第十三話:勝利への活路と、禍々しき巨影
ガラハッドがザイオンに連れ去られてから、僅かな沈黙が流れた後のこと。
ドサッと何か重たいものが倒れるような音が響いたのち、最奥部の扉が再び開かれた。
中から現れたのは、うんざり顔で嘆きを吐き漏らすガラハッドである。
扉の奥で何かあったのかは不明だが、ザイオンの姿は今のところない。
「まあ、当然の成り行きだわな……」
「これでようやく、まともに話ができそうね」
ロナンもラナも、もはや奥の部屋に取り残された者のことは諦めた、とでも言いたげである。
「とことん執念深い奴だけど、あいつの錬金術の知識が本物なのは分かってもらえたわよね?」
「知識だけではなく、熱意の方も常軌を逸しているようですが……」
「まあね」と短くこぼし、ガラハッドの辛辣な言い回しを素直に受け入れたラナは、小さく肩をすくめた。
「ザイオンは、今回の作戦の依頼者でもある『異形学者マリエル』と、同じ師を仰ぐ兄妹弟子なの。残念ながら、二人のお師匠様――マリエルのお父さんは、何年も前に病死されたそうなんだけど」
「依頼者のマリエルさんは、どんな方なんです?『異形学者』というのは、そもそも聞き馴染みのない肩書きですが」
「そうね……どこから話せばいいかしら」
平積みになった設計図の束を無造作に押しのけ、テーブルの上に僅かな空間を作ろうとするラナ。
取り残されていたいくつかの書類を遠慮なく敷物にしつつ、テーブルに腰を下ろしたラナは、静かに呼吸を整えてから話し始めた。
「初めて聞いたときはあたしも信じられなかったんだけど……マリエルの話によれば、ザハグってのは『災厄』の以前から、僅かながらに存在してたらしいのよね」
「ザハグが……『災厄』の以前からいた?」
「そう。昔は今ほどの脅威じゃなかったから、悪霊や不死者の類と同列視されてたんだって」
ラナの唐突な切り口に、ヴァルは思わず言葉を失っていた。
ラナ本人も話していたように、にわかには信じがたい話だ。
記憶喪失の身とはいえ、周囲の誰かがそんな話をしているのを、ヴァルはこれまで一度も聞いたことがない。
「マリエルのお父さんは、元々は錬金術師だったみたいなんだけど……いち早くザハグの危険性に気付いてからは、奴らの生態の研究ばかりしてたらしいわ」
「ほう……」
「だから『異形学』って学派は、マリエルのお父さんが作ったようなものね」
「なるほど、それは興味深い」
しかしながら、傍らの相棒は一切口を挟むことなく、ラナの話に聞き入っている。
荒唐無稽な話はすぐに「時間の無駄だ」と切ってしまいたがる、徹底した合理主義者のガラハッドが、だ。
もしかして今の話、本当かもしれないと思ってるってこと?
その真意を想像することが恐ろしくなったヴァルは、傍らから視線を外し、小刻みに首を振っていた。
「マリエルは『災厄』の後すぐに、王女の側近のお偉いさんに召し抱えられたすげえ学者でな。今や戦いの最前線で、ザハグ討伐の指揮にもあたってるんだ」
「年齢はあたしやヴァルと同じくらいだから、見た目はごく普通の女の子なんだけどね。とにかく、異形に関する知識量がとんでもないの!」
ロナンとラナの語り口が、これまでにない熱量を帯びている。ヴァルも釣られて、胸が高鳴るのを感じた。
誇らしげに語る二人の様子からは、マリエルへの絶対的な信頼感が溢れていた。
「そんなに偉い学者さんからの依頼だったんだ……でも」
しかしながら、二人の思いを感じれば感じるほど、ヴァルの中には別種の違和感も生まれていた。
「それならどうして、騎士団で調査が行われないのかな? 民間の義勇騎士に任せるよりも、ずっと成功率は高そうな気がするけど」
「確かにそうですね。しかも今回、そんな重要人物に同行を許されたのが、たった二人の護衛だけとは……本来なら一部隊を率いてやってきてもおかしくない立場でしょうに」
ヴァルたちが問いかけると、ロナンとラナは複雑そうに口元を引き結び、互いに顔を見合わせた。
「たぶん、それだけ王宮側が人員を割けねえってことだと思うぜ。目下のところ、騎士団はザハグの脅威から城壁内を守るので手一杯なんだ」
最初に回答者を買って出たのはロナンであった。
深く考え込むように腕を組んだロナンの面持ちには、心痛が滲んでいる。
「天籟鋼の城壁があっても、ザハグの侵入を完全に防ぐのは難しいってこと?」
「そうだな。低級のザハグの侵入はほとんど防げるが、たまに城壁を突破してくる奴もいるってのが厄介なんだ」
「天籟鋼の鐘を奪還できれば、城壁の守りが更に強固なものになることは確実ですが……それが分かっていても、人員を割く余裕はないと?」
ロナンの話をひとしきり聞いてもなお、相棒の淡々とした口調に変化はない。
けれどその瞳の奥には、暗闇の中で活路を見出したかのような、鋭い光が宿っていた。
「しかしそれだけに、この作戦をやり遂げたときの王宮からの評価は絶大なものになるでしょうね。勝算があるなら、確かにやってみる価値はある」
相棒の目の輝きに呼応したかのように、ロナンたちの顔付きに覇気が戻るのが分かった。
ロナンとラナの二人は不敵な笑みを浮かべ、満足げに頷き合う。
「そういえば、あとの三人はいつ合流することになってるの?」
「今夜中には合流できるってよ。急ぎ、溜まった仕事をこなしておくってマリエルから伝言があったぜ。作戦の詳細を話すのは、全員が揃ってからだな」
「それなら、まだ時間はありますね……」
ガラハッドが立て付けの悪い窓枠に手を掛け、無理やりこじ開けると、窓の向こうから強い光が差し込んできた。
長く話し込んではいたものの、時刻はまだ昼前といったところだろう。
「ロナンさん。マリエルさんたちに会う前に、一度街の北にある砦を見に行くことはできますか?」
「街の北っていうと……第一部隊の本拠地ってことよね」
「負傷者をたくさん出してるって話だったよね。ボクも気になってたよ」
ヴァルが心痛に胸を押さえると、同じように苦々しい表情を浮かべたラナがゆっくりと頷いた。
「あそこからなら、鐘楼がはっきり見えると思うぜ。よし、早速行ってみるか」
未だ一切の物音が聞こえてこない最奥部の部屋に踏み込んだロナンは、伸びたザイオンを軽々と肩に担ぎ上げ、意気揚々とこちらへ戻ってくる。
顔を見合わせた一同は深々と頷き合い、ザイオンの家を後にした――。
*****
「お前ら……何でここへ?」
負傷者の一人を助け起こし、水を飲ませていた男がゆっくりとこちらを振り返った。
猫亭で別れたきりになっていた、フィアハである。
「フィアハさん、大丈夫か? ちょっと猫亭からの依頼の一環でさ……鐘楼の様子を見に来たんだ」
ロナンに案内されてやってきた円形砦の屋上は、見晴らし台のように広々としていた。
ここからなら、瘴気の立ち込める階下を容易に一望できそうだ。
「あれが、『忘れじの鐘』――」
砦からそれほど距離のない真正面の位置に、石造りの古めかしい鐘楼が佇んでいる。
鐘楼の最上階には、城壁と同じ深い藍色をたたえた巨鐘と――その壮麗な冠に無数の触手を絡ませた、巨大なザハグの姿が見えた。
赤黒い肉塊を練り固めたかのような異形の体表には、黄ばんだ眼球と思しきものが無数に浮かび、ギョロギョロと忙しなく蠢いている。
ここの部隊の人たちは、あんなものとずっと睨み合いを続けてきてたってことなの――!?
道中でロナンに聞かされた話によれば、あのザハグは聖鐘に憑りついたまま、半年もの間一切動きを見せていないというのだから、驚きだ。
「酷いもんでしょ? あの馬鹿でかさのせいで、街からでもはっきり見えるのよ。気持ち悪いったらありゃしないわ」
吐き捨てるようにこぼしたラナは、憎々しげに鐘楼の天辺を見つめている。
「なるほど……思ったよりだいぶ距離は近そうだ」
風に飛ばされかけた鍔付き帽子を強く押さえつけながら、ガラハッドはヴァルの隣でじっくりと眼下を見渡している。
ひとしきり観察を終えた後で、ヴァルはふと負傷者に寄り添っていたフィアハのことを思い出し、後方へ走った。
「どうした、ヴァル?」
驚きに三白眼を丸くしたフィアハは、昨日見たときよりもずいぶん憔悴しているように見える。
「フィアハさん、顔色が悪いね。ずっと負傷者の治療をしていたの? 少しは休まないと、フィアハさんまで倒れちゃうよ」
「そうも言ってらんねえよ……この部隊は白魔術士が少ねえからな」
「そうだ……ねえ、ラナ! ラナもみんなの治療を手伝ってあげられないかな?」
こちらを何故だかそわそわと落ち着かない様子で見ていたラナと目が合い、ヴァルは思わず声をかけていた。
「えっと……ごめん、助けてあげたいのは山々なんだけど、あたし治癒の魔術は苦手で」
「そっか……」
しかしラナは、目が合うなり決まり悪そうに後ずさり、ロナンの後ろに隠れてしまった。
魔術は苦手だと言っていたラナだが、白魔術の中でも「治癒」系統の魔術は、初歩中の初歩であるはず。てっきりそこは身に付けているものだとばかり思っていたのだが――
困惑しながらも、ヴァルは鐘楼の観察を終えて戻ってきたガラハッドに、視線を送った。
彼は瞬時にヴァルの意図を汲み取った様子で、フィアハの傍らに駆け寄ってくる。
「フィアハさん、僕も治療をお手伝いしますよ」
「なんだ……意外だな。お前、白魔術士だったのか?」
ぽかんと口を開けたフィアハが、怪訝げにガラハッドを見上げる――
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブクマや★評価で応援していただけると嬉しいです。




