第十七話:秘められた才と、招かれざる客
「君は? 城下では見かけない顔だな」
異物を見つめるようだった先ほどとは打って変わって、興味深げに両目を見開くジュスト。
黄金色と、翡翠色。ジュストの切れ長の双眸は、二色の不思議な輝きを宿している。
「僕はガラハッドと言います。こちらは旅の相棒のヴァル。昨日ここに着いたばかりの新参ですが、義勇騎士としてロナンさんに協力しようかと考えているところです」
対峙するジュストとラナのもとに歩み寄ったガラハッドは、流麗な所作で鍔付き帽子を胸に抱え、尚も淀みなく語り続けた。
「ラナさん。あなたはエルネスト侯爵家のご息女ですから、士官学校にも当然通っていたはずですね。学校での魔術の修練は、教本通りに?」
「それはもちろん、そうだけど。私はそもそも、初級の『治癒』の魔術がうまく行かなかったから、そこから全然先に進めなくて……」
ガラハッドが問うと、ラナはすぐさま視線をそらし、口元を尖らせた。
背中に回した手で、落ち着きなく指を絡める姿は、いかにもバツが悪そうだ。
「確かに習得例が多いという点で『治癒』の術式は初級と言えるかもしれない。ですが、それはあくまで、人が仮に定めた序列のひとつに過ぎません」
相棒がそこまでを語ると、後方で所在なさげに座り込んでいたフィアハが、訝しげにこちらを振り返るのが分かった。
「『魔術』とは、神の生み出したるもの。人が定めた魔術の理論や体系は、あくまでそれを順序立てて理解するために後付けされたものです。教本に書かれた事柄が全てだとは思わない方が良い」
いつの間にか、終始苦々しい面持ちだったラナも、ガラハッドの演説に聞き入っている。
「じゃあラナは、自分に合った習得方法が分かれば、苦手を克服できる可能性があるってこと?」
すっかり聴衆のひとりとなっていたヴァルは、心が弾むあまり、思わずラナの肩を抱いていた。
「そ、それ……ほんとなの?」
少なくとも相棒は、みだりに可能性のない話を持ち出し、期待を持たせるようなことはしない性格だ。
同じ思いに至ったのか、ラナは胸に重ねた両手をぎゅっと強く握りしめ、声を震わせていた。
「そうですね。如何なる分野においても、型にはまった修練が合わない人間というのは必ずいるものです。少なくともまだあなたは、諦めるような段階ではないはずですよ」
引き寄せた肩から伝わってくるラナの震えが、一段と強くなっている。
「良かったね、ラナ」
ヴァルが短く声をかけると、ラナはいかにも精一杯という面持ちで、小さく何度も頷いていた。
「ガラハッド。君は……その見識を、如何にして手に入れた? 義勇騎士にしておくのは惜しい逸材だ。どうだ、ひと段落がついたら、俺の部隊に――」
「待て待て待て、抜け駆けは許さねえぞ! こいつはヴァルと一緒に俺の部隊に引き入れる予定なんだ! お前んとこには既に優秀な魔術士がたくさんいるだろうが!」
「いや、待て! 彼には俺の部隊で魔術の研究者として――」
唐突に揉め始めたフェルガルとジュストだったが、ガラハッドの咳払いひとつでピタリと押し黙った。
静寂を取り戻したところで、相棒は身を屈めてラナの双眸を覗き込む。
「そういう訳なので、ラナさん。あなたはこの依頼には積極的に関わるべきです。確かに魔術を使えない分、足手まといにしかならない可能性は高いですが」
「さすがガラハッド……サラッと暴言も織り交ぜてきてる!」
「それ、褒めるところじゃねえだろ……」
ヴァルに続いて聴衆の一員となっていたザイオンが、感服したように唸ると、傍らのロナンが眉間に皺を寄せて突っ込んでいた。
「言っとくけど、殴り合いの喧嘩だったらあんたなんか一発でぶちのめせるんだからね! お兄ちゃんにだって絶対負けない自信あるんだから!」
遅れてガラハッドの仕掛けた棘に気付いたらしいラナが、目を三角に尖らせている。
殺気立つラナを前に「やれやれ」と溜息をこぼしたガラハッドは、再び鍔付き帽子を目深に被り直した。
「ラナってすごく強いんだね。ジュストさんとは何倍も体格差があるのに」
ヴァルは心の底から、ラナの勇壮な姿に思いを馳せていたのだが――
それを聞いたフェルガルが、にやりと悪戯っぽく口端を持ち上げ、ヴァルに何やら耳打ちしてくる。
「そういやジュストの奴、いつだったかラナに思いっきり投げ飛ばされてるのを見たことあるぜ」
「その話はするな……思い出すと胃が痛くなる」
腹部に手をやったジュストは冷や汗を滲ませ、顔色を白く染めていた。
「とにかく――あなたには型通りの『お勉強』ではなく、実戦に近い訓練が合っているはずです」
ざわつく空気を収めようと、両手を打ち鳴らしたガラハッドは、ちらりとラナの様子を伺った。
ラナが両目をぱちくりとさせる様を見届けてから、彼は続けざまにジュストを見遣る。
「ジュストさん。妹君の成長を真に願うなら、これは絶好の機会です。騎士として数々の死地を潜り抜けてきたあなたなら、実戦の大切さはお分かりなのでは?」
諭すように告げられて、ジュストは観念したように深く息をつき、苦笑を浮かべた。
「ラナ。俺は、お前のやりたいことを否定したいわけではない。お前が人一倍、自立心の強い性格なのは分かっている……そのために、自分なりの努力を惜しまなかったことも」
憂いと慈しみ。それと同じくらいの葛藤。
ラナに歩み寄ったジュストの精悍な瞳には、たくさんの感情が交錯しているようだった。
「だが、お前の身を案じる者の存在を決して忘れないでほしい。俺のことは良いが、シャルテを悲しませるような真似だけはするな」
ジュストの言葉は、すべての感情を優しさで包んだような、穏やかな色を帯びていた。
だがそれでもラナは、すぐさま目元を鋭く歪め、力の限り抗おうとする。
「そんなこと、言われなくても分かってるわよ! いつまでも子ども扱いしないで!」
ヴァルの胸の奥に、しくしくと鈍い痛みが差し込んでくる。
ラナの態度は、もはや意地のようでもあった。
何も言わず、ただ悲しげに、寂しげに力ない笑みを浮かべたジュストは、ゆっくりとこちらに向き直る。
「ヴァル、ガラハッド。それからロナンに、ザイオンも――。妹をよろしく頼む。まだまだ未熟だが、精一杯やらせてやってほしい」
小さく会釈したジュストは、振り返ることなく静かに砦を後にした。
「おい、ラナ! いくらなんでもあの言い方はねえだろ。ジュストさんはなぁ、いつだってお前のことを想って――」
癒し手を残して去ったジュストを見送ったロナンは、心底不機嫌そうに眉をひそめ、ラナに詰め寄っていた。
「ロナンは当事者じゃないから分からないのよ! お兄ちゃんはいつもお節介すぎるの! フェルガルにも言われてたじゃない!」
「二人とも、もうやめようよ……」
あたふたとするヴァルを尻目に、ロナンとラナは睨み合いを続けている。
「お節介か……あいつの場合、確かにそういうところはあるな。相手の気持ちにかかわらず、無理に介入したがるところのある奴だ」
そこへやってきたフェルガルが、ヴァルの肩を叩いて退かせ、涼しい顔でひょいと二人の間に首を突っ込む。
「そう怒るなって、ロナン。こういうのはな、ケツの青いガキがいくら考えたって分かんねえ境地なのさ」
「何なのよ、偉そうに!」
「悔しかったらお前も、大人の余裕ってやつを身に付けてみせな。例えば海よりも深い懐を持つ、この俺様みてえにな!」
「普通自分で言わないでしょ、そういうの……」
真面目にぶつかり合う二人に対し、フェルガルの態度は少しおふざけが過ぎるような気もしたが――
フェルガルに茶化されたことで、まともに言い返すのが馬鹿らしくなった様子のラナは、結果的にすんなりと引き下がっていた。
「ラナ。ジュストさんのこと、もっと大切にしなきゃダメだよ。この世界で、血の繋がった本当の家族が生きて側にいることは、とても幸せなことなんだからね」
ふらりとラナの傍らに現れたザイオンは、またも煙草を吹かし始めたようだ。
ぼんやりと中空を見つめ、紫煙を吐きこぼす彼に、ラナは俯いたまま何も語らなかった。
*****
ガラハッドを含め、集まった癒し手たちの尽力のおかげで、臨時の救護幕舎のようだった第一部隊の砦にも、ようやく落ち着きが戻りつつあった。
すっかり魔力を使い果たし、へたり込んでいたフィアハを無理やり寝室に押し込んだヴァルたちは、フェルガルを囲み、ようやくここへやってきた「真の目的」について語り始めていた。
「鐘楼の、奪還だと……? おいおい、そりゃいくらなんでも危険すぎやしねえか?」
ロナンがそれを語り終えたとき、これまで陽気な調子を崩さなかったフェルガルの表情が一気に曇るのが分かった。
「その役割はまさに、今ここへ来てたジュストの部隊が引き受ける手筈になってたんだ。それをお前らが出し抜くって?」
そういえば、先ほどジュストが「次の作戦に向けて号令を待っている」と話していたのを思い出す。
不安が胸をよぎり、ヴァルは傍らのガラハッドを見つめた。
騎士団が一個部隊を丸ごと投入しようとするほどの難題だと考えると、それは途方もなく無謀な賭けのような気がしてならないが――
相棒は黙ったまま、口元に手を当てて何やら考え込んでいる。
「最終目的だけを聞けば、確かにそういう考えにもなるとは思うが――フェルガルさんだって、さっきのヴァルの強さを見ただろ? 作戦だって抜かりなく立ててある」
「マリエルや近衛騎士の奴らも来るんだっけか? しかし、それにしたってなあ……」
固く腕を組み、フェルガルは露骨に難色を示している。
重苦しい空気が充満していた、その時のことだった。
「はーっはっはっはっ!」
どこからともなく、聞き覚えのある高笑いが響いてくるのが分かった。
「ん……?」
ヴァルがキョロキョロと辺りを見回すと、円形砦の奥から見覚えのある三つの人影が現れ、こちらへ近付いてくるのが見えた。
「隣の拠点が騒がしいと思って来てみれば! お前たち、まだそのような世迷い言を!」
時折吹き込んでくる突風に朱のマントをはためかせ、巻き髪の少女とともに大音声を響かせているのは――嫌味と皮肉に顔中を染め上げた、遺存者オスカーだった。
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