第十二話:執念の錬金術師と、落ちこぼれの令嬢
ガラハッドに掴み上げられたザイオンの細腕が、ミシミシと不快な音を立てている。
ヴァルは思わず言葉を失い、ガラハッドの放つ氷点下の圧力にただただ立ち尽くしている。見れば、ロナンやラナも同じように、息を呑んで固まっているようだった。
「いいでしょ、見せてよ」
しかし当のザイオンだけは、自らの置かれた状況に全く危機感をおぼえていない様子だ。
彼は執念深く、空いたもう一方の手をヴァルに伸ばそうとしている。
ダメだ――まずい!
ヴァルの脳裏を最悪の光景が掠めた、その時。
「あーあーあー! いいから、下がれってザイオン! 今見なくたっていいだろ! とりあえず後だ! 後でいい!」
いち早く相棒の呪縛から解き放たれたロナンが、泡を食って背後から飛び出してくる。
そのまま彼はザイオンに飛び掛かり、全力で羽交い絞めにしていた。
それでもザイオンは、未だヴァルに向かって、何やらブツブツと呟くのをやめていない。
しかし、倍ほども体格差のある大男の拘束からは、さすがに逃れられないようだった。
「あはは……ごめんね、ヴァル!」
引きつり笑いを浮かべたラナが、ヴァルとザイオンとの間に強引に割り入ってくる。
冷や汗を滲ませ、大げさに手足をバタつかせるその様は、ヴァルたちの意識をどうにかザイオンから引き離そうとしているかのようだった。
「ザイオンは錬金術師で、普段から魔具とか聖遺物の研究を熱心にやってるから――興味のあるものを見つけると、見境なくなっちゃうところがあって」
「ヴァル、ちょっとだけでいいから見せ――」
「しつこいっつーの! 気持ち悪いのよあんたは!」
雄叫びとともに、乱暴な手つきで足元の分厚い書物を拾い上げたラナは、躊躇なくそれをザイオンの銀髪めがけてぶん投げた。
続けざま、鈍い音が響くのと同時に、ザイオンがロナンの腕の中からずるずると崩れ落ちる。
やがて一室には、重たい静寂が訪れていた。
どこから持ってきたものなのか――
力なく横たわるザイオンの体に、これでもかというほど入念に麻縄を巻きつけていくラナ。
深く息をつき、額の汗を拭った彼女の表情は、ひと仕事を終えた達成感に満ちあふれているようだった。
「えっと……ラナ。君は騎士になりたいんだよね?」
相棒の威圧感が消えてゆくのを感じ取ったタイミングで、ヴァルはようやくその話題を切り出すことができていた。
「もちろんよ! 実はあたしの義理の姉になる人が、蒼角騎士団の隊長格――『遺存者』の一人でね」
埃まみれの手と手をぱちぱちと合わせたラナは、軽快なステップを踏んで、ヴァルの方へと向き直った。
「でも今『シャルテ』のお腹には赤ちゃんがいるから……一時的に騎士団から離れないといけなくなっちゃって。そんな彼女の代わりに、少しでも力になれたらって思ったの」
「そうだったんだ……!」
ほんのりとはにかみながら語るラナは、同時にどこか幸せそうにも見えた。
件の「シャルテ」という騎士は、それほど彼女が大きな憧れや好意を抱く人物なのだろう。
大好きな人の役に立ちたい――彼女の願いは至極シンプルだ。
混じり気のないまっすぐな思いであるからこそ、ヴァルは素直に好感が持てると感じた。
「お前な――まだ他に話すことがあるだろ」
ところが。
ふと視線をやると、気絶したザイオンの傍らで、ロナンが落胆したように深く肩を落としていることに気が付いた。
「そのシャルテさんの婚約者が、お前の実の兄貴だって説明、なんですっ飛ばすんだよ」
「……お兄ちゃんの話はいいの。余計なこと言わないで、ロナン」
呆れ顔のロナンが突っ込んだ瞬間、ラナの表情が唐突に仏頂面へと入れ替わった。
「ラナのお兄さんも騎士なのかな?」
問うてみたものの、ラナは頬を膨らませたまま黙り込んでいる。
首を捻ったヴァルがロナンを見つめると、彼は先ほどにも増して呆れた様子で頭を掻き、ラナに代わって話し始めた。
「ただの騎士どころか――ラナの兄貴のジュストさんは、『災厄』以前の蒼角騎士団の筆頭格だぜ。もちろん遺存者の一人でもある。何せ『エルネスト侯爵家』のお偉いさんだからな」
「へえ、すごいね!」
「エルネスト侯爵家――聞いたことがありますね。確か王国内でも屈指の、優秀な魔術士を輩出する家柄だとか」
ようやっと会話に混ざれるくらいに平静を取り戻した相棒の様子を見て、ヴァルは安堵していた。
複雑そうに唇を尖らせているラナの肩を叩き、ヴァルは意気揚々と語りかける。
「それなら、ラナもその優秀な魔術士の血統を引き継いでるってことでしょ? きっとすごい才能があるんだね」
ところが、ラナの表情は一向に晴れない。
それどころか、ヴァルの言葉を聞いてますます沈んでしまった印象さえある。
つぶらな瞳を曇らせたラナは、俯いたまま沈痛な面持ちで吐露していた。
「あたしには……そんな才能はないわ。ただの落ちこぼれよ」
「え……? ど、どういうこと?」
「それは――」
ラナが考えあぐねるように遠くへ視線を投げたそのとき、下方で何かがモゾモゾと蠢く気配があった。
「魔術は苦手でも、ラナにだって特技はあるでしょ」
驚きに息を呑む。
慌てて目をやった足元には、尺取り虫のように器用に身体をくねらせ、ゆっくりと前進してくるザイオンの姿があった。
「ラナは格闘技が得意なんだよ。身体能力だって、仲間内じゃ一番高いはずだ。ロナンが『まともに戦ったら絶対勝てない』って一目置いてるくらいだし」
「なんかそれ、全然褒められてる気がしないんだけど……」
ふさふさと睫毛の生え揃った瞼を重く据わらせ、ラナは憎々しげにザイオンの頬をギュッとつねっている。
先ほどとは違って怒鳴り声をあげないあたり、どこかまんざらでもないように見える。
なんだ……この二人って、別に仲が悪いわけじゃないんだな――
ただただ二人が、忌憚のない意見を言い合える仲なのだと気付いたヴァルは、ほっこりと胸の奥が温まる感触をおぼえていた。
「ザイオンさん――は、あまり騎士になりたいタイプには見えませんが、どういった経緯でロナンさんの協力者に?」
その名を口にするとき、一瞬ためらうような間があったガラハッド。
しかしすぐに気を取り直した様子で、相棒は眼下のザイオンに問うていた。
「オレは、別に騎士になりたいわけじゃないよ。ただ、王宮が秘蔵している資料や文献を読む権利がほしいだけだ」
「なるほど」とガラハッドが大きく頷いたのは、ヴァルとほぼ同じタイミングだった。
探究心の赴くまま生きるザイオンにとって、騎士という立場は、新たな知識にたどり着くための足がかりに過ぎない、ということだろう。
身も蓋もない理由ではある。しかし、これまで彼が見せてきた、研究者としてのひとかたならぬ熱意を思えば、驚くほど納得のいく話だ。
「ガラハッド――どうしたの?」
ふと何やら思い立った様子で、ガラハッドが辺りをキョロキョロと見渡し始める。
やがて右往左往していた視線を、傍らのテーブル上に落ち着けると、ガラハッドは山積みの書類のうちのひとつを手に取り、興味深げに覗き込んでいた。
「これは、彼の作った『魔具』の設計図かな? ふうん、回路の組み方を見る限り、素人とはほど遠い感じだね。主幹回路から末端への魔力の変換効率がおかしいと思ったら……なるほど」
相棒の顔つきはいつも通り無機質なものだったが、それでもどこか楽しげにさえ見えてくるほど、設計図を読み込むことに集中しているようだ。
「一般的な詠唱式を組み込む代わりに、錬金術における『物質変化』の術理を組み込んで、強引に処理速度を上げてるのか。魔術と物理の複合……誰にでもできる発想じゃないな」
「ううん……ボクには何が何だかさっぱりわからないけど」
ものは試しと覗き込んではみたものの、ヴァルには到底理解できる内容ではなく、ただただ頭の後ろがキュッと窄まるような感覚だけが残る。
「まともに魔術を学んでない俺には、さっぱり分からん」
「他人に読ませる気の一切ない、クセ字だらけの図だしね……」
ロナンとラナの二人も、どうやらヴァルと同じ境地に立っているようだ。
「ガラハッド――君も魔具の設計ができるの? この回路の真意を分かってくれるのかい?」
手持ち無沙汰な空気が漂う中、ザイオンはただ一人驚愕に目を見開き、わなわなと全身を震わせているようだった。
「それは、まあ。ヴァルの武器は僕が作ったものですし」
あっけらかんとガラハッドが答えた、その瞬間のこと。
ザイオンが転がっていた辺りで、あの「独特な匂い」が強まるのが分かった。
驚いて足元に目をやると、いつの間にかザイオンの姿が消えている。
そこには割れた小瓶と、わずかに焦げ跡の付いた麻縄の束だけが残されていた。
「ガラハッド! 今すぐ君に見てほしいものがあるんだ……! とりあえず、あと何年かオレの家に住んでもらっていい!?」
麻縄の拘束から逃れたザイオンが、突如としてヴァルたちの眼前に姿を現していた。
彼は掴みかからんばかりの勢いで、相棒に何やらまくし立てている。
「えっ……? どうやってここに!?」
あまりの事態にヴァルがあたふたしていると、ザイオンは有無を言わさずガラハッドの手を取り、ずかずかと歩き出していた。
「離してください! いきなり何を言い出すんですか!?」
彼の痩せぎすの身体のどこに、これほどの力が宿っているというのだろうか。
有無を言わさず引きずられていくガラハッドを、ヴァルはひたすらにぽかんと見つめる。
何が起きてるのか、全然分からない――!
「ちょ、ちょっと! やめ――」
やがて最奥部の扉が二人を飲み込むと、重い扉がバタンと閉じる――。
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