、しこたま呑んだんだから無理はしちゃだめよ!」
「馬鹿言え、悠長にしてられるかよ!」
タイミングよくテオが差し出した水の器を受け取って、ごくごくと喉の奥に流し込む。
ついさっきまでのへべれけ状態が嘘のようにしっかりとした足取りで、フィアハはまっすぐに猫亭の出口へ駆けていった。
――ほどなくして、再び猫亭にざわめきが戻り始める。
カウンター席の顔ぶれには未だに動揺が残っており、酒をあおる者は誰もいなくなっていた。
「フィアハさん、焦ってたね……」
テオが配ってくれた水の器に視線を落とし、ヴァルは静かに吐露した。
「そうなんだよな……今フィアハさんのいる第一部隊は、ザハグどもの襲撃が増えてて大変な状態なんだ」
フィアハの去った出入り口の方をぼんやりと見つめていたロナンも、心苦しそうに目を伏せ、何度目かの溜息をもらしている。
「いくらザハグを退ける『蒼壁』に守られたウルヴァシアと言えど、確たる安全性はない――そういうことですか」
ただ一人、一度も酒を口にしていないガラハッドは、いつもの青白い顔で何やら考え込んでいるようだ。
「――あのさ、ヴァル。それにガラハッド。お前たちの強さを見込んで、頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?」
そんな折、何やら深刻な面持ちのロナンが、唐突に声を掛けてきた。
深い藍の瞳をまっすぐにこちらへと注ぎ、彼は大きく深く頷く。
「テオさん、昨日話題に出てた『依頼書』をもう一度俺に見せてくんねえか」
背後に立つテオに意味ありげな目配せをするロナン。
しかし、言われたテオはひどく苦々しげな表情を浮かべている。どうやら、難色を示しているようだ。
「ロナン……本当にやるつもりなの? あの依頼は、今のあなたにはちょっと――」
「頼むよ。ヴァルやガラハッドに話せば、うまくいくかもしんねえんだ」
無理強いするわけでもなく、あくまで静かに食い下がろうとするロナンに根負けしてしまったらしい。
「はあ」と嘆息をもらしたテオは、カウンター奥のテーブルに山と積まれた紙束を掻き分ける。
その中から、ひときわ質の良い革張りの長筒を引っ張り出し、そっとロナンに手渡した。
ロナンの手にした筒には、金糸で縫いつけられた紋章のようなものが刻まれている。
「『嘶く一角獣』の紋章――これは、トランシールズ王家の紋章では?」
トランシールズ? えっと、確か――
怪訝げにこぼした相棒の言葉には、思い当たる節があった。
それは、まさに今ヴァルたちが滞在しているウルヴァシアを都と定める、大陸最大の王国の名である。
「まさか、王族の人からの依頼なの?」
躊躇なく筒から中身を取り出したロナンは、分厚い羊皮紙を隣席のガラハッドに差し出してみせた。
「この街に来て間もないお前たちに、こんなことを頼むのも忍びねえんだが――俺に協力してくれねえか。どうしてもやり遂げたい依頼があるんだ」
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