第六話:空白の過去と、義勇の決意
「ほう……お嫁さん候補、ですか。誰が、誰の? よく聞こえなかったので、もう一度お願いできますか」
「えぇっと……焼き魚の火加減、どうなってたんだったかなあ……あはは」
皮手袋に包まれた手を顎のあたりに当てたガラハッドが、青筋を立ててリンを睨みつけている。
しかし、今のヴァルには些事を気にしていられる余裕などない。
リンから何か複雑な質問を投げかけられていたような気もするが、二枚目の大皿を完食した後には、ほとんど覚えていなかった。
ふと相棒の食の進みが気になり、傍らを振り返ってみる。
もともと少食のガラハッドは、ヴァルよりも随分早くに食べ終えていたようだが、何やら不貞腐れたように口元を尖らせ、黙り込んでいるようだった。
「リンの言うことは気にすんなって、ガラハッド。女相手なら、誰にでも言ってるような奴だぞ」
ガラハッドの食べ残しに手をつけていたらしいロナンが、相棒の背中をなだめるようにポンと叩いた。
頬杖をついてガラハッドの顔色を覗き込んだロナンは、意味ありげな笑みを浮かべている。
「それよりお前って、ヴァルの恋人なのか? 兄妹にしちゃあ、全然似てねえよな」
「――ち、違いますよ。保護しているだけです。ヴァルは……記憶喪失なので」
『記憶喪失……?』
思い思いに時を過ごしていたカウンター席の全員が、驚きを隠せない様子でガラハッドの言葉を反復していた。
小さく息をつき、膝の上の鍔付き帽子を被り直したガラハッドは、静かに口を開く――。
*****
「そうなの……『災厄』以前の記憶が、ねぇ。よほどショックな経験をしたのかもしれないわ。そんな状態で、ここに来るまでよく頑張ったわね、ヴァル……」
カウンターから乗り出して話を聞いていたテオが、哀愁に満ちた眼差しでヴァルを見つめている。
「ガラハッド……それでお前は、危なっかしいあいつのことをずっと保護してやってるってことなのか。お前、目つきも口も悪い嫌な奴だと思ってたけど、実は結構良い奴じゃねえか」
相棒の背中をごしごしと擦り、ロナンは背中を丸めて号泣している。
「いや、あなたに口が悪いなんて言われたくないんですが」
しかし言葉尻が気になったのか、ガラハッドは目元を据わらせてロナンを睨んでいる。
「分かるわ……その毒舌、この厳しい世界を生きていくため、仕方なく身に付けてきた処世術だったのよね」
「泣ける……泣けるわね」
「何の話ですか? 別にそういうわけでは……」
目尻を拭いながら、やる瀬なさを吐露するテオとイツェルの発言にも、ガラハッドは納得がいかなかったようだ。
「ガラハッド、こいつらの話をあんまりまともに聞くんじゃねえぞ。悪気がねえのは分かるだろうが、人の話を聞いてるようで聞いてねえ連中ばっかだからな」
重く沈んだ空気の中、ひとり冷静に紫煙をくゆらせていたフィアハが、呆れた顔で耳打ちしている。
「そのようですね……」
食後の紅茶を一気に飲み干した後で、ガラハッドは深い溜息をもらした。
「それより、この建物は一体何なんです? 外から見た様子は、食堂と言うより要塞のような印象を受けましたが」
感極まる面々を、とうとう外野に押しのけたガラハッドは、ようやくいつもの調子を取り戻したようだった。
ほんのりと笑みを浮かべたフィアハは、つまみ上げた煙草を小皿に押し付け、こちらに向き直る。
「おう、そろそろ皆――ヴァル以外は食事が済んだみてえだし、ここのことを説明しとくか。新参のお前たちには耳寄りな情報だと思うぜ」
ぎくりと身体をこわばらせ、今から手を付けるつもりでいたデザートを――そっと脇に追いやることなどできるはずもなく。
ヴァルは気まずげに焼き菓子を頬張りながら、フィアハの話に耳を傾けた。
「ここは『災厄』の以前、蒼角騎士団の詰所として使われていた砦だ。六角形の都市のどこにでもすぐ駆け付けられるように、街の中心部に配置されている」
そう言ってフィアハが目配せすると、「待ってました」とばかりに息の合った様子で、テオが一枚の羊皮紙をテーブルに広げてみせた。
それは街の俯瞰図のようで、城壁に囲まれた六つの角をもつ聖都の、主要な建物や街路が精緻に書き込まれている。
「蒼角騎士団――大陸最強とも謳われていた、高位の魔術士を多く抱える騎士団ですね」
腕を組んだガラハッドは目を細め、真剣な眼差しで俯瞰図に目を落としている。
「よくご存じで。今は騎士団の多くが『災厄』によって命を落とし、半数は俺みてえな外部の人間で構成されてる状態だがな」
そんなガラハッドを満足げに見つめたフィアハは肩をすくめ、やや自嘲気味に言ってのけた。
「蒼角騎士団は全部で六つの部隊に分かれてる。六角形の角にあたる部分をそれぞれ拠点として、ウルヴァシアの城壁を六方から守ってるってわけだな」
フィアハが指さした六角形の「角」には、正円に近い形の丸い部屋がそれぞれくっついている。
城壁の外から見ていた景色を思い出す限り、おそらく「監視塔」のような役割の部屋であろうことが窺えた。
「今日はたまたま、持ち回りの入都検問の任務にあたってたんだが……俺はもともと、街の北方を守る『第一部隊』所属の騎士なんだ」
フィアハの話す通り、六角形の北側の頂点付近には「第一部隊拠点」の文字が書き込まれている。
――ここでヴァルは、ひとつの疑問を抱く。
「騎士団のみんなが城壁の角を守ってるなら、街の真ん中にあるこの建物には、どんな人たちがいるの? ここにいるのって、食堂の人たちだけじゃないよね?」
「いい質問だな、ヴァル。ここにいるのは持ち回りで詰めてる一部の騎士団の連中と――お前たちのように外からやってきて、聖都を守るために戦うことを志願した『義勇騎士』たちだ」
「義勇騎士」――!
いかにも篤い志をもった者、といった響きのその名は、いたくヴァルの心を燃え上がらせていた。
「お前たちの戦いっぷりを見て、ぜひここに所属してほしいと思ったんでな――手っ取り早く現地へ連れてきたってわけさ」
その静かな高鳴りを見透かしたかのように、口端を持ち上げたフィアハは、ヴァルの鼻先に人差し指を突き出した。
そして立て続けに、カウンターの端に座っていたロナンを顎でしゃくってみせる。
「ちなみに、そこにいるロナンも義勇騎士のひとりだぜ」
「ロナン――そうだったんだね!」
「ま、まあな……」
ヴァルが瞳を輝かせてロナンを見つめると、彼はバツの悪そうな顔で視線をそらし、空の酒器を指で弾いた。
「その義勇騎士とやらになることで得られるメリットは? ここに所属している全員が、本当に義勇に駆られて志願している訳ではないのでしょう?」
「相変わらず鋭いねえ、ガラハッド。もちろんメリットはあるさ。ここに所属していれば、義勇騎士には必ず寝床と食事が提供される。食うに困らねえ環境が確実に手に入るって寸法だな」
傍らで「なるほど」と頷くガラハッド。
フィアハの言う「食うに困らない環境」というのが、まさにこの「常春の猫亭」そのものであることは、ヴァルにもすんなりと理解できた。
「さらに、ウチには騎士団や王宮からの『頼み事』がたくさん集まってくるの。うまく仕事をこなせば、それなりの報酬も手に入るわよ!」
葡萄酒色の美しいガウンを軽快に翻し、テオが華麗なポーズで相棒に熱烈なアピールをしている。
「お偉方の――まあ、体の良い『雑用係』ってところですか」
しかし、対するガラハッドはやや熱を失った様子で、気だるそうに溜息をついている。
思惑が外れたテオは「んもう!」と地団太を踏んでいた。
「随分辛辣なのねぇ。でも成果によっちゃ、最上級の見返りもあるのよ」
「え、なになに?」
甘い言葉につられてヴァルが答えを促すと、テオは得意満面でヴァルの前に頬杖をつく。
「有能ぶりを王宮に認められると、正式に騎士団への所属が認められることもあるの」
「すごい! 本物の騎士になれるってこと?」
鼻先がくっつくほどの勢いでヴァルが身を乗り出すと、テオは「そうよ」と妖艶に笑った。
「すごいね……それならきっと、困ってる人をたくさん助けられるね」
「ヴァルは人を助けたいって気持ちがあるのね。だったら、騎士を目指した方が良いわ!」
酒器を山ほど抱えてカウンターに戻ってきたイツェルが、誇らしげにヴァルを見つめ、笑いかけている。
おそらくもう、やりたいことは決まっている。
でも――。
「どう思う? ガラハッド……」
ここまでの道のりをずっと支え続けてくれた、無二の相棒の気持ちを無駄にするわけにはいかない。
胸の前で握り固めた拳を下ろし、ヴァルはガラハッドをまっすぐに見つめた。
「まだまだ早計だよ。この国には着いたばかりだし、分からないことも多すぎる」
「そ、そうだよね……」
同じくまっすぐにこちらを見つめる相棒のまなざしは、いつにも増して険しい。
胸のざわつきを感じながら、口をつぐんだヴァルは、力なく視線を落とした。
「ヴァル、思ってることははっきり言わないと。あなたには、やりたいことがあるんじゃなかったの?」
「テオさん……」
ヴァルの耳元に、テオの優しげな、それでいて重く力強い声が響いてくる。
深く息を吐いて気を落ち着かせたヴァルは、再び顔を上げた。
「あのね、ガラハッド――ボクは、やっぱり困った人を助ける道を選びたいんだ」
ヴァルの瞳が熱を帯び、真正面から相棒を射抜く。
しばしの間、張り詰めた沈黙が流れた――。
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