第十一話:腹ペコの朝と、ガラクタだらけのアジト
翌朝。
爽やかな目覚めの訪れとともに、ヴァルは早くも腹の虫が暴れ出すのを感じていた。
窓から外を覗いてみるが、夜明けを過ぎて間もない時間のせいか、通りを行く人の数はまばらである。
まだガラハッドは、寝てるかもな――
それならそれで、こっそりと一人の朝食を楽しむのも悪くない。
ベッドサイドに脱ぎ散らかしていたブーツを履き直し、ヴァルは意気揚々と自室のドアノブに手をかけた。
「やあ。おはよう、ヴァル」
扉を開けてすぐ、廊下の出窓の縁に腰かけていた相棒が、声をかけてきた。
考えてみれば、彼がボクより遅く起きてたことなんて、今まで一度もなかったっけ。
ほんの少し残念なような、逆にほっとしたような――
複雑な心境を飲み込んだ後で、ヴァルはにっこりと笑って相棒に手を振った。
「おはよう、ガラハッド」
食堂へと赴く道すがらで、大きなバスケットを抱えたリンに出くわした。
「はい、これ! 未来のお嫁さんに渡す、お弁当第一号だよ♪」
どうやらテオは現在、食料の仕入れに出向いているらしい。
そこでリンが代わりに、朝食の差し入れと、ロナンの居所を書き記した市街図を渡しに来たのだという。
ずっしりと重いバスケットを受け取ったヴァルは、中のフルーツを食べ歩きながら、市街図に記された地点を目指す。
ちょうどバスケットの中身を食べ尽くした頃合いで、街の北東部にある目的の民家――「錬金術師ザイオンの家」と書かれている――へと辿り着いた。
「よう、お前ら! 昨日はよく眠れたか?」
聞き馴染んだ声が耳に届いた瞬間、ヴァルはすぐさまキョロキョロと辺りを見渡した。
気が付くと、民家の窓からひょっこりとロナンが顔を出している。
「ロナン、おはよう! あんなにふかふかのベッドで寝たのは、記憶にある中で初めてだよ。本当にありがとう」
「そうか。喜んでもらえて良かったぜ」
満面の笑みを浮かべたロナンが「こっちだ」とヴァルたちを手招きしている。
誘われるがまま、ロナンが開けた民家のドアをくぐると、唐突に甲高い怒声が鼓膜の奥に響いてきた。
「相変わらずきったない家ね! 少しは片付けろっていつも言ってるじゃない! こんな埃っぽい部屋に閉じ込もってたら、そのうち病気になるわよ!」
「うるさいな……これは散らかってるわけじゃなくて、必要な場所に置いてあるだけなんだって、何度言ったら分かるんだい」
「うわあ……」
一歩足を踏み入れたそこは、「ある意味」異世界だった。
家屋の中は、絨毯代わりなのかと問うてみたくなるほど、羊皮紙や書物が床一面に散乱している。
薄汚れた窓から差し込む光の中では、絶え間なく綿埃が舞い踊っていた。
極め付きは、部屋に立ち込める独特の匂いだ。
何処から漂ってきているのか――
それほど広くはない敷地のあちこちで、食べ物とも、香や植物の類ともどこか違う、奇妙な匂いが漂っていた。
「これは、薬品の匂いでしょうか……有害なものではなさそうですが」
「あー……たぶん大丈夫だ。今んとこ、俺は何ともねえ。たまに鼻ん中がむず痒くなって、クシャミが止まらなくなるくらいのもんだな」
「そういえば、地図には『錬金術師の家』って書いてあったね」
散乱物の中には、煤けたガラス容器のようなものもちらほらと顔を覗かせている。
割れ物だけは踏まないようにしないと――
一歩一歩を慎重に踏みしめながら、ヴァルはじりじりと部屋の奥へ進んでいった。
「物が多いのは仕方ないけど、ちゃんと掃除をしろって言ってんの!」
「ダメだよ。それはそこに置いといてくれないと」
「あーもう! 耐えらんないわ! 勝手に片付けるからね!」
部屋の中ほどまで進むと、苛立ちを爆発させる少女の姿がようやく見えてきた。
鮮やかな緑の髪を後頭の高い位置で結い上げた、小柄な少女。
彼女はしきりに悪態をつきながら、足元に広がる混沌をひとつひとつ引っ張り上げている。
少女の周囲には、大量の埃が煙幕のように立ちのぼっていた。
「ん……? なんだ、ロナン。いたの?」
刹那、こちらに気付いたらしい少女が、ヴァルのいる方をくるりと振り返る。
埃除けと思われる、口元の覆い布をぐいと引き下げ、こちらと目が合うなり、彼女はつぶらな瞳を大きく見開いた。
「あなたたちは――ヴァルとガラハッドね? 初めまして!」
抱えていた羊皮紙の束を無造作に放り出し、少女は弾むような足取りでヴァルの前に躍り出た。
「あたし、白魔術士のラナよ。あなたたちに会えるの、楽しみにしてたわ!」
「初めまして、ラナ……」
躊躇なく、ヴァルの手を力強く握りしめたラナは、人懐っこく笑ってこちらを見上げている。
怒鳴り声をあげていた先ほどとは、まるで別人のような印象だ。
「君たちは、ロナンの仲間なんだよね?」
「ええ、そうよ。あっちにいるボサボサ頭の男は、ザイオンっていうの」
ラナの指した先は、この部屋の最奥部だった。
朝方とは思えないほど薄暗いその一角には、謎の大きな機械を一心不乱に弄くり回す、眼鏡をかけた青年がいた。
青年がこちらを振り返る気配は一切なかったが、ラナの言った「ボサボサ頭」の特徴に当てはまるのは彼しかいないようだ。
「よろしく、ザイオン」
「……ああ」
ヴァルが怖々と挨拶してみると、ザイオンは愛想の欠片もない淡泊な返しのあと、チラリとこちらを伺った。
「ロナンさんのお仲間とやらは、お二人だけですか?」
遅れてヴァルのもとへ辿り着いたガラハッドが、心底うんざりした顔で、法衣についた埃を払おうとしている。
さらに遅れてやってきたロナンは、居心地悪そうに大柄な体を丸め、傍らのテーブルにそっと腰を下ろしていた。
「いや、あと三人増える予定だ。一人は昨日話してた依頼者で、あとの二人は知り合いの騎士だな。二人とも、依頼者の護衛として派遣されることになってる」
「ふむ……頭数としては申し分ない。身軽に動けそうな人数ではありますね」
頭の先から爪先まで黒ずくめの相棒が、この部屋の埃をすべて払いきるのは不可能に近いだろう。
ようやっと諦めがついたのか、ガラハッドは法衣をはたく手を止め、深く溜息をついた。
「ヴァル、あなたは剣士なのよね?」
ヴァルの姿を四方八方から眺め、期待のこもった眼差しを向けてくるラナ。
「そうだよ」と頷くと、ラナは飛びつくほどの勢いでヴァルの腕を抱きしめ、歓声をあげた。
「いいなぁ、かっこいい! ねえ、聖遺物の剣を持ってるってホントなの?」
「バカ! それは黙ってろって――」
更なる熱量をもってラナが問うた瞬間、それまで落ち着き払っていたロナンが唐突に立ち上がり、ヴァルに絡みついていた少女を雑に引っぺがした。
「聖遺物――? 君の武器は、聖遺物なの?」
――けたたましい金属音が響く。
一同が音のした方を振り返ると、そこには黄金色の瞳を大きく見開いたザイオンが立ち尽くしていた。
足元に取り落とした工具が、暗がりの中に転げてゆくのも気にせず、彼は呆然とヴァルを見つめている。
「見せて」
両手を小さく広げ、ゆっくりとこちらへ歩いてくるザイオン。
日の差さない部屋で過ごしているせいか、彼の顔色は異様なほど青白い。
ふらふらと覚束ない足取りで近づいてくるその姿は、さながら幽鬼のようなおどろおどろしさに満ちていた。
「ひ――ひぃぃぃ……!!」
思わず後ずさるも、ザイオンは先ほどまでの緩慢さが嘘のようなスピードで、目の前まで迫ってきていた。
「いいから、見せて」
とうとう彼が、ヴァルの背中の覆い布に手をかけた――その瞬間のこと。
「……触るな」
――それは、寒気をおぼえるほどの低音だった。
気が付くと、暗紫の瞳を据わらせた相棒が、ザイオンの右腕を掴み上げている。
絶対零度のその瞳は、あらゆる感情が消え失せてしまったかのように、暗く沈みきっていた――。
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