第二話:強者の痛みと、勘違いの代償
相棒への感謝もそこそこに、ヴァルは城壁の側で立ち尽くしている男のもとへ駆け寄った。
「ねえ、君は大丈夫?」
あまりの出来事に理解が及ばない様子で、彼は口をあけたまま呆然としている。
ヴァルが鼻先でひらひらと手を振ると、男はようやく我に返っていた。
「え……? あ、ああ」
彼は先ほど、薄情な検問官に不平を吐き散らしていた、体格の良い男だ。
「い、いや……ははは。あんたがあまりにもあっさり、ザハグどもを片付けちまったから……」
「ご、ごめんね。驚かせちゃったかな?」
「いやいや、いいんだ。助けてくれてありがとな。あんたがいなきゃ、俺はやられてたかもしんねえ……」
初めこそ強張った面持ちでいたものの、男はすぐさま首を振り、ヴァルに苦笑いを向けていた。
――また、やってしまったのかもしれない。
忘れていたはずの苦悩が脳裏に渦巻き、ヴァルはうなだれていた。
この聖都へ辿り着くまでの道すがらでも、同じようなことがあったのを思い出したのだ。
『ひぃぃ――こ、こっちへ来るな! 来ないでくれ!』
命がけで救おうとした人々の中には、恐怖に満ちた表情で、ヴァルのもとから逃げ去る者も多かった。
初めこそ、どうしてなのかと不思議に思うだけだった。
しかし、それが何度も続くうちに、嫌でも気付いてしまったのだ。
――彼らがボクを見る目は、ザハグに怯えるあの目と、同じ色をしている。
その日以来、身に染みるほど痛感してきたつもりだったのだ――自身が振るうこの力は、他人から見れば恐ろしいものでしかないのだと。
後悔を噛みしめたヴァルが、静かに男のもとを去ろうと目を伏せた。その瞬間のことである。
「あんた、ほんとに強えんだな! すげえよ!」
男の無骨な手が、ヴァルの両肩を力強く叩いていた。
日に焼けた男――確か先ほど「ロナン」と名乗っていた――の体躯には、隆々とした筋骨が詰まっている。
ちっぽけな大工道具などではなく、まともな武器さえ持っていたなら、きっと彼も充分戦えたのではないだろうか。
「あんなに大勢のザハグどもを、一瞬で倒しちまうなんてな! まるで王都の『蒼角騎士団』を見てるみてえだった!」
「え、えっと……」
興奮冷めやらぬ様子で、ヴァルの両肩を叩き続けるロナン。
そのすさまじい衝撃たるや、まるで地面に打ち込まれる杭にでもなったような気分だった。
――どうやら、彼は自分を恐れているわけではないらしい。
体のどこかがこそばゆくなるような、奇妙な感覚をおぼえる。
「いやぁ……それほどでも」
敬意のこもった眼差しを向けられることに、悪い気はしなかった。
「見惚れたぞ、ヴァル!」
続けざま、マントの女も駆け寄ってくる。
彼女の去った後には、散り散りになって城門へと駆けてゆく、他の漂流者たちの姿も見えていた。
「あの人たち、無事だったんだ――良かった」
「お前はまさか、あの異形どもの急所が視えているのか? お前の太刀筋は、ザハグの『核』だけを的確に狙っているように見えたが」
切れ長の美しい目を見開いて、こちらを見下ろす女。
「えへへ……実はボク、視えるんだ」
ヴァルは照れ笑いを隠さず、頬を掻いて応えた。身振り手振りを添え、得意満面で答え合わせにかかる。
「何ていうか、こう――とにかく『視る』ことに集中するとね、ザハグの体の一部が星みたいにキラキラし始めて――」
「あー、おしゃべりはその辺にしておきましょうか。ヴァルも僕も、長旅で疲れていますので」
しかし、相棒の無機質な声音が割り込んできたのに気が付くと、ヴァルは慌てて口元を覆い隠していた。
そうだ、いけない。
「この『力』のことは、気軽に人前で話すべきではない」と、日頃からガラハッドにも口酸っぱく言われているのだ。
他人にない力をひけらかせば、必ずそれを私欲のために利用しようとする者が現れる――。
それは、猜疑心の強い相棒が、いつも口にしている言葉だった。
その上、また以前のように、無用に周囲を怖がらせる要因にもなりかねない。
――話しすぎるな。
静かに首を振った相棒の暗紫の瞳が、ヴァルにきつく語りかけている。
緊張に口元を歪ませたヴァルは、生唾とともに言葉を飲み込んでいた。
「あんたは、ヴァルの仲間かい? 見たところ、魔術士みてえだが」
不意にロナンが、傍らの相棒に目をやったのを見て、ヴァルもそれに倣う。
――が、ガラハッドの眼差しが重たく据わっていることに気が付き、ヴァルは再びゴクリと喉を鳴らした。
どうしたんだろう……ものすごく機嫌が悪そうだ。
相棒のまとう空気は、瘴気のそれと見まがうほどに暗く淀んでいる。
しかし、どうやらその原因を作ったのは、ヴァルではなかったようだ。
ヴァルの真横を通り過ぎたガラハッドは、ロナンとヴァルとの間に、黒手袋に包まれた手を静かに差し入れた。
「あの――いい加減にヴァルから手を離してもらえませんか?」
「ん……? あー悪い悪い、女みてえな可愛いツラして、すげえ立ち回りだったから、ついつい感動しちまって――」
「感動……?」
そのまま虫を払うような手つきでガラハッドに追い払われ、ロナンは露骨にたじろいでいた。
間を置かず、ひと回り以上も体格差のあるロナンに、相棒は静かに詰め寄っていく。
「ついつい感動してしまったから、年頃の『女の子』にベタベタ触ってしまった――と。あなたはそう仰っているんですか?」
「は? 年頃の……女の子?」
ロナンが腑抜けた声をあげてすぐ、耳鳴りの聞こえてくるような沈黙が訪れていた。
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