第三話:欠けた記憶と、軽薄な不良騎士
「おい……お前の目は節穴か? これほど分かりやすい『美少女』も他にいまい」
腕組みをしたマントの女が、呆れたようにため息をこぼし、引導を渡す。
すると途端に、ロナンの顔色が蒼白に変わり、脱兎のごとき勢いで後ずさった。
「す……すまん! 自分のこと『ボク』って言ってたから、てっきり男かと――! そんなつもりじゃねえんだ! 断じて違う!」
糸の絡んだ操り人形のように、奇妙なポーズのまま硬直しているロナン。
激しく首を横に振る彼の額には、脂汗がにじんでいた。
「そんなに謝らなくても――」
その見事なまでの狼狽っぷりが、あまりに滑稽で。
とうとう耐えきれなくなったヴァルは、肩を震わせ、静かに首を振って応えた。
「ボク、ほんとは『ヴァレリー』って名前なんだ。だからヴァルって呼んでね」
「お、おう――いきなり馴れ馴れしくして……すまなかったな」
引きつった笑みを浮かべるロナンは、もはやこちらを直視できなくなっているようだ。
「こほん」とわざとらしい咳払いをこぼし、彼はたどたどしい口調で話を続けた。
「俺はロナンだ。王都のお偉いさんに頼まれて、さっきまで城壁の補修をしてたんだけどよ……まさか俺まで締め出されるとは思ってなくて、ほんっと焦ったぜ。あんたたちが居てくれて助かったよ」
「君は、王都に住んでる人なんだね?」
ヴァルが尋ねると、ロナンはゆっくりと頷いた。
「ああ。俺も元々は王都から離れた場所に住んでた流れ者だが――ここにやってきたのは『災厄』の直後だから、もう半年くらいになるかな」
そしてほんの一瞬、遠い記憶を懐かしむかのような目で空を仰ぐ。
気が付くとロナンは両目を閉じ、苦々しく笑っていた。
「あんたたちを見てると、俺がここへ辿り着いたばかりの頃を思い出すよ。焼け焦げた大地がどこまでも広がってた、あの時の景色を――」
「そうか。もうあの日から半年が経つのか……」
見れば、マントの女もロナンと同じように、悲哀のにじむ表情で遠くを見つめている。
やはり、彼らも「それ」を目の当たりにしてる――。
悲痛な面持ちのロナンたちを見つめながら、ヴァルは胸の奥に差し込んでくるヒリヒリした痛みに意識を向けていた。
――あの日、世界は業火に呑まれ、瘴気の中から現れた異形の怪物たちが、すべてを奪い去った。
事もあろうに、大量の瘴気を浴びた人間が、おぞましい異形と成り果てる事例までが起きている。
ここまでが、相棒から聞かされた「災厄」のすべてだった。
誰もがロナンたちと同じく、昨日の出来事のように災厄の記憶を口にする。
彼らの悲痛な表情を見れば、悪夢のような惨劇が事実であったことは嫌でも理解できた。
――だが、それでも。
何度聞いても、やっぱりボクには、遠い世界の夢物語みたいにしか感じられない。
皆が同じ傷を抱えて生きているはずなのに、ボクだけがその日の「記憶」を持ち合わせていないんだ――。
自分だけが何も知らないという事実を「不幸」であると感じてしまう――他者との「隔たり」であるかのように感じてしまう。
この気持ちは果たして、「不謹慎」なのだろうか……。
「それより、ヴァル。お前の武器、なんだかものすごい剣だよな。剣ってよりは、なんか機械っぽい感じもするが――」
こちらの複雑な心境に気が付いたわけではないのだろうが――
沈黙の空気を払拭しようとするかのように、ロナンが唐突に口を開いた。
「機械……そうか、それだ! 私も先ほどから、ずっと気になっていた」
マントの女も、すぐさまそれに便乗する。
「だよな、姉さん? 剣の刃ってのはさ……普通なら一枚の板っきれから作られてるもんだろ? こいつは、そういうものとは違う。いろんな機構を持つ部品をひとつにまとめあげてるみてえな、複雑な作りになってる気がすんだよな」
ヴァルの剣をしげしげと見つめたロナンは、興味深げにその刀身をコツコツと指で弾いている。
……が、またも不機嫌そうに眉をひそめたガラハッドを見るやいなや、慌てて手を引っ込めた。
「しかし、あの凄まじい斬れ味は――人の腕力以外の何かを糧としているとしか思えん。もしかすると、魔力を動力源とする『魔具』の類か?」
ロナンの撤退を好機と捉えたかのように、つかつかと歩み寄ってきたのはマントの女だ。
藍色の鋭い双眸が、ヴァルの姿を静かに捉えている。
ひと回りほど違う背丈のせいもあってか、彼女の眼差しが放つ威圧感は、半端なものではなかった。
「えっと……それはね」
問いかけに答えるべきか否か。
さしものヴァルも、迂闊に応じて良い状況でないことを察している。
傍らの相棒に助けを求め、ヴァルは目を泳がせた。
「しかも燃料として使っているのは、お前自身ではなく、隣にいる彼の魔力ではないか?」
「え……そうなのか? 俺にはただ、こいつの方は突っ立ってるだけにしか見えなかったが」
しかしながら、マントの女はこちらの焦りなど気にも留めない様子で、ひたすら観察と考察を続けている。
どう誤魔化すべきか分からず、よろよろと後ずさった――その瞬間のことである。
「――なぜ、そう思うのですか?」
唐突に相棒が、ヴァルの武器に覆い布を広げていた。
手慣れたその所作は流麗そのものだったが、同時に強い拒絶を示しているようにも見えた。
その意図を汲んだのか、マントの女は静かに距離を取り、じっとガラハッドを見据えた。
「私は魔術士ではない。細かいことはよくわからんが――あれだけの奇跡を起こしたヴァルがピンピンしているのに、あの時何もしていなかったはずのお前は、先ほどと比べて随分疲弊しているように見える。それがさっきから引っかかっていてな……」
「あなたは何者なんです? 身元もよくわからない人間に、自分のことをペラペラと話す義理はないと思いますが」
「随分、警戒心の強い奴だ――なるほど、『彼女』とは良いコンビというわけか」
マントの女が不敵に微笑むと、一段と空気が張り詰めていくのがわかった。
それはおそらく、ザハグと対峙したときとは、また別種の緊張感で――
「……あ」
しかし。
その一触即発の空気は、ヴァルの腹が奏でる爆音に容赦なく叩き潰されていた。
「あはは……お腹、空いちゃった」
地鳴りを撒き散らす下腹部を押さえ、ヴァルは再び照れ笑いを浮かべた。
******
ヴァルの腹時計が合図となったかのように、突如として城門が再び重い腰を上げた。
石造りの咢の向こう側には、満足げな笑みをたたえた検問官の男が立っている。
「いやあ、痛快ってのはまさにこのことだねえ。こんなにもあっさり、ザハグどもを蹴散らしてくれるなんてな」
ガハハと大げさに笑った男は、まるで旧知の友に対するように、馴れ馴れしくヴァルとガラハッドの肩を抱き寄せた。
男の服に染み付いたほろ苦い煙草の香りが立ちのぼり、ヴァルの嗅覚をくすぐる。
――なんだろう、この人。笑っているのに、どこか緊張しているような……?
耳元で深い溜息のような息づかいが聞こえた気がしたが、ヴァルにはその理由がわからなかった。
「おい、フィアハさん! いくらなんでもこの扱いは酷えだろうが!」
手にした金槌を振りかざし、激怒しているのはロナンだ。
「ロナン、そんなに怒るなって。お手柔らかに頼むぜ〜?」
見るからに温厚そうなロナンが憤慨する姿には、鬼気迫るものがあった。
しかし、フィアハと呼ばれた男に、堪えた様子はほとんどない。
「街の人が外にいるのに門を閉めちゃうなんて、酷いよ!」
薄ら笑いを浮かべたままのフィアハを見ていると、だんだん腹が立ってくる。
気が付くとヴァルは、ロナンとともにフィアハに食ってかかっていた。
「ヴァル……そうだよな! もっと言ってやってくれよ!」
「うっ……女の子からまともにブチ切れられると、結構傷つくんだが……」
ロナンの焚き付けによって、ますますヴァルの怒りは膨らんでゆく。
「酷い! ひどいよ! ウジ虫! 悪魔!」
「可愛い顔して言葉選びが過激すぎねえか? そ、そこまで言わなくても……」
頭を抱えるフィアハの様子を見て、ヴァルはさらに加勢を仰ごうと、傍らの相棒を振り返った。
「君もそう思うよね、ガラハッド!」
「……いや、僕はそうは思わないけど」
無二の理解者から放たれた冷や水のような一言に、場の空気がピタリと凍りつく。
ヴァルはぽかんと口を開けたまま、瞬きを忘れて相棒を見つめ返した……
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