第1章 第6話 鴉の仮面に隠れる傲慢
『拝啓、異世界に転生したら邪神になりました』を読んで頂き、ありがとうございます。
読者の皆様に、お知らせです。
次回の更新は週明けの月曜日を予定しています。
投稿される時間は、夜の21時から23時前後になると考えています。
今週の初め頃から投稿をした本作を、追って読んで下さっている読者様、とても嬉しいです。
まだ、第1章『黎明に目覚める虚無の巫女編』の序章ですが、これからも読んで頂けると幸いです。
来週からも、皆さまに楽しんでもらえるよう、執筆していきたいと考えています。
零花が敵意を収めた。
利用するに足る存在か否かを見定める、試験のような対面が終わる。
これ以上、続ける積りはないようである。
一定の評価は得られたのだろう。
戦闘から対話に切り替えられるのなら、その方がありがたい。
予想だにしない不意打ちのような仕掛けではあったが、零花の言い分を聞かなければ判断しかねる。
僕の実力を測り、それを利用すると言われても、何に対する事柄なのか。
それが判然としない。
まずは、最後まで話しを聞いてから――。
零花の説明の上で、最終的な結論を出せばいい。
「《虚無の巫女》と言ったかな……それは、何だい?」
僕は最初に知りたい事を尋ねた。
先程、零花が口にしていた名称。
――《虚無の巫女》。
それが、一体何なのか。
どういう存在なのか。
名前から推測するのなら――。
巫女、つまりは何処かの宗教的な組織に所属する、神職なのだろうか。
しかし、虚無というのが妙に引っかかる。
虚無と巫女、あまり聞き馴染みのない。
その二つに関連性を見出すのは難しい。
簡単に考えるなら、何も無い巫女になるが。
いや、そう言い換えても曖昧だ。
想像に限界がある。
「《虚無の巫女》――それは神の被造物、女神の分身、星の神託者、破滅の救世主、清廉の死人、など。時代や国家により、様々な呼ばれ方をされています。現代、紅凱暦850年代に於いては、一般的に破滅の救世主が定着していますね」
零花が黄泉灯アルスタラを片手に《虚無の巫女》の概要を説明する。
神の被造物や女神の分身は、何となしに理解は可能だ。
巫女の役職なのだから、そういった異名を付けられるのも納得がいった。
だが、破滅の救世主は例外だ。
破滅と救世、相反するように思える。
あまり、良い印象は抱けない。
「……まあ、その破滅の救世主というのも、ある種蔑称のようなものですが」
と、何処か乾いた笑みの零花。
《虚無の巫女》の詳細はまだ把握していないが、それでも破滅の救世主と蔑まれる存在なのは理解した。
同時に、頭の中で不要な邪推をしてしまう。
つい先程、零花は――。
僕に《虚無の巫女》に対抗する手段になる、とそう告げた。
一体、何がそれにあたるのか。
有力なのは僕の《権能》である《理を変転させる幻惑の坩堝》だが。
はたして、そのことを指しているのか。
――いや。
それ以前に、である。
目下、気にしなければならないのは手段よりも、零花には《虚無の巫女》と敵対をする意思があるということ。
でなければ、この試験の意味もない。
根本から瓦解する。
「各異名の由来はさておき……いまは《虚無の巫女》の概要を説明しましょう」
そう前置きをした零花。
黄泉灯アルスタラを、カラカラと音を鳴らしながら揺らす。
身体の向きを変えると、零花は黄泉灯アルスタラを持たない左手を中空で振った。
何かを払うような動作だ。
すると突如、教会の内装に変化が生じる。
それは、まるで――。
いままで覆われていた偽りのベールが剥がれるかのように。
旧ベルザ教会、その教会の内部、聖堂の真なる姿形が露わとなる。
血の海だった。
そこかしかに切り捨てられたとみられる、信者たちの死体。
刳り抜かれた瞳や捥がれた四肢。
異彩硝子張りされた窓には、飛び散った脳漿や充血した目玉が生々しさを残したまま、付着する。
惨憺たる光景。
なのに、零花には動揺の色がなかった。
それは見慣れた光景だから。
教会の中は光源が少ない。
両側の壁面に角灯が数個掛けられる程度。
それも、火の勢いが弱い。
充分な火力とはいえないだろう。
とはいえ、目が慣れたら然程、その暗さも気にならない。
此方と対面する、前方の零花を視覚で認識するのは容易だ。
零花が向かう先は教会の深奥。
暗闇で分からなかったが、奥に行けば地下に繋がる階段があった。
本来、その上には階段を閉ざすように石像が置かれてあったのだろう。
造形を見るに、女神を模した代物のようである。
しかし、それは無残にも床に横倒れになり、全身の様々な箇所が砕けていた。
階段を降りた先の空間は、現在の位置からは見えない。
冷たい微風が流れるのを頬に感じた。
そこに、草花などの自然の匂いが混じる。
地下に森林でもあるのか。
僕は不思議がりながらも後に続いた。
「とても趣味の良い教会だね。女神ベルザ様は、こういう猟奇的なものが好みなのかな」
旧ベルザ教会を外から見たときと同様に、思ったままの素直な感想を口にする。
別段、僕は嗜虐趣味の快楽殺人鬼でもないが、博愛主義者の聖人でもない。
周囲の陰惨な場景に、しかし特に何も感じなかった。
何故、このような惨事を行ったのか。
その元凶は――。
さして、興味はない。
追及もしない。
殺生を肯定するわけではないが否定もしない。
正直なところ、物事の過程はどうでもよかった。
「どうでしょうね。ベルザ様は基本的に傍観主義者な御方ですから……そもそも、何も感じていらっしゃらないかもしれません」
零花は角灯と、黄泉灯アルスタラの明かりを頼りに進む。
聖堂の奥、地下に続いている道には死体は無かった。
そこだけが精緻で、汚れのない綺麗な絨毯が敷かれている。
血のような色の深紅に染まった絨毯。
人間の血液かと錯覚するが、それは純粋な素材の色だ。
「それは気が合いそうだね。奇遇なことに、僕も傍観主義者なんだよ。できれば、面倒事には関わりたいとは思わない」
前を先行する零花の背中に微笑みかける。
それは、建前ではない。
僕の本音だった。
対象が何だろうと、その思想は変わらない。
「……だからさ。このまま『元気でね、さようなら』って言って、円満にお別れしないかい? その方がお互いの為になると思うんだけどな」
僕は笑みを崩さない。
《虚無の巫女》が、どういう存在なのかは知らない。
異名を聞いただけでは、イメージがはっきりとしない。
だけど、自ら進んで関わりたいとは思えなかった。
可能なら、別れの挨拶をして回れ右をして帰りたい。
だが、僕の望みとは裏腹に、そういう展開にはならなさそうである。
残念だ。
「それも、良いかもしれませんね」
と、意外な解答。
これは、望みを期待していいのだろうか。
少し僕の表情が緩まる。
「相手が貴方でなければ……」
期待が崩れた。
それも、完全に。
表情には出さないが、内心で落胆する。
零花の目的に協力して達成するまでは、帰れなさそう。
というか、生きて帰れるのかな。
怖いな、本当に。
そう、適当に吐露したときに違和感に気が付いた。
さっきから、やけに女神様が静かだ。
何も声が聞こえない。
喋りかけてこない。
女神様とは意識が繋がっている感覚があるのだが、それだけ。
こちらから何か呼びかけても、何も応答がない。
何か非常事態でもあったのだろうか。
やはり、お腹の調子が悪かったのか。
下痢が再び襲ってきたのかもしれない。
きっと、そうだ。
そうに違いない。
僕との会話がストレスで、腹痛に見舞われたのだろう。
可哀想に。
お大事になさって下さい女神様。
僕は一人でも大丈夫ですよ。
頭の中に響いていた雑音が消えて、清々しい気分です。
「僕に限定している理由は……やはりその《虚無の巫女》かな? 対抗する手段がどうのと、さっき言ってたけど。生憎と、戦うのは苦手なんだよね。どうにか、穏便に済ませられないかな」
僕は帰るのを諦め、大人しい足取りで追随する。
戦闘以外の事柄なら、場合によっては協力もやぶさかではない。
争わない選択を取りたい。
「思ってもない事を言うのが得意なんですね、ノワール様は。貴方の言葉には終始、まるで本音が含まれていない。感情が微塵も乗っていない、虚言まみれの戯言です」
零花は静かに淡々と言った。
顔は進行方向を向いているので、零花の表情は見えないが、怒ってはいなさそうだ。
感情の起伏が乏しいので、その変化を読み取るのが難しい。
零花の態度は、一定だ。
「……そうかな。協力をしたいというのは、本音だよ。それにいまは、選択肢が無さそうだしね。可能な限り、力を貸すつもりでいるよ」
再三、可能な限り、を付け加えて言う。
最低限、力になろうと考えているのは本当だ。
そうしないと、帰らせてもらえなさそうだから。
「また、虚言が混ざっていますね。確かに少しは協力の意思があるのでしょうが……それは僅かなもの。あとは、その場限りの適当な思い付き。貴方は、はなから何か考えて発言をしているわけではない。ただ、感じたまま言っているだけ」
零花は教会の地下に繋がる階段の前で立ち止まる。
此方に振り返ると、僕の顔を見据える。
決して逸らそうとはしない。
それは、僕の真意を探るように。
濡羽色に輝いた鴉の仮面、その奥にあるだろう眼と視線が合った気がした。
「時と場合、或いは立場によって掌を変え意見を覆す。貴方は〈邪神族〉よりも、詐欺師の方が性に合っているかもしれんせんね……まあ、だから彼女も貴方を選んだんでしょうが」
それは咎めてはいなかった。
僕も反論はしなかった。
だけど――。
女神様といい零花といい、僕のことを詐欺師呼ばわりとは。
なかなかに酷い言われようだ。
そんなに僕は、信用がならないように見えるのだろうか。
だとしたら、悲しい。
こんなにも好かれようと、協力をする姿勢を全面に出しているのに。
何が、そう受け取られたのだろう。
分からない。
「それは誉め言葉として受け取るよ。ありがとう、嬉しいよ」
ニコリ、と僕は自然に微笑む。
零花からの評価に、不快感などはない。
何とも思わない。
女神様と意見が同じだった事が、少し可笑しかった位だ。
「隠しているけれど僅かに滲み出る傲慢さと、他者を見下すような尊大な視線……うん、君の方こそ使徒よりも、女神が性に合っているんじゃないかな」
僕は笑顔のままに、零花の冷たい視線を見つめ返す。
そこに感情はない。
と、普通ならそう感じる。
しかし、僕はその奥に潜む微かな感情を捉えていた。
それを見つけたのは、似通った感情の女神と面識があったおかげだろう。
僕の目には、零花がメノア様と同類に見えた。
性格が、ではない。
種族である。
「そうだろう……? 使徒、零花さん……いや、女神ベルザ様と敬った方が良いかな?」
僕は変わらず穏やかに、しかし確信を抱いて告げる。
そこに虚言は含まれない。
違和感が積み重なった結果、導き出した結論だ。
眼前に平然と佇む零花は、女神の使徒などではない。
異なる宗派の信徒でもない。
彼女は女神、そのもの。
壊れかけの女神の石像を背に、零花は――。
否、ベルザは口元に人工的な笑みを見せた。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
良ければ評価を貰えると嬉しいです。




